第15-3話 冬の残滓 おこうの足跡の謎を追え!【解決編】

 立春過ぎたら、春。

 2月の中旬は、日本の秋田県北じゃあ、まだまだ肌寒い。

 身を切る冷たい空気は、そのままだ。

 雪は少しばかり穏やかになり、たまに晴れ間も覗くようになった。

 というわけで、おおまちハチ公通りには、行き交う人たちが更に多くなった。

 足下は半分溶けた雪道であるが、凍っている道よりはマシだ。

 通りの音は、屋台のエンジン音、人々の歩く音や声で、活気に満ちている。

 露店を見ても歩くと、飴以外にも、からあげやクレープ、煮込みホルモンも販売しているし、きりたんぽ鍋から上る湯気も見える。


 繋いだ手がいつの間にか離れているのに、私は気づいた。

 レナとおこうは、器と箸を持って、桃豚ももぶたさんの煮込みホルモンをハフハフと食べていた。

 弾力がある肉でも、これまた美味そうなホルモンの匂い。出汁を吸ったキャベツの食感がたまらないだろう。

 恐らく、レナは比内ひないとりのいちの寒い中で、食べた汁物の温かさにはまったのだろう。

 無意識に暖を求めるのは、彼女の場合は比内ひないとりのいちの経験則からである。


「んめなぁ~」

「それな~」


 目を細めて和やかに地物を食する2人。

 秋田っぽい食事で、イベントを満喫するのは良いけどさ!

 あめ食べようよ! アメッコ市なんだから!

 私のムッとした表情を見て、空気を読んだレナが苦笑いしつつも謝った。


「おっと、主旨からそれたな。ごめん。ただ、このあめは私に食われまいと、歯にくっついてくるのか?」


 懐から、小袋を取り出して、あめを頬張るレナ。

 あれこれと買わずに、食べきりサイズを抜け目なく買っている。

 昔ながらのあめは、歯に付きやすい。

 食べきれないままあめを小袋ごと放置すると、溶けたり、乾いたり……それは難点だ。

 ニヤニヤしながら、おこうが1口大のチョコレート色の菓子を食べている。


「悩ましい飴を食べる問題。その解決には、大鳳堂たいほうどうのショコラアメよ。柔らかくて、外はホロ苦くて、中は甘い。んめぞ~?」

「それ、くれ!」

「おう、食じゃ!」

「お~! 美味いぞ、これ! 後で3袋買おう! お茶菓子にする!」


 大鳳堂たいほうどうのショコラアメ。イギリス娘レナのお気に召したようだ。

 これで1年間、この虚弱レナっ娘が風邪を引かなければ良いのだけど。

 もっとも、太らないか心配だ。いや、もうアウトだ。

 私は苦笑いした。

 その表情をレナは間違った反応で受け取った。

 前向きなレナ解釈では、ごめんねぇ、と私が謝った表情と見たようだ。


「あぁ、ソナタ君が言っていたバレンタインデーか」

「何じゃ、それは?」


 不思議そうな顔のおこうは、現代っ子にしては、世俗文化に疎いようだ。

 アメッコ市は知っているのに、バレンタインデーを知らないようなのだ。

 私はただ目を泳がせた。

 娘に与える、洋物の情報に対して厳しい。たぶん、おこうの両親は、厳格なんだろうな。

 レナは探偵らしく、バレンタインデーについての調査を、ドヤ顔で報告し出した。


「結婚の仲人であったバレンタイン司祭の殉教日であるのと、後世の恋人たちのイベントは、様々な時代を経て一体化した。偉大なるイギリスのキャドバリー社が、贈答用チョコレートを作ったのが、恋人に送るチョコレート文化のきっかけと言われるけどな」

「「へぇ~。んだのが~」」


 私とおこうは、素直に受け入れた。


 昔々。

 家族の元へ帰れるか一喜一憂するのは、兵士のやる気にかかわる。

 そのために、結婚を禁止した皇帝がいた。

 その皇帝は、兵士とお嫁さんの結婚式を密かに仲介したバレンタイン司祭を、処刑してしまった。

 そういう意味で、バレンタイン司祭の殉教日である。

 少し時代を経て。

 未婚のカップルが、くじ引きで付き合うという、春のイベントがあった。

 あまりにも宗教的にどうなのか、という理由づけで、バレンタイン司祭を祭るという行事になったらしい。

 何だか、伝承と文化がハイブリッドした、うちのアメッコ市と似ていなくもない気がする。


 因みに、ヴィクトリア女王の在位していた、1868年。

 イギリスの食品店『キャドバリー』がはじめた贈答用チョコレートの販売。

 それが、今のバレンタインデーのはじまりとは言われている。


 私が一生懸命に、情報を頭で整理していた。同じタイミングで、探偵エルフも考え事をしているようだった。

 そして、レナは少し照れた顔になって、さらに口を滑らせた。


「イギリスでは、ちょっと良い食事をしながら、サプライズで恋人へ花束を渡すんだ。結構、演出に頭を悩ませるイベントではある。……ん、今の聞かなかったことにしてくれ」


 私と同じように黙っていたおこうは、何かを察したようだ。

 目を輝かせて、口を開いた。


「花なら、大館ここにもあろう。ちょっと行ってくるから、待っておれ」

「え、ちょっと待で……」


 私の制止を振り切って、おこうは駆けだした。

 シアがいつの間にかいなくなっていたのも、思いついたまま行動するからだ。

 大館には、似たような行動力先走り娘が多いのか。偶々なのか。


 おこうの走っていた方向は、焼き肉チェーン店の駐車場があった。

 その駐車場に広がるキッチンカーブースに、軽快な音楽が響いている。

 そこから周辺も見回したけど、彼女はもういなかった。

 胸にモヤモヤを抱きながら、私たちはブース近くの歩道を歩く。

 商店街の屋根の下で、見慣れた大小の女子コンビが、秋田ガパオライスをおのおの頬張っている。

 歩いてきた私たちに気づいたようだ。

 その大の方、シアがスプーンを持った手をあげる。寒くても元気が余っている大声だ。


「あ、レナっことソナちゃん、探してくれてありがとね~!」

「めっさ疲れたわ。……なんで神明社しんめいしゃの方まで行っているんだよ。このカニ女、横歩きが自由か」

「だって、カメさんが探すの遅いんだも~ん」

「誰が亀じゃ……、あたしは水瓶座生まれって、毎回言っているだろ」


 小の方、ミヒロは、秋田ガパオを小さい口にスプーンで運びながら、苦労をぼやいている。

 幸せそうに口喧嘩をしている2人から、足下に視線を映した。

 ミズキの枝に赤いあめが花のように咲いている。壁に立てかけて、枝飴えだあめが置いてあった。

 そこに下がった短冊に付箋が付いている。剥がして書かれた文字を見た。

『ソナタ ありがとう』 

 ひらがな、このクセ字に見覚えがある。

 アーティステック・クセ字は芸術点高いと、仲間内で言われているレナの字だ。

 私の手元の付箋を見た、レナの顔が驚いたまま固まっている。

 無論、書いた人物に私も察しがついた。


「おいおい。主役は枝飴だろう。レナっことソナタは、イチャつきの度が超えすぎだろ、これ」

「あっはっは。イギリス紳士、いや淑女の告白はさ、今日もオシャレだねぇ」


 ミヒロはいつも通り、渋い顔をして、目の前にある現実を言う。

 半分、レナの洒落だと思ったのか、シアまで悪ノリで冷やかしてきた。


 身に覚えないレナは、長い両耳を真っ赤にして涙目のまま、私へ訴えて来た。


「ソナタ君、わかっているよね」

「なんともね。大丈夫だべ」


 あぁ、もう。私の大丈夫が一番あてにならない。

 探偵エルフさんのレナ、動揺しないでくれ。

 そもそもレナ、おこうの前で惚気話を延々と喋っただろうに。

 せっかく、おこうが良いパスをくれたんだ。

 あの存在が何だったのかって……。

 そんな些細なこと、雪上にあふれる人の足跡と同じだ。

 考える必要もない。この場に毎年いるものなのだ。

 そう思った私は、もう肝が据わった。おこうがくれた枝飴えだあめを手に取った。


 気まぐれに降り出した2月の雪は強く、ここにあった足跡を消した。

 今年のアメッコ市は、今日と明日で終わる。

 人々の思い、1年の健康や幸福への願いは満たされたように見える。

 その後で、今年の冬の残滓ざんしを持って、また次の冬へ彼女は消えるのだろう。

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