第16話 アイスブレイク秋田オンラインの謎を追え!

第16-1話 アイスブレイク秋田オンラインの謎を追え!【事件編】

 文字通り、雪解けの季節がやってきた。

 北日本にある秋田県大館市おおだてし、私たちの住む町だ。

 この北国にうんざりするほど降った雪は、今ほとんどなくなっていた。

 3月に入ってから、絶妙なマイナス気温と雪の降る日は少ない。しとしと降る雨や温暖な晴れの日が続いたからだと思う。

 最近、地元でも散歩できる道になってきた。

 行き交う車が起こす砂煙。生っぽい土の匂い。排水溝の臭い。

 ふと視線を足下へ。雪が解けた後には、緑を戻しかけている葉っぱが目に付くようになってきた。

 ふきのとうをはじめ、新芽も見える。

 もう一度言いたい。長い冬は終わったのだ。


 さて、春分の日の前話になる。

 高校生の私たちは苦手科目を何とか助け合い、無事に高校2年生へ進級が決まっていた。

 後は高校1年生としての消化試合だ。

 春になったら運動をすると宣言していたレナは、少しずつフィールドワークを再開していた。

 去年行けなかったところに、私と2人でどこから行こうか、という話にもなっていた。

 そう言われると、冬から運動しなかったことを怒る気にも私はなれない。


 平和な毎日は続かないのがお約束。探偵エルフさん自体が事件の引き寄せをしている。

 ニコニコ笑いながら話していたエルフさんの表情が、iPhoneにかかってきたとある人からの電話で、一瞬にして固くなった。

 エルフさんの天敵、そして私の縁戚である、女子大生のドームからの電話だったようだ。

 歯切れがいいエルフさんのえふりこぎ話も、ドームの前では未だにたじたじになっている。

 えぇ、うん、ああ、そう。

 本当にそこまで嫌わなくても良くないかな、と私は思う。

 でも、私はレナ=ホームズ本人ではないので、当事者同士が解決したければすればいい。

……え、ドームが私に電話を替われって? 

 エルフさんのように、助手の私もおずおずと電話に出る。

 予想外なことに、知らない女の人の声だった。


「いつも妹がお世話になっています」

「……はい、お世話様です。その妹さんはレナさんのことで間違いないでしょうか」

「ふふふ。いつも方言で話す娘と聞いていたけど、ソナタさん、はじめまして。私はレナの姉のシドニー=ホームズです」

「お姉さん!!」


 私は驚きのあまり、つい声を大きくしてしまった。

 隣に座っていたレナが、ぽよんと驚き飛び上がった。

 白々しい反応だ。少し睨むような、少し困ったような。

 そんな複雑な顔でレナを見つつ、「すみません。驚いて声を大きくしました」とだけ話した。

 ふふふ、の笑いがデフォルトなのだろう。

 シドニーはそんなことを気にしていなかった。

 いやぁ、別のことを気にしているようだ。根に持っているに近い声の圧を感じた。

 うーん、恨みというのは正確な感情表現ではない。向こうの感情が読み取れない。

 私の困った感情メーターが上がる。困った。困った。


「ソナタさんは、私の妹とお付き合いしていますよね?」

「……う……はい、間違いないです」

「ぜひ今度、弘前ひろさきでお会いしましょう」

「……えぇ、もちろんです」

「その前に、私のレナを奪うに値する女性かしら?」

「はい?」


 レナが姉シドニーに依存していた過去は知っている。

 ただ、シドニーが妹レナに依存していたとは、私は誰からも聞いていない。

 あの自我欲の化身ドームが上手く、同居しているらしいシドニーに話しているとは思えない。

 とりあえず、心臓が跳ね続ける。

 私の感想は、大きな間違いを起こしかけているという焦りが一番だ。

 そして、ぐいぐい迫るように話すシドニーが苦手だ。

 レナが少し冷静さを戻したらしい。電話を水平に手で持つようにジェスチャーをした。

 とんでもない姉妹喧嘩になるかもしれない。

 不安な目線で合図した後、私は電話を水平に手で持った。それでも、レナは比較的落ち着いた話し方だった。


「ソナタくんが困惑しているので、私も会話に参加します」

「あら、ごめんなさいね。お姉ちゃん、困らせるつもりはなかったわ」

「ソナタくんはお姉ちゃんの思うような悪い人ではないです」

「そうかしら? むしろ自分の欲望に素直な人の方が、私は信用できるけど?」

「じゃあ、どうやったら、お姉ちゃんはソナタくんと私の関係性に納得できますか?」

「ん~。私は足が悪くて。2人の方へ行って、お話しできないのね~。かと言って、療養部屋で長々と話すのはドームに迷惑でしょうし。あ、そうだ! アイスブレイクもかねて、オンラインで私も参加する観光に行きましょう!」


 ぐぬぬ。この話、結論ありき。

 最初から、オンライン旅行を提案するつもりだったのだろう。

 まるでこの部屋の天井から覗き見られているような感じ。

 本場のエルフの能力、相手の心を読む能力に私たちは踊らされていないだろうか。 

 シドニーの思う方へ私たちは誘導されている。傀儡子くぐつしのように巧みな技だ。

 エルフの能力が低いレナは、姉の戯れになれているのだろう。それでも、鼻で笑った。


「エルフらしくない私だけど、人間らしさが身に着いた。今の私に不可能はないんだよ!」

「え~、そうなの~。じゃあ、上小阿仁村かみこあにむらに行きましょう! 万灯火まとびが見たいわ!」

「かみこあに……うん、分かった。アイスブレイク秋田オンライン旅行は上小阿仁村かみこあにむらだ!」

「うふふ。21日楽しみにしていわ」


 まるでラスボスを前にした探偵だ。

 万灯火まとびって、春彼岸の中日に道端で火文字を作るものだったはず。

 その夜の行事まで上手く観光プランを回さないと、シドニーには勝てない気がする。

 レナは強気に話していた。

 ただ電話を切った後、すごく不安そうな顔で私を見てきた。

 それは探偵エルフさんとしてノーグッドだ。

 ノープラン観光旅行でシドニーを説得できるかーい! 

 弱気なレナの様子を見て、私は重い溜息をついた。

 シドニーのペースに2人とも飲まれていたので、計画を立てて練習はしないといけない。

 さてさて。

 アイスブレイクとして、私たちの関係性も春の大決算を迎えていた。

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