第15-2話 冬の残滓 おこうの足跡の謎を追え!【推理編】

 あー、寒いなー。

 あー、真っ赤になった両耳と頬が痛いなー。

 あー、圧雪は急ぐと、足滑るぞー。

 あー、早く春になってくれー。

 あー、でも花粉はいらないー。

 ミヒロが絶妙な自作の春歌を口ずさむ、後ろに私とレナはついて歩いていた。


 長倉ながくらの交差点を越えた辺りから、かなり大勢の人たちが前を歩く。大館おおだてにも雑踏が出来ていた。

 おおまちハチ公通りを歩きながら、イベントに対するレナの熱量が無くならないように、私は話し出す。

 赤いミズキの枝にぶら下がる、赤いあめについて、あめっ子おこうの話だ。

 家族の不幸と、水害などの度重なる不幸を越えた少女おこう。

 ある日、夢に出て来た、白髭大神しらひげおおかみのお告げを聞く。

 それから、くすりの飴を作り、病の村人たち救う。

 私が話す昔話に、レナは真面目に感想を述べた。


「おこうが作った、くすりのあめを買いにみんな来るのか? 白髭大神しらひげおおかみも、弟子が作ったあめの出来栄えを抜き打ちチェックか?」

「ただ今は、現代の菓子職人が作ってらべ。冬の栄養価少ねぇどきだば、糖分が大事だもんなぁ」

「神様が楽しみな1年1回のあめ菓子イベント!」

「んだなー。何だが、上手く説明出来ねぐなってきた……」


 イギリス人のレナが感想を言うと、あめを探しに、アヴァロンの島へ、アーサー王が向かったように聞こえる。

 それくらい探偵エルフ、レナの反応が大きい。

 身振り手振り、オーバーリアクション。

 大館おおだて市民だけど、長くは生きていない私だと返事に困るのだ。

 彼女と同じテンションだと体力の消耗が激しいのだ。熱っぽく語った後で、少し冷静になった私は、ここで気づいた。

 私たちの前にいるのは、ミヒロのみ。背後についてくる友達はいない。

 あれ、3人で来たんだっけ?


「あれ、シアは、どさ行った?」

「ビッグ・シアだから分かるだろ。問題なし」

「ミヒロ、冷てぇなー。シアが迷子さならねぇ保障あっが?」

「ま、待てよ。マジ大変だ。あたし、探してくる!」


 ミヒロの足が止まった。ものすごく切羽詰まった表情だ。

 海を知らないサワガニと、シアを罵るけど、ミヒロにとっては大事な友人らしい。

 マイペースな亀の性格が、ミヒロだ。その亀が焦るほどの有事なのだろう。

 いつもの3倍速で彼女は、商店街の屋根の下を駆けだした。

 私たち2人は驚いて、ただ見送るだけだった。


 普段通りである、商店街の屋根の下を歩いていた。

 レナは探偵エルフとしてマイペースに、他人と違うことをする。

 この辺の雪に残る足跡を調査し出した。私は少し不満を漏らした。

 屋台通りから外れたことよりも、まず友人として優しくない態度は好きではない。


「心配じゃねぇんだ?」

「シアを探すのはミヒロの仕事だ。私は探偵エルフの仕事をする」

「何の対抗意識だ、それ」

「あ、小さい子の足跡。22.5cmだ!」


 目敏く、根雪に誰かの足跡を見つけたらしい。探偵エルフの執念の調査である。

 しかも、こっちの方が緊急性のある迷子と呼べるかもしれない。

 1人だけの小さな足跡。ふだん、大人が通らない道なので、この時期でも積もった雪は深い。

 それが商店街の狭い裏路地へ続いていた。

 冬の写真で、野生動物の足跡を見て、形から猫ちゃんだと分かると興奮する人はいるだろう。

 ただ今、目の前にある足跡を見て、私は妙に背筋が凍る思いを抱いたのだ。

 親と来るなら逸れないだろうし、そもそも小学生くらいならグループ行動しないだろうか。

 その違和感が喉まで出てきた。


「ただの迷子じゃねぇな……」

「1人の祭りは寂しいだろう。エルフの私が祭りを楽しめるようになったのは、君たちのおかげなんだから」

「2人きりになった途端、積極的にデレるのは、レナっこめんけぇなぁ」

「調査中は茶化さないでくれないか」


 足跡への妙な不安が度を越して、私も冗談で心を自衛しようとしていたようだ。

 レナが調査中と言ったら、去年の秋の事件以降でふざけることがなくなった。

 それだけ私と真剣に向かい合ってくれる。私も探偵の助手として、誠意をもって応えないといけない。

 今、不安定な心を楽しくしようと取り繕って笑うのをやめた。


「この先を探そう」

「あぁ」


 通りから離れて細路を進むと、足跡はそこで途切れた。

 そして、私たちを上目遣いで見つめる少女が立っていたのだ。

 時代錯誤な格好だ。まるで時代劇の子役だ。

 赤い頭巾つきの防寒具、黄色い腹巻き、雪袴というズボン状の着物、ワラの長靴。

 いわゆる、冬のもんぺ姿というものだろうか。

 頭巾からのぞく黒い双眸は大きく、白い肌に真っ赤な頬。

 昔の田舎娘のテンプレート。

 あぁ、うわさに聞く『おこう』の姿だ。


 傍らのレナは、半開きの口であった。探偵エルフさんには、言葉にならないようだ。

 だが、私はこう推理した。

 今日はアメッコ市だ。

 白ひげ大神巡行という、現代人による再現の行列がある。

 新町しんまちの入り口から、さきほどの長倉ながくら交差点まで、仮装で練り歩くのだ。

 神様、おこう、巫女さん、獅子舞、鼓笛、旗持ちの人たちの、賑やかな行列だ。

 結論、おこうの仮装した少女が、行列を抜け出した。

 私の不安は消えた。少女の目線まで、膝を折り、顔を合わせた。


「君、おこうちゃん?」

「まぁ、そうとも言えよう」

「みんな心配しているよ。アメッコ市に戻ろう?」

「うむ、そうだな」

 

 おこうは、口調こそ硬いが、素直な子だった。

 子役の演技がすごいなぁ、と私は思った。立ち上がった私が手を差し出すと、少女は微笑んで手を繋いでくれた。

 小さい手は雪のように冷たかった。さらに豆だらけの硬い手だ。

 例えば、剣道の道場通いの娘で、よく竹刀を振っているのだろうか。

 その勤勉さで、おこう役になったのだろう。

 そう思えば、年ごろの子にしては、堂々たる歩き方なのも頷ける。

 後ろでレナは、うーんと唸り続けている。何かをずっと考えているようだった。

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