第7話 秋田涼夏奇譚 泰衡と風穴の謎を追え!
第7-1話 秋田涼夏奇譚 泰衡と風穴の謎を追え!【事件編】
秋田の夏は短いという。体感としては、3週間程度。
梅雨明けが、全国的に最後の方。それでいて、秋の紅葉が全国的に最初の方だ。
冬は、雪深く寒くて暮らしにくい。夏も、なかなか高温多湿だ。
書籍本の世界のように、日本の田舎らしい四季を感じる。
山と山に囲まれた地形、いわゆる盆地気候は、秋田県では内陸部にだいたい集中している。
これが北東北地方、秋田県が直面する話だ。
そういう訳で、私の住む大館市は、盆地だ。
盆地の良いところは、山を越えて冬の雪雲が侵入しにくい。
冬は秋田県内にしては、緩い雪の降り方だ。それでも例年積雪が増えているのは、風向きの変化や海水温の上昇が影響しているのだろう。
逆に、盆地の悪いところは山囲いのせいで、内側で発生した夏の熱を逃がしにくい。
今まさに、夏の最中。毎日、凄まじい夏の蒸し暑さなのだ。
さてさて。
今日も、夏らしい蒸し暑さが漂う大館市である。
ヤナギ家では、脱水対策として、のどが渇く前に水分を強制的に飲んでいる。もちろん、同居人のレナ=ホームズも例外ではない。
高校の夏休みも後半になり、夏課題の他に、試験対策も必須になる頃だ。
座敷に机を置き、文明の利器で冷風を浴びながら、私とレナは2人で勉強中だ。
汗が出ない時ほど、水分補給だ。
エルフのレナにとっては、難しい勉学より、暑さより、水分を摂る行為がもはや罰ゲームのように感じているようだった。
「ソ、ソナタくん、私、この問題を間違っていない。だから、水分は摂る必要ないんじゃないだろうか……」
「……」
塩が入った麦茶瓶の取っ手を持つ私は、すぐに返事をせず、まず状況から推理した。
見るに、レナはわざと顔色の悪い雰囲気を出している。
参照は、夏休みに入った直後の布団で寝込むレナの姿だ。ああいう状態にさせた責任は、彼女の世話をする私にある。
では、今どうするか。無言のまま、コップにお茶を注いだ。
絶対に、私は視線を逸らさない。レナは、私の目力に押されて、水分を摂った。
「君は、私の姉より、厳しいなぁ。たまには、甘やかせてくれないか」
「じゃ、何せば
「ご褒美に!」
「はいはい……」
居候エルフさん、自分の頭を寄せて来た。
なんのご褒美、とは流石にもう思わない。がんばっているから、頭を撫でろという魂胆だろう。
それに、レナが次女で、甘えたがりだということを、最近になって知った。
一方で、私は1人っ子だ。縁戚のお姉さんくらいしか、歳の近い身内はいない。だから、下の子の扱いを、居候の同級生にするとは全く想像の範囲外だ。
だけど意外にも、私の中にあった母性は大いに満足しているようだ。
そんな訳で、私は彼女の頭を撫でることが出来ていた。透き通ったエルフさんの金髪はシルクのように綺麗だ。
その時、家の玄関ドアベルが鳴った。
昼下がりの田舎の夏。非常に高温で出歩く人がいないという思い込み。
はっとした私は、レナの頭を片手で突き放した。
名残惜しそうに、エルフさんの長い耳が小さく震えていた。まるで自己主張の強い猫のようだ。もう、我慢する。今日の分、甘やかしは終了とする。
どたどたと、廊下を駆けて行き、私は玄関を開けて応対した。
赤髪の低身長なヤンキー娘、間違いなく、私の旧友ミヒロであった。
お互いが相手の現状を無言のまま察すること、それが今日のファーストコンタクトだ。
ん。
手土産の小玉スイカを1玉つき渡された。
この粗暴な態度が、少年風で旧友はよく少年と、ミヒロが勘違いされる要因だろう。
以前よりマシだけど、やはり私の感情は逆立つ。
「ん」
「んじゃねぇ! せば今、食うんだが?」
「冷えていれば、な」
「私が
「んだ! まず、トイレお借りしまーす!」
「はぁ……どーぞ……」
あいつ、玄関で靴を脱ぐと、さっさとトイレに逃げ込んだ。
ただ、靴は向きを変えて揃えて置くあたり、憎みたいけど憎めない。
ミヒロは興味ないことは本当に全くしない。それでも、祖父と同居しているので、旧友は最低限度の生活ルールを守っている。
スイカを切り終えて、皿に盛って、お盆に乗せて両手で持つ。
ようやく、私は座敷に戻る。
ミヒロは、勝手に塩茶を飲んでいる。畳の上、レナはうつ伏せに伸びていた。
こいつら、全く勉強する気ないようだ。
「勉強さねの?」
「しない。夏期講習分の課題も終わって、夏休み始めに出されていた課題も終わった。これ以上、何をするんだ?」
「上さいる奴の言い分だども、好きでねッ!」
「数字で判断する社会の勝者だからな、あたし」
「あい~、めぐしぇなッ!」
ミヒロの言い分が、ド正論なのはいつものことなのだ。
私に対してだけ辛辣なわけでなく、誰にでもこの言い方だ。ミヒロには独自の社会ルールがある。
うつ伏せ状態のレナは、ツインテールが上に向いているので、クワガタのように見えた。
金色クワガタは、這いつくばったまま語る。
「すいか~。すいかをくれ~」
私も、ミヒロも、これには負ける。
流石に、見ていた2人とも吹き出して笑った。スイカを乗せたお盆を落としそうになった。
勉強は中断して、3人で縁側に座る。スイカを含めて、みんな着地。
縁側から見える庭の景色は、暑さか熱気か、揺れて見える。
なるほど、立って歩くと危ない感じがある。水分、補給せよ。直感でも分かる。
食べごろのスイカは、種さえも飲みたくなるほど甘かった。
しこたま、んめぇ。
食い気が暴走気味。食べるのに瀕死だったせいか、私の汗腺が戻って来た。汗が少しずつ復活して出てくる。
隣の2人は、会話が始まっている。
「日本らしい夏だ~」
「レナっこ、年長者~」
「私は64歳だからな~」
「人間換算したら16歳じゃん~」
「まぁね~」
「ぬぎぃぜ~。よし、じゃあ、5分で涼しくなるような話をしよう!」
カラン。
2人の会話を聞いていた私は、手と口を止めた。タイミングよく、空のコップで溶けた氷が鳴らす音に、驚いて飛び跳ねた。
あと5分。
そそそ、それを耐えれば、怖い話は終わるのだろうか。終わるんだよね?
私は両肩を震わせて、ただ平然とした顔を装い、2人を見ていた。
事情を知っているミヒロは、手を叩いて、大爆笑している。よく分かっていないレナは不思議な顔で、挙動不審な動きをする私を見ていた。
「うーん? ソナタ君は、怖い話が苦手なのかい?」
「傷口さ塩をぬらねぇでよ!」
「いや、こういう場合は、塩を盛るんじゃないのかい」
「んだばって! 今の話、除霊でね!」
暑さのせいか、天然ボケが発動しているレナは、1テンポ分、話がずれている。
推理が脱線し、ぽんこつ探偵エルフになっていた。
気が利くのだから、怖い話をミヒロがしたいのを止めてくれ! 私、怖い話は無理!
ミヒロはどこから持ってきたのか、小皿に2つ塩を盛ってきた。
あ~、やる気満々!
も~、高校生! 悪ノリのクセがすげぇは!
悪ふざけも極めれば芸になる! 何この、キャミソウルブラザーズ感!
もう~、ブラウゴンだ、ゴン! J1昇格目指すぞ! 秋田一体! GO、ブラウブリッツ!
私は座りながら、秋田芸人のお笑い力と、秋田マスコットで脳内中和を図る。
そんな中、隣の2人。
ミヒロは、そういえば~と話し出した。探偵エルフさんは、地方色の濃い話に目を輝かせている。
涼しくなるか別として、秋田はローカルな奇譚が多い。
主旨は分かったから、あと5分だけだよ。
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