第15話 冬の残滓 おこうの足跡の謎を追え!

第15-1話 冬の残滓 おこうの足跡の謎を追え!【事件編】

 足跡。

 推理小説においては、トリックを解くための重要な証拠になる。

 写真を好む人なら、野生動物の冬の足跡に興奮を覚えるかもしれないが。

 ただ、人の足跡を気にすることはない。

 そんなもの雪の上にいくらでもある上に、誰の足跡かは重要になることもない。

 人の足跡に注目して、日常の事件として拾いあげるのは、ただの酔狂だろうか。


 私たちは、あの2月中旬、間違いなく大館おおだてにいた。

 その雪の上に残る足跡をたどり、冬の残滓ざんしの回収者と出会う。

 さぁ、日常ミステリーのはじまりだ。


 地球温暖化の影響だと、テレビ番組の気象予報士さんも言っていた。

 今冬は、どれだけの雪が降り、どれだけの雪を除排雪してきただろう。

 白銀世界に喜んでいたのは、12月の一瞬だけだった。

 1月というものが雪で埋まり、雪を寄せたら比内地鶏ひないじどりのおまつり以外のことは忘れた。

 悲しいけど、これが雪国なのよ、と私は思う。


 というわけで、2月第2週末がきて、土曜日。

 やはり天気予報通り、秋田の冬は最後の山場に差し掛かっていた。

 朝から、ごっそりと雪が積もった。

 レナを寝床から起こしたけど、寝ぼけた同居人はこたつでまた寝ていた。

 このエルフ娘が、猫の着ぐるみだった。

 狙っていない女子力の塊。その綺麗な寝顔の可愛さはずるいもんだ。

 ため息……で、私は準備を整え、外へ向かった。

 戦力外になったイギリス産の娘を除いて。


 朝のキンキンに冷えた中、父と私は除排雪に追われていた。

 自宅用除雪機を使う父が、近所の除雪に行く段階で、私はお役目御免となる。

 父は、除雪後の用事もあるのでそのまま家を出る、とのことだ。

 大きく頷き、私は家へ戻った。


んびッ」


 忘れていた寒さ。暖かい室内で余計に感じる。

 家の中に入って、私は思い出したのだ。

 この寒暖差には、今季も最後まで慣れそうにない。

 乾いたタオルで脚の汗を拭いていて、私はしかめっ面になった。

 女子力皆無の筋力増量。

 冬の大バカ野郎! 心の中だけでも泣きたい! ぐすん!

 湿っぽい私の空気を読んでくれて、レナが温かい飲み物を持ってきてくれた。


「お疲れー」

「起きだんなら、手伝えっで」


 猫エルフ娘から、ジンジャーシロップの葛粉入りカップを受け取り、私は文句を垂れながら飲んだ。

 朝の労働後の、温活の飲み物が美味いこと、この上ない。

 じんわり身体の中から温まる感じと、弱った胃腸に良さそうなトロみ感。

 冬の朝のちょっと贅沢、たまらん。

 感動で震える秋田人に、レナは手に持っていた菓子を差し出した。


「はい、煉屋のバナナ」

「あめぇ! んめぇ! だばって、皮が口の中さ、くっつぐ!」

「ジンジャーで口を流そう」

「お、すげぇ! 無限に食べられる! ……んな訳あっがーッ!」


 もうすぐ1周年になりそうな私たち、そんな素人コントのやり取りだ。

 そうそう。

 秋田お笑い芸人コンビだと、ちぇすさんや、ねじさんだね。

 それはさておき。

 今日は何の日か、猫の着ぐるみから、冬用探偵服に着替えたレナに尋ねた。

 質問者の私も、雪と煉屋のバナナで思い出したんだけどさ。

 レナは、スンとした真顔で答えた。


「さてさて、バレンタインデー・イブか。なんだ、ソナタ君。チョコが欲しいのかい?」

「欲しいばって! ばって! 秋田の小正月行事と言えばさ!」

「あ……えーと、あぁ……」

「はい、時間切れだ。もうバレンタインどころじゃねぇがらー。来週がらの試験勉強さねばねぇがらー」


 ねぇがらー。ねぇがらー。

 大事なことは、2度言う私だ。

 知ったかぶりの顔になりかけていたレナ。それを私は目を細めて脅かしたのだ。

 すると、お約束の泣きそうな顔になったエルフ娘。長い両耳が震えだした。

 悲しみと驚きと混乱で、ただの乙女と化したエルフ、レナは羞恥心のままを叫んだ。


「ん、試験? なんで言ってくれなかったの!?」

「バレンタインを返上せば間に合うよんた」

「お菓子のイベントがなくなるのは困る! 人生のモチベーション的に!」

「んだば、今日はアメッコ市さ、行ぐが?」

「アメッコ市?」


 レナはまだ1年を秋田で過ごしていない。

 大館おおだてのアメッコ市をまだ知らなくて当然なのだ。

 意地悪が二重だったので、流石に私は説明してあげた。


 アメッコ市。

 織田信長と豊臣秀吉の頃、天正時代を起源とする大館の小正月行事。

 かつて砂糖が貴重品だったので、米で作った甘味料の飴を、餅につけて食べた農家の主婦がいた。

 その飴をミズキの枝に結び、稲穂の代わりに神様へ捧げて、豊作祈願をする土地の行事が由来だ。

 やがて農家の主婦が、大館の町で飴を売るようになる。

 人々は1年間の健康と幸福を祈るため、各村から町へ飴を買いに来た。

 そして、神棚へ塩とあげた飴を食べる風習となった。

 この飴を食べると、1年間、病気知らずというご利益があるとされる。

 それに、田代岳たしろだけ白髭大神しらひげおおかみが、雪にまぎれて飴を買いに来る伝承もあった。

 そんなこんな民話・風習をまとめて、観光行事は50年続いている。


 冬眠からレナを起こすには十分なイベントだった。

 探偵さんは、目を輝かせて、雪が降り出した外へ飛び出した。

 エルフさん、雪に喜んでいるように見えたので、私は飼い犬を運動させている気持ちになっていたけどね。

 まぁ、私の脳内妄想の範ちゅうで。


 寒々と震えながら歩くレナ。ちょっと肥えても、虚弱体質は変わらずだ。

 休みの日に連れ出したのは、ちょっと悪かったと私も思った。

 道中のコンビニエンスストアに寄った。

 そこで少し休憩にした。

 休憩の間に、雪沢ゆきさわから旧友のミヒロを呼んだ。

 除雪で遅くなると言っていたわりに、旧友の祖父の車で早々に合流してくれた。

 もう1人追加。見慣れた顔、長身の娘が車から飛び出してきた。


「わ~い。ソナちゃん、見~つけたッ!」

「シア、おおぅ!?」


 飼い主を見つけて、喜びながら飛びかかる秋田犬のようだ。

 この娘が、シア。残念な美人の級友、まだまだお子様思考なのだ。


「うーす。レナっこ、ソナ。待たせたなー」


 そして、気だるい声を発した、小柄なヤンキー娘がミヒロだ。

 この旧友、病み上がりなので、私の感覚では1つトーンが低い声だ。

 お孫さんであるミヒロがお礼を言うと、おじいさんは車を出した。

 その後で、抱き付くシアを剥がしながら、私は口を開いた。


「なして、シアが一緒にいんだ?」

「あたしが病み上がりだから……除雪を手伝ってくれたんだよ。つーか、うちの風呂に朝から入りに来た」

「あっはっは。んなことして、風邪ひかねぇんだな!」

「お前のとこのレナっことは、身体の出来が違うんだよ!」


 ミヒロは小学時代からの腐れ縁。

 だけど、まだ若干かみ合わない冗談を言い合うときがある。

 去年の数か月間で、劇的に仲は戻った方だ。

 さてさて。

 今のひどい毒吐き合戦で、傷ついたのはシアとレナだった。


「「悪かったねッ!」」


 プリプリと怒った女子2人を追いかけて、私たちも田町たまちの長い坂を上り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る