秋田へようこそ、探偵エルフさん!

鬼容章

第1話 ばっけ味噌ライスボールの謎を追え!

第1-1話 ばっけ味噌ライスボールの謎を追え!【事件編】

 現代日本の田舎、東北地方の北部。

 秋田県人口は100万人を割り、92万人を割り、いつも瀬戸際にあるような気がする。

 私の住む、秋田県大館市あきたけんおおだてしは、昼夜の光が自然とともにあるような場所だ。

 さて、今の大館は、春の最中だ。

 今季の冬は、少し強めで短く居座った。そのおかげで早く春を迎えている。

 桜の開花予報通りで、先週末から少しずつ咲いていた。


 私は春が好きだ。

 たった2週間の躓きも、春の陽気な風は許してくれるような気がするのだ。

 毎日が幸せだと、もっと私は生きやすいのに、現実世界はそうもいかない。

 せっかく近くの桂城公園けいじょうこうえんまで歩いてきたのに、こんな昼下がりからお花見をしている。

 知らない家族や会社員たち、若い人たちに、私の小さな幸せはぶち壊された。

 冬囲いが外された噴水前まで歩いて行き、私は下を向いてため息をついた。


 桜の花も今は咲き誇っていても、いずれは地を無様に這い続けて、あがいて土に還るんだ。

 小学高学年、大変な時期はあったけど楽しかった。

 中学校になっても楽しいままでほしかった。

 それが高校になったら楽しくなるのかな、に変わる。

 年を経て変わる私。

 反面、毎年変わらない春の景色が心に刺さり痛い。

 体感的な面では、東北の刺すような春風は冷たい。


「はぁッ、んびぃ」


 好きな時期だから、桜の季節だから。

 だからこそ、陽気さに憂鬱な感情がかなり混じる。

 いっそ春も嫌いになれたら、どんなに幸せだろうか。

 雪解け水だって、川から海に流れ去ったのだ。

 春の弱気は、私を売れない詩人へ替える。


 そんな春の詩人と化した私の靴先に、コツンと石が当たった。

 ふでふでしい程、ずんぐりした顔で細目、愛嬌ある顔立ちは、お世辞にも美形ではない大型犬の顔。

 そんな天然記念物の秋田犬あきたいぬの顔が、河原の石に絵具で描かれていた。

 ちょっと期待して、拾い上げてしまった。

 裏面をついでに見る。

 WA ROCK ODATE

 わろっく? 和ロック? それが大館とどういう関係だ?

 意味は分からなかったが、私は久々に周囲をキョロキョロと見回した。

 これを落とした人がいるかもしれない。

 

「ふーむ、良い目をしている」


 気取ったような少女の声だ。どちらかというと、英語訛りが混じった日本語だ。私ほど訛っていないのが、少し羨ましい。

 私に、わざと石を拾わせたのか。

 他の大館の人たちは、警戒心が高いのか、無視していたようだ。

 嵌められたと思った。だけど、私の方が彼女の容姿に見とれてしまった。


 海外の美少女が、木製のベンチに腰をかけて、脚を組んで座っていた。

 彼女の靴は、歩き続けたせいで泥と傷だらけだった。

 一方で、きちんと身なりが整った女性用の探偵服、白い肌は透明で、何より線が細い。

 小顔で目鼻が整っている。

 勝気そうで、大きな碧い目は全てを見通すよう。

 長い金髪は2本に結われて、帽子からのぞいていた。

 一番、私の目が離せなかったのは、帽子から2つ出ている、その長く尖ったエルフの両耳だ。


「あ……探偵エルフさん……?」

「そう。私は……」


 ぐー。

 彼女の腹の音がなった。

 春の陽気な太陽光は、真面目なシーンでも空気を読まない。

 気取ったエルフさんの表情が崩れた。我慢が限界だったらしい。


「ごめん。腹が減ってきた」

「あー、んだがー」


 私は、パーカーのポケットに、石ころを突っ込んだ。

 代わりに背中に下げていたリュックから、小袋を外へ引っ張り出した。

 さらに、その小袋から自分で握ったおにぎりの包みを2つ取る。

 ジブリ映画の少年キャラみたいに、不器用に「ん!」だけ口にして、探偵エルフさんの手におにぎりの包みを押し付けた。

 エルフさんは状況を理解できていなかった。困った顔で手にしたおにぎりと、私の顔を見ている。

 屋台の良い匂いは、結構な値段がする。対価があるのだろう、と言いたいようだ。

 つまり、飼い犬でいう「よし。食べて良いぞ」の私の指示待ちか。


「金だば取らね。まんつ、じゃ。その代わり、隣りさ、座って良ぃが?」

「あぁ、いいとも。かたじけない。わぉ、ナイスライスボール。いただくよ」


 私は、探偵エルフさんの座るベンチに、一緒に腰をかけて座った。

 私たちの視線が同じになる。

 小器用に手で包みをあける、エルフさんは目を見開いた。

 少しあぶったおにぎり、つまり焼きおにぎりなのだ。

 彼女は嬉しそうに微笑むと、私の作ったおにぎりに、かじりついた。

 頬がリスのように膨らんで動く。ややあって、彼女は口を開いた。


「ふむふむ。へぇ、意外だ」

「どう変わってらって?」

「山菜の苦味は、味噌と合うんだな」

「あー、ふつうの反応だなぁー」


 日本人よりも日本を知っています顔で、エルフさんは良いコメントをした。

 ちょっと期待外れで、私は拗ねた。


 おにぎりを少し炙って、味噌をみりんで溶いてからだと、工程3つでおにぎりに溶き味噌を綺麗に塗れる。

 焼き目も、見た目も、ばっけ味噌おにぎりとして良くなる。

 食欲に負けず、料理は焦らず丁寧に、調理の工程を意識して、か。

 今は弘前ひろさきの大学に進んでしまったけど、小学生の頃の私に料理を教えてくれた姉みたいな存在の人がいる。

 そのおかげ様で、見ず知らずのエルフさんの腹を満たすことが出来た。


「残念ながら、私は日本に来て8年目だ。さすがに日本慣れしている。……で、この山菜はナニモノだい?」

「ばっけ」

「え、何て?」

「ばっけを知らねえが……えーと、ふきのとう」

「……ッ!!」


 今度はエルフさん、焦った顔になる。

 彼女の顔が、私の顔に、すごく近づいた。

 生真面目に、エルフさんは物申した。


「胃薬は持っているかい?」

「え、要らねーべ? んだって、灰汁あく抜きはしたど?」


 ここまで生真面目に、山菜が何たるかを知っている外国の方は初めてだった。

 ある意味で、一周回って新鮮な反応だ。

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