第8-2話 群青の心境と黄金の自転車道の謎を追え!【推理編】

 9月上旬、清々しいほどの青空。

 秋田県は年間を通して、曇りがちな天気が多い。

 なので、夏の延長戦は、少しだけ気分が良い。

 この日、大館市は、予想最高気温が30℃を超えない程度で、晴れの予報だった。

 大館市比内町おおだてしひないまち扇田おうぎた

 道の駅ひないの歩道に、私たちは自転車とともに集合していた。

 秋のサイクリングには、絶好の日和だ。

 ただ、レナの顔色があまり良くない。あぁ、そうか。二輪移動でも、原付バイクでなく、自転車だ。

 彼女は、自分の体力の無さを自覚している。そして、友人たちの足を引っ張るのが分かり、場都合が悪いのだろう。

 ハンドルを持つ手、両肩に力が入っている。そんな彼女に、私も自信がないことを伝えた。


「そんた心配さねっても大丈夫だ」

「そうかなぁ。エルフさん、マイペースでいいのかい?」

「今日の走行距離、私なりに予想したばって、レナの体力で勘定さねごとにした」

「あぁ、ソナタ君でも厳しいのかい。ならば私は、最初から戦力外通告だよ」

「まんつ、走るべし」

「そうだな」


 考えるのを止めて、私たちは自転車を漕ぎ出した。

 先に発ったシアとミヒロは、元気があり過ぎるようだ。JR東日本の花輪線はなわせんにかかる跨線橋を、さっさと越えて行ってしまっていた。

 最初から、橋を超える過酷な自転車の旅に、レナの目つきが険しくなっていた。


 旧比内町は、大館市と合併してから15年以上になる。

 その比内地区は大きく分けて、扇田おうぎた東館ひがしだて西館にしだて大葛おおくぞである。

 ヒナイという読み方は、アイヌ語の地名読みに由来しているとされる。

 日本史では9世紀ごろに、すでに存在していた地名である。中世時代は、比内浅利氏ひないあさりしが居城を置き、この地を治めた。

 その後の江戸時代、大館を含む地域は、佐竹氏さたけしが治めることになる。

 戊辰戦争を経て、明治・大正・昭和の時代を過ごす。

 上記の4地域の町村を合併し、比内町制が始まった。

 さらに平成の市町村合併で、現在の大館市比内町に至る。


 長い歴史と文化がある比内は、水路と陸路が交わる経済的な拠点であった。

 米代川よねしろがわ犀川さいかわ、などの水路がある。そして現在では、国道や県道となる、陸路が多数通っている。

 扇田の馬喰町ばくろまちは、広大な米代川よねしろがわの岸辺にある。つまり、川と陸の道同士が交わる場所にある。

 馬喰ばくろうとは、家畜商のことを指す。この辺りに、そのような市場があったのだろうか。

 確かに市場が出来そうな、地理的要因はある。

 かつて存在した大葛金山おおくぞきんざんからの鉱物や、近くの山々からの材木を人馬で輸送し、扇田おうぎたの河港から米代川よねしろがわを船で往来し、物資を集散していたようだ。

 さすがに、道路網の発達した現代の車社会では、そういう運送はないと思われるが。


 この地域を鎮護する神社が、扇田神明社おうぎたしんめいしゃだ。

 旧所在地は、かつて存在した扇田の長岡ながおか城の場所だ。その城跡の標柱は、道の駅ひないの駐車場にある。

 現在の扇田神明社おうぎたしんめいしゃは、米代川沿い、扇田の東端に鎮座している。

 歴史ある神明社の参拝を終えた、私たちはまた自転車に乗る。

 雪沢地区ゆきさわちくに住むミヒロが、比内に住むシアを煽る。


「あたしからすると、扇田おうぎたは都会だぜ。シアちゃん、もっと楽しませてくれよ~」

「ミーちゃんの余裕は、いつまで続くかね~。今から楽しみ~」

「おおん? 次は何処だ?」

「じゃあ、扇田おうぎた駅経由で、達子森たっこもりだね!」


 亀と蟹は、お互いに煽り合う。

 森? そうだっけ? 山でしょう。

 それが、達子森たっこもりだ。

 こんもりしている小山は、扇田おうぎた周辺を散策していると見える。

 私は、向こうに見える小山を眺めた。

 街中を自転車たちは進む。

 扇田おうぎた駅前には、江戸時代から続く扇田市日おうぎたいちびがある。

「0」 と「5」が付く日の午前中、朝市が開催される。食べ物や花、日用品が並ぶ、住民の憩いの場だ。

 前回、タイミングがあったとき来た扇田市日で、農園晴晴のうえんはればれさんの『おはなにんにく』を買った。

 万能にんにく醤油を作ったが、私の料理がはかどった。

 思い出したら、よだれが出てくる。また今度、訪ねてみようと思う。

 当然、私の食い意地を満たすためだ。よし、今度来るときは、市場の美味しいものを制覇しよう。


 自転車軍団は、西館にしだての踏切と、犀川さいかわにかかる橋を越えた。

 秋風は自転車に乗っていると心地よい。風がそよぐ場所は、農道だ。黄金色の稲穂が垂れる田んぼが広がっていた。

 独特の香ばしいような匂い。どこか懐かしさがある。先祖から受け継いできた、農民の性だなーと、私は実感する。

 ゆるいカーブの登り坂を抜けて、薬師神社の白い鳥居の前を通り、達子森たっこもり公園の内で一休みした。

 ミヒロは飛ばし過ぎて、体力がほぼ尽きた。自転車にまたがったまま、ハンドルに向かって項垂れている。

 シアは嫌らしい煽り方をした。


「ミーちゃん、あれれ~、楽しんでる~?」

「シア、てめぇ……覚えてろよ!」

「ちょっと、もうちょっと休んで……」

「うるせぇ!」


 シアの煽りを真に受けてしまった、ミヒロは勝手に自転車を出す。

 慌てて、私たちも後を追うことになった。

 何だか、よくない気がする。

 あの緩いカーブの坂道。まさかと思ったけど、血の気が多いミヒロは、自転車ごと転倒した。

 自転車を停めて、すぐにミヒロの怪我の具合をシアが診た。

 まるで母親のような、怒りと心配が混じった表情を級友はしていた。さすがに旧友は、自分の足首を見て、顔をしかめていた。


「左足首の腫れ、たぶん捻挫だと思う。ミヒロちゃん、とても自転車の運転が出来る状態じゃないよ。歩いて戻ろう」

「……ダメだ」

「そういう問題じゃないんだよ! 今、無理してどうするの!」

「……あたしの話じゃねぇ!」


 ミヒロは自転車の旅を続けたいようだ。さすがに、シアも感情的になって止めにかかる。

 その発言、ミヒロの我が侭と思ったんだけど、何だか方向性が違う気がした。

 旧友は、私たちのことを気にしていたのだ。


「あたしは止めるけど、お前らだけ、自転車の旅を最後まで続けろよ」

「おめ、何、しゃべってんだよ!」


 それこそ、寂しい。自分勝手な決断じゃないか。私まで怒りに震えてきた。

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