第5-2話 酷暑あきたネバトロうどんの謎を追え!【推理編】
私は今、自宅の廊下に立っている。
目線の先。ホームズさんが眠る部屋に入る前の戸が、地獄の門のように見えている。
何だ、何だ。この手の内側にある汗。気持ちが身体能力をはるかに先走っている。
ミヒロも良いパスを出してくれたのに。後はこのボールをゴールポストにぶち込むだけなのに。これがフォワードの重圧か。
すると、私の背後から大きい手が両肩に下りた。
木屑の匂い。私は、驚いて間抜けな声を上げた。そして恐る恐る顔を上げた。
「ぴょえッ! お、お父さん!?」
「よぉ、ソナ。なんた、それ? んめそなもの持ってらなぁ~」
地獄の門番が笑うか。いやいや。お魚狙うドラ猫の笑みか。
ニヤァと、不敵な猫のように笑う父のミツハル。
頑固者だった父は、今では意外と空気を読んだ笑いが取れる。
おかげで、硬くなっていた私の肩の力が抜けた。
「お盆の上さ、うどん? あ~、具、『じゅんさい』だが!」
「お父さんの分、冷蔵庫の中だ」
「勇ましまなぐしてらがら、ケデをなびかせできたかど、思ったど」
「私、
「忘れられね、夏さなりそうだな……」
「や~がましッ!」
『じゅんさい』が乗った稲庭うどんをお盆に乗せていたことを、私は思い出した。
父は自身も忙しいのに、緊張が消えるくらい私をからかってから、廊下の向こうに消えた。
興奮して声を荒らげたせい。
もう、開き直った。
人間は勢いが大事なときがある。勢いでゴールポストに、ボールをキープしたまま、身体ごとダイブだ。
私は今、部屋の戸を開けることに、勢いが必要だったようだ。
入るよー、と言いたいことにも気を遣うくらいだった。
そもそも、無言で入ったって構わないだろう。第一、自分の住む家だ。
ウルウルした目のホームズさんは、寝て起きたばかりのようだ。
タオルケットを口元が隠れるように被って、私の様子を伺っていた。
エルフの長耳は、本人が無言でも良く語る。嬉しそうにピコピコと動くのだ。
面白い漫談が聴けた。でも、本人を前に、必死に堪えているというところだろう。
私は膝からしゃがんで、お盆を置いた。少し拗ねた声で、彼女に問う。
「さっきたの話っこ笑ったべ?」
「なんのことやら、ゲッフン!」
タオルケットを外した口元が笑っているのを、寝込みエルフはわざと咳込んで消した。
探偵エルフが証拠を隠滅したぞ。おいおい、これじゃあ詐欺師じゃないか。
私はこの際、どうでも良くなった。あえて指摘しなかった。
それよりも、まず先に尋ねたいことがあった。溶けきった氷嚢を近くに回収し、おもむろにエルフさんの額を手で触れた。
「熱、下がったが?」
「あ……うん……。おかげ様で大分良いようだ」
「ん、顔が真っ赤だばって。ご飯
「……」
ホームズさんは、一応、数え歳で64歳の女性エルフなのだ。
16歳の私に、面倒見られて、顔を真っ赤にして照れていたのだ。
照る照るエルフさんは、無言で首を縦に振り、頷くことしか出来なかった。
私は準備していた食事を差し出す。
起座の彼女は、お椀を手に持ち、箸を器用に遣って、『じゅんさい』うどんを食べている。
いつもとは真逆で、ただ食べる彼女を見る私の構図だった。
「この
「馬鹿け。稲庭うどんさ、『じゅんさい』が乗ってんだよ」
「え、白い麺は、うどんかい? それに、じゅん菜……野菜というか、植物なのか?」
「んだ」
「確かに。
「お、いつもの、えふりこぎ推理」
秋田弁で、えふりこぎ=見栄っ張り。
探偵エルフ・ホームズさんは、いつもの調子に戻ってきていて、饒舌な口になっていた。
弱っていた食欲もすでに回復している。
ズゾゾゾゾゾゾ。
ものすごい怪音を立てて、『じゅんさい』の汁を啜っている。
病んでいたホームズさんは、『じゅんさい』うどんを完食した。
彼女は目を細めてお礼を述べた。私も嬉しくて笑い返した。
「ふふふ、秋田のご飯は本当に美味しいよ。ソナタ君の家にいれば、私も健康なエルフになれそうだ」
「ああ、そいだば良がった」
「お礼に何か出来ることはあるかい?」
「いや、礼だばいらね。むしろ、こっちからお礼さねばねがらよ」
「「ありがとう」」
お互いに、お礼の言葉が口から出た。
見事なシンクロナイズドだ。座ったまま、2人で吹き出して笑った。
何だか、今回も運命を感じる。
こんなに居心地がいいのだ。ホームズさんは悪い人ではない。
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