第10-3話 腹TUEEEE! きりたんぽの謎を追え!【解決編】

 しかし、私の腹は満たされない。空腹へづね界。

 会場の中に入ると、ちょうどローカルヒーローショーだった。

 シアは相変わらず、コウライザーたちにお熱で食い入るように応援タイムだ。その横の椅子に、放心した顔のレナが座っている。


 その隙をついて私とミヒロは、きりたんぽ汁を買うために、店の行列へ並ぶ。

 私の顔がよほど不機嫌そうに見えたのだろう。渋い顔のミヒロは、助言として口を開いた。

 普段なら嫌味でしかないのだけど、雰囲気のせいで励まされたように感じた。


「ソナ、お前は腹つえって振る舞えていない。その顔、すげぇブサイクで終わっている」

「なんだッ、腹つえぐなってねッ! ……むしろ、腹減ってんだ」

「それそれ。あたしには、素直に言えるのになぁ。そういうところ、ごうじょっぱりちゃん」

「え、えふりこぎに見えでらのが?」

「あたしにゃ、その謙虚は、やせ我慢になって見えるな」

「レナのためだって、ちょっと気張りすぎたかもしんねぇ……」


 ミヒロは見ていないようで、しっかり周りが見えている。ついでに、嫌われる言葉も気にせず話す。

 それが出来るのは、聞き手との距離感が分かっている。今の私を信じているからだ。

 私も含めて、秋田の人は、謙遜しすぎる。

 おなかが減って食べていないのに食べた振りをして、他人からの施しを受けない気の強い人もいる。

 方言の『はらつえ』別の意味は、『他者の施しを拒否するため、我慢をする謙虚さ』だ。

 ちなみに『じょっぱり』は津軽弁つがるべんで『強情を張る』ことや『頑固者』の意味である。

 大館では崩れた『ごうじょっぱり』と言うことがある。そして秋田弁の『えふりこぎ』は『気取る』ことだ。

 自分の過剰な謙虚さは、相手にはやせ我慢に見える上に、気取っても見えるのだ。

我慢だけは良くない。現代人なら、基本そうである。

 ただし秋田県民性、津軽地方つがるちほうの周辺である大館市民の地方民意識という、二重環境要因がある。

 冬の季節を1つ越える程度ではあるけど、我慢強さが現代の私たちにも残っているのかもしれない。


 食事スペースがちょうど空いた。

 きりたんぽ汁を、ミヒロは5杯買っていた。あれ、1杯多いよね。4人分じゃないのか。

 ヒーローショー後から合流した2人には、各々1杯分ずつ。ミヒロの分も1杯だ。残りの2杯分、私にくれたのだ。

 敵ではないが、旧友の施しだ。さすがに動揺する。


っていいんだが?」

「マテを食らった秋田犬あきたいぬみたいな顔されたら、おごりたくなった。せめて、美味そうに食え」


 ミヒロの義侠心に感謝。私はありがとう、と頭を下げた。

 はふはふ、吐息が漏れる。

 熱い汁が染み渡る、温かいきりたんぽは奥まで美味い。

 まいたけ、比内地鶏ひないじどりの肉と出汁は、ぐいぐいと旨味を主張する。

 ネギ、せり、シャキッとした触感、そして薬味としての香り、いい感じに味がまとまり決まった。

 これこそ、チームきりたんぽ、なのだ。

 最後の汁の1滴まで、飲み干したい。それが、最高のきりたんぽ汁へ私なりの礼儀である。


「はは、2杯じゃ足りねぇってか。もう1杯食えよ。ただ本当に、腹つえぐなっても知らないぞ」

「って、ことで私たちは~、会場ぶらり旅してくるね~。ゆっくり食べてね~」


 いつの間にか買ってきていた1杯のきりたんぽ汁を置いて、凸凹コンビは旅立った。

 集中していた私は、高い山に挑むクライマーのような高まる思いで、きりたんぽ汁を真剣に食べていたのだ。

 きりたんぽまつり、しっかりと並んで、しっかり食べきるのも、美しき戦いである。

 うん?

 さっきまで、ボーっとしていたレナの目が気になった。

 青い目が輝きだしている……だと。

 探偵エルフさんは、ほほ笑んだ。少し張りつめていた気持ちが楽になったようだ。


「私は『腹つえ』という言葉が分からない。でも、ソナタ君の食べっぷりを見ていて、気分が良くなってきたよ」

「……1本ける」

「え……もらっていいのかい?」

「腹つえぐなった」


 私は突然、あまのじゃくになった。

 レナが元気になるのは、私にとってうれしいことだ。

 ただ、ここは祭り会場なのだ。今更ながら、他人の目が気になってきた。

 はらつえ、が本来の意味でないのは、まだ満たされない腹具合なので私自身がとてもよく分かっている。

 ただ別意味のはらつえのように、自分の意地を張るために、他人であるミヒロの施しを完全に拒否したわけでもない。

 すごく中途半端な行動だ。

 謙って、腹が減って、顔がブサイクだと、ミヒロに言われたのに。つい、反射的に口が開いたのだ。

 さらに、私は口が滑ってしまった。どちらかというと、本音がポロリと口から出た。


「はぁ……今度、2人だけでご飯食べに行ぎてぇなぁ……」

「……かわいい顔がだだ刺さる」


 意味不明なポンコツ発言の後、私から目をそらした。顔を真っ赤にして、レナは震えていた。

 反省の弁、そして食べている顔が、刺さるほどかわいいとはどういうことか。

もしかしたら真っ当な意見で、客観性を欠いた私の理解不足かもしれない。


 いまだに私とレナは、分岐点からどちらへ進むか決められない。今日のところ、すれ違いの漫才のまま、きりたんぽまつりを終えた。

 そうそう。腹つえは、ここからが本番なのだ。

 腹TUEEEE!と、無双状態の主人公になるのは帰宅後、お腹の中できりたんぽが膨れ始めるからである。

 お腹が苦しい。ぽんぽん痛い。

 でも、美味いもの。今秋、実りを受ける1人として、私は食わずにはいられないのだ。

 私の方言辞書には、腹つえは本来の意味しかないようだ。

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