第11-3話 しずかな湖畔 やさしい告白の謎を追え!【解決編】

 今、曇り空だ。太陽から光が届かない。秋風が少しだけ吹く。

 私たちには、外の寒さがわずかにあった。

 座っていない丸太椅子にお昼ご飯たちを置く。

 自宅から持ってきた曲げわっぱのお弁当箱の中は、ラップおにぎりが2つ、まだ温かい。

 買い物袋の中から、アグリコッペさんの大きなパンが3つ。魔法瓶の中には、温かいお茶だ。

 お昼ごはんを2人きりで静かに食べられる。珍しく世界は、静かに私たちを見てくれている気がする。

 私たちが丸太の椅子に座っている東屋は、とてもユニークなきのこ傘をしていた。

木々は黄色と赤に紅葉している。

 黄緑の芝生は短めで広い、おそらくキャンプ地かドックランか、どちらかだろう。フェンスの向こうに、わずかにダム湖が見えた。

 五色湖ごしきこ運動公園は、そして携帯電話も圏外になるくらい、静かな場所だったのだ。


「こんなに静かだと、心の底まで見えてしまいそうだ」

「レナ、比喩だが?」

「そうだ。例え話……いただきます」

「いただきます」


 おにぎりが2つ、今日は1人で独占せずに、1人が1個ずつだ。

 春、腹を空かせすぎたレナが2つとも食べた。

 秋のきりたんぽまつりでは、人目が気になった私は、お腹が全然満ちた気がしなかったけど、レナにまたご飯を譲った。

 もし心の底まで見えるなら、レナと私はこんなに行動がすれ違うのだろうか。いや、心が見えたとしても、お互いの行動がすれ違っていただろう。

 ラップを剥き、おにぎりに噛り付く。


「もし仮によ、心の底まで見えるんだば、私とレナは喧嘩してねぇし、相手のことで悩んでねぇ。人様が時間かけねばねどこ、ただ乗り越えでだべな」

「そういう失敗や羞恥に、私たちは時間をかけていく方がいいのかな。乗り越えるのが正しいのか。それとも……」

「レナ、言いてぇことがあるんだべ。2人きりだ。うなら、今じゃねがな?」


 おにぎり1個も喉を通らない。まだ1口噛りかけ。私の目前、レナは1人で張りつめている。

 だから、私はアグリコッペさんの総菜パンを、欲望のまま大口で喰らいついた。

 誰に遠慮する必要があるのか。しずかな湖畔で2人きりだ。

 それでも、無表情を装うレナの耳が震えていた。私はお茶を1杯カップに汲んで、レナに渡した。


「あ、あり、がと」

「……」


 お茶を受け取るレナの口が上手く回っていない。

 でも、違う。これ以上、私は答えを誘導できない。大潟村のときのレナほど上手く話せない。

 私、探偵役は苦手だ。だから、無言で待つことを選んだ。

 お茶を啜ったレナは、ゆっくり息を吐きだした。

 さて、本題に入ろう。


「ソナタ君、あの日もらった愛の告白を返したい」

「うん」


 私の心臓は飛び跳ねた。確かに何度か告白はしているはずだ。

 石田いしだローズガーデン? 祭日の秋田犬あきたいぬの里? きりたんぽまつり?

 その都度、レナはためらいにためらった、今日になって答えがようやく出る。

 感情を殺した話し方が、お互いにわざとらしい。この期に及んで、よそよそしさ。

それが、私の口からも出ていた。

 レナは話し続ける。恋の判決理由を述べられているようだ。


「もう好き嫌いの単純な考えではなくなった。むしろ嫌われないように私が今から自衛をかけたい」

「うん」

「私、レナ=ホームズは、エルフ種特有の『読心術どくしんじゅつ』が全く使えない。他人とのコミュニケーションを取るのが非常に苦手だ。だから、姉のシドニーにべったりくっついて、1人前のエルフであるかのようなフリをしてきた」

「……うん」

「でも、1人のエルフとして、姉なしでは日常生活もできない。全く自立していなかったんだ」

「そっか」


 そうか。私は気づいた。持ち合わせた情報同士が繋がったのだ。

 姉のシドニーが、妹を旅に出した理由は、ドームの提案だけを飲んだのではない。

 レナの自立に必要な能力を補うためだ。1人旅に出れば、あらゆる危険を避けるために、他人とのコミュニケーションを取らざるを得ない。

 結果、レナは自発的に成長する。

 彼女は、旅の間に変わろうと、出来ないことを直向きに挑戦してきたのだ。

 他人と触れ合う恐怖、難しいと心で嘆く距離感、失敗に失敗を重ねて、何度も事件を越えていた。

 春の出会いの日に、私が感じた彼女の余裕は、大変な日々の経験値が積もる本物だった。


「今は……どうなんだろう……少しは成長できたのだろうか……」

「自分の弱さを他人さ口に出来でらがら、根が優しっけレナはもう心配ねぇ」

「それは、どういうことだい? 普通の人は、自分の弱さや嫌なところをわざわざ恋人に言うのかい?」

「あなたはあなただから良いんだ。多様性の始まりだば、互いの存在を認めあうことだもんだ」


 既存の価値観を私たちは今から変えようとしている。

 大潟村おおがたむらではレナだけ、私らしさを肯定した。今後は私の番。エルフを除いてもレナがレナらしくあるように、私は彼女を肯定する。

 こうだったら、ああだったら、と。

 不安と恐怖、怒り、悲しみ、あらゆる感情が押し寄せてきたのだろう。

 そのレナが思っていた、IFもしもは私の価値観でない。なぜなら、私が彼女の存在を前向きに認めているからだ。


「私を認めてくれるのかい」

「探偵エルフさんのレナも、半人前エルフのレナも、おめだべ」

「うれしい。やさしいな、君……はぎゃッ!!」


 レナの両肩の力が抜けて、腰からお尻の力も同時に抜けた。そのおかげで、丸太椅子から彼女はずっこけた。

 無意識の天然行動は、レナの属性だろう。

 当然、私は大爆笑した。また当然、レナは怒った。

 転んだままではいられないので、レナの手を取り、私は引き上げた。

 ややあって。

 お互いの感情が収まるころ、レナはまた口を開いた。


「春と秋で、私たちの立場が変わっていたのだな」

「レナの探偵ポジション、私さだば荷が重ぇなぁ~」

「じゃあ、探偵エルフさん稼業を復活しようか」

「んだば、私も助手さ戻るな」

「よろしく」

「よろすぐ」


 手と手を握り合う。愛情と信頼は、この握手で確かめ合った。

 私たちは、自然と笑い合う。

 そして、フェンスの向こうのダム湖を、立ったまま2人で仲良く手をつなぎ、眺めた。

 気まぐれな秋の雲が去り出し、太陽が少しずつ光を注ぐ。

 今日の五色湖ごしきこは、秋風が吹くので、鏡のように山や木々を映さない。それでも、湖面で太陽の光が踊っていた。

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