第9-3話 拾えなかった落しものの謎を追え!【解決編】

 祭りの熱気も通過してしまえば、寂しさを感じる秋に近づく街並みだ。

 レナの自転車は、秋田犬あきたいぬの里の駐輪場にあった。どの面を下げて、彼女に謝るんだ。自らの足で、広場へ歩いて行くのも怖かった。

 友好の木の下、ベンチに座る彼女は、虚ろな目で何処も見えていないと思われる。過去の檻の中だ。

 しかし、今回の仲違いも、私の背を押してくれる人がいる。私は恵まれている。

 喪服のドームは行動に迷いなく、探偵エルフにしてしまった彼女へ頭を下げた。


「レナさん、私が過去にしたことを今さらながら謝ります。大変、申し訳ございませんでした。ごめん」

「……おなかすいた」


 謝罪を受け入れる以前の問題だった。

 レナは今、探偵エルフの取り繕いを捨てていた。生活力が皆無の駄目エルフが、顔を出していた。

 平淡な物言いで、誰かに命令をする。どこの妹だ。

 ただ、ドームは何を言われても、長女だから耐えられるという雰囲気だった。


「そっか。花善はなぜんに行こうか。鶏めし弁当だ」


 歪な返事に、真っ当な返事。

 その場で、私は何も言えなかった。今、祭囃子が近づく音を無視して、私たちは過去を清算するために、少しだけ移動した。

 花善はなぜんのお弁当屋は、店内で飲食できるレストランも兼ねている。だけど、私たちは昔からある鶏めし弁当を買って、屋外のテーブル席に着いた。

 わっしょい、わっしょい。

 何だか、掛け声に後押しされて、少しだけ元気が出て来た。

 緊張が少し解ける。

 鶏めしの甘辛いご飯の味、鶏肉も優しく噛みごたえある。レナは夢中で食べているし、私も関係なく食べていた。

 ただ1人、ドームだけは、表情を崩さない。すでに制御が外れている喪服の姉は、口が重くならない。


「私はシドニー・ホームズに、恋をしている。もちろん、女同士であること、かつ種族が人間とエルフであることも分かった上で、だ」

「……ッ!?」

「だから、シドニーの妹であるレナ、あなたが邪魔だった」

「そっか。あなたも私を嫌いだったんだ」

「邪魔と言ったけど、嫌いになる理由ではない。あなたを好きと嫌いで割り切れなかった。行き着いた先がシドニーとは違うけど」

「どういうこと?」


 レナの驚愕、悲哀、困惑は、先ほど私も体験してきた。

 ドームが話を盛っているんじゃないか、と疑念も湧く。

 法衣の者が持つ天秤の上だ。どう足掻いても、ドームのペースなのだ。

 レナ以上に冷めた目で、私は喪服の姉を見ていた。

 その口が嘘つきなのか、それとも私たちの気が狂っているだけなのか。

 答えが紡ぎだされた。


 シドニーは、エルフ種の病と言われる、人間でいうところの重度の『骨粗しょう症』だった。

 車椅子でも自由に移動できる時間は短い。

 傍から見ると可愛そうなエルフの女性に、高校生の頃、ドームはインターネットのチャットワークで出会った。

 エルフは身体が弱い反面、相手の心の奥まで読むことが出来た。そのアドバイスが適格で、ドームの日常生活は上手い方向に軌道を変えた。

 ただ好奇心で、エルフの『骨粗しょう症』であることを、ドームは知ってしまったのだ。

 そして、自分の大学進路を変えかけるくらいに、盲目な愛のため、シドニーのために尽くそうとした。

 治験の段階だが、青森県弘前市あおもりけんひろさきしの大学病院で、エルフの『骨粗しょう症』治療を行っているのと知った。

 努力の結果、ドームは弘前ひろさき市内の大学へ進学が決まり、愛を感じるシドニーを連れ出すだけだったのだ。

 ただし、シドニーの足を引っ張る、生活力皆無の妹レナがいた。


 姉のシドニーが弘前の病院へ入院することになった。

 妹のレナは、一緒に来ないでほしい。姉の邪魔になる。


 ものすごい方便だった。

 何故なら、シドニーは妹のレナ対して、突き放す気持ちはなかった。

 だけど、このままだとレナは一生、1人で生活していくことが出来ないと、姉のシドニーは2人の心から未来を読んだ。

 エルフ特有の深読みから、わざと妹のレナを突き放した。


『レナ、そこにあるアニメのブルーレイの箱よ、あなたは探偵エルフになりなさい。他人とたくさん会話して、旅で見たもの、聞いたもの……弘前ひろさきの病院にいる、お姉ちゃんに教えてくれないかしら』

『できない!』


 レナは敏い。自分の理論が絶対で、筋が通らない話には、首を縦に振らない娘だ。

 シドニーは、妹のレナへ旅の魅力を話した。自分の旅が出来ないのを自分で知っているので、その状況さえ利用した。


『レナ、おこめ好き?』

『こめ、き……ううん、苦手なだけ』

関東かんとうから東北とうほく地方へ北に向かってを旅するの。夏から秋にかけて、茶色い水田が、緑に染まり、やがて黄金の道になっていくの。私たちエルフの想像を超える実りが見られるわ。震えるほどの見事な光景よ。それを見たら、レナはきっと、おこめしか食べなくなるわよ』

『う……、わかった』


 東北とうほく地方にかけての農道は、日本の春夏秋冬を表す風景の1つだ。

 実際の景色を見るまで、レナは3年もの月日を経た。探偵エルフの旅、のんびりと道草食っていた。

 ただ、そのおかげでレナは、お米をバクバクと食べる娘に変わった。

 人間の1年間が、エルフの4年間とよく言う。


 今に話を戻そう。

 本祭りの9月11日、お昼を過ぎても、私たちはすごく汗ばんでいた。

 もちろん、祭りの酔いも含めて、現実の言動と行動、全てが汗になっている。

前置きを踏まえると。

 たった今、開き直ったドームの言いようは酷かった。


「レナのことは、どうでも良いんだ。しょせん、人間でいうところの1年分しか、あなたは進んでいない。だから、私が面前に現れたら、あなたは子供みたいに拒絶するしか出来なかった」

「時間がかかったって、そんたに悪いことじゃねべ!」

「あら、ソナタ。どういう風の吹き回し? 殴ろうとした相手を今度はかばうんだ?」

「何がわりぃって! 私のために苦手さ向き合ってんだがら、私嫌いになれね!」

「そんなに怒らないでよ。ふふ、冗談だって。イタズラが過ぎた。ごめん」


 この期に及んで、なぜ怒りを煽ったか、なぜ悪役の台詞を言ったか。

 表裏の良さ悪さを越えて、公正に天秤はバランスを取ったのだ。

 ドームは、明らかに感情的な態度だった私の方が本音を発しやすく、より懐柔しやすいと思ったようだ。

 あなた『』嫌いだったのか、とレナは言った。それに、私はレナを嫌いじゃないと言った。さらに、ドーム自身は、レナへ曖昧な解答をした。


 探偵エルフじゃないレナの幼稚な一面に、私の母性が異常な興奮を覚えていた。

 徒に、もやもやして。私の狂おしいほどの愛が痛々しくて。私は謝るより先にしてしまうだろう行動を、まだ不安があると受け入れられなかった。

 ただ謝るのではなくて、今、初めて私が持つ間違いも受け入れた。

 とは、過去の他人の実績を一方的に評価すること。

 とは、未来を共に創造することに期待すること。

 ミヒロは私に対して、強く主張したいのを黙った。過去のミヒロと今は違うと、ドームなりに『』と言った。

 私たちも、喪服の女に試されていたようだ。


 相手のマイナスな面を受け入れられるかどうか、それを相手に好意として伝えられるか、だ。

 私は今、『』を拾うために、今までの価値観から羞恥心と安定した思い出の二画分捨てた。

 結果として、絶対に拾えなかった『』をまた手にすることが出来た。

 探偵エルフじゃないエルフさんは、梅雨の日の質問をまた繰り返す。


「私は64歳だ……あなたは……こんな私でいいの?」

「レナ、んけぇがら……好き」

「ソナタの気持ちはわかった。優柔不断かもしれないけど、今は興奮して答えが浮かばないんだ。この気持ちは大事にしたいんだ。だから、もう一度、真剣に考えされてくれないか」

「お願いします」


 目の前には、探偵エルフさんと幼稚さが混じった知らないレナの姿だ。

 怖いぐらいに、真面目で初心な返事だ。私は思わず、丁重にお付き合いを願い出ていた。今後は、私の方が返事待ちになってしまった。

 心配したミヒロからの電話で、ドームが先に大町へ向かった。

一方で、私たちは秋田犬あきたいぬの里に立ち寄った。

 各講の曳山車ひきやまからの絢爛な舞と雄大な鼓笛、『大館囃子おおだてばやし』の演奏を見た。

 今年の秋祭りは蒸し暑さある晴れの日で、例年みたいな雨による肌寒さがない。

 祭りの空気に酔い続けて、ようやく緊張から解けた。その反動で、私とレナは手を繋いでいた。

 今年の大館おおだてには、まだ夏の余韻がある。

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