第11話 しずかな湖畔 やさしい告白の謎を追え!

第11-1話 しずかな湖畔 やさしい告白の謎を追え!【事件編】

 秋の紅葉狩りの最盛期になった。

 秋田県大館市あきたけんおおだてしは、最低気温に1桁も現れはじめ、空気が澄んできた。

 夕暮れの空と雲の色、稲刈り後の田んぼから見える山や川、外の空気、たおやかな風。

 春とは違う秋の静かで穏やかな感じが、ただただ優しすぎて怖い。

 ひとたび雨が降り出しても、次の瞬間には晴れの顔をしているのだ。

 秋は次の冬、いや春を待つ体制を整えてくれていると思う。

 明鏡止水。

 その思い出を噛みしめながら、私たち秋田県民は、次の暖かな季節を待つのだろう。

 秋の寂しさは思い出を懐かしむから。今、不安なのは、君だけではないんだよ。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 これまでの経験が、これからの私たちに光を与えてくれるから、歩く道は見えている。


 さて、我がヤナギ家も後2か月少々で、冬を迎える事実に驚いていた。今更ながら、春以来の小旅行を計画したのだった。

 秋の朝。

 一気に来た秋の寒さに、秋田県民たちの身体が慣れる頃だ。

 私たちの早起きも元に戻った。

 私の父ミツハルは、仕事の木工作業が少し落ち着き、疲れを癒す場所で思い切り寝たいようだった。


 一方、私は静かなところで、お昼ごはんを食べたかった。それに市日いちびに行って、食べ物をたくさん買う目的もまだ果たしていない。

 こういうとき、一番に騒々しいレナ。彼女が珍しく、何も言わない。考え事をしては眠りこけている。

 ニプロハチ公ドームで先日あった、きりたんぽまつりで吹っ切れた私とは違って、ひどく自分を追い込んでいるような気がする。

 無口探偵エルフさんなのだ。

 一瞬外した目線を、また父へ戻す。

 私の意見を聞いて、父は良い案が浮かんだようで、ゆっくりと大きく頷き返していた。


「んー? おお! そいだば、五色湖ごしきこにピクニックさ行ぐど!」

「ごしきこ……どこだっけが……」


 私にも分からない大館おおだての観光地はある。それが父より後世である証拠だろう。温故知新として、素敵な場所を知ることが有難い。

 勉強しているような難しい顔で見つめ返した私に、腰に手を当てた父は苦笑いして、間をあけてから答えた。

 どうやら、大館市おおだてし内だろうという私の直感は当たった。

 大館市おおだてしは、旧田代町たしろまちの景勝地だった。


「田代の山瀬やませダムだ」

「へぇ、田代たしろなんだぁ。んだば、早口市日はやぐちいちびだな!」

「「んだすべッ!」」


 父と私は笑顔でハイタッチする。

 女子高校生らしくないし、大人らしくない。それでも、秋田で楽しく暮らせるなら構わない。

 それに自宅だと、レナ以外、私たちを誰も見ていない。

 同じ『ない』を使うなら、否定の『ない』でなくて、明るく楽天的な前向きの『ない』だ。

 秋田時間は、全国的にルーズでずぼらな印象らしい。

 私たちはとてもマイペースなのだ。ただ時間に縛られず、太陽と月とともに生きている。

 そう、私の妄想が激しくなっていた。ぱっぱっぱ~。脳内お花畑だ。


 ただ、レナの曇った顔はもっと暗くなった。もう1人で彼女は先に冬モードだ。

 ようやく、父に手を引かれて、車へ彼女は乗り込んだ。どうして彼女はそんなに考え込んで、神経が衰弱するくらい疲れ切ってしまったのだろうか。

 私は『待っている』と言った手前、発言を撤回することは……やめよう、こんな話は勝手すぎる。


 父の運転するヤナギ家の車は、地元民が言う下の道、国道7号線を早口はやぐち・北秋田方面へ進む。まだ比較的早い時間で、そんなに車が混み合う様子はない。

 稲刈りが終わった道路沿い。朝靄が消えかけて、後部席からでも前の道が良く見え出した。

 緊張も天気も、秋は緩い。さらに身近な事件が少ない。

 ただ同じ道を繰り返すような考えごと、いわゆる悩みごとが続く。それも大事な時間、幸せが近づく一歩前の小さな問題なのだ。


 そうだった!

 大潟村おおがたむらの桜と菜の花ロードを春に、私たちは見に行った。

 春にも同じ風景を見た。でも、私と彼女の立場が逆転しているので、心境の違いもあるのだろう。

 私は思い出すのに、時間がかかった。

 あの時の彼女の思いに、今ようやく、私も気付いた。

 待つ方が陽気な心を持っていたとしても、今、私は彼女を心配なのだ。

 彼女とは量が違うかもしれないけど、私の心も痛んでいるのかもしれない。

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