第4話 雨季に香る赤い花の謎を追え!

第4-1話 雨季に香る赤い花の謎を追え!【事件編】

 柔らかな春の終わり。風薫る夏の始まり。

 季節の中間地点が今である。

 東北北部の梅雨入りは、例年通りの予想だ。そして北海道を除いて、最後に梅雨に入った。

 6月中旬の秋田県の北部、大館市おおだてしは雨の日が多いようだ。

 シトシト降り続く雨は、私の強張った感情を洗い流す。

 さらに、ジメジメと肌にまとわりつく湿気は、溜めていた身体の疲れを実感させる。


 竜鳴高校りゅうめいこうこうには今ちょうど来ている……が、私は復学前ではある。

 まだ始まってもない、まだ終わっていないのにもかかわらず、私は眠かった。

 探偵エルフの居候、ホームズさんは、余裕ありそうな笑みを見せて、私の高校の編入試験を終えた。

 私も一応、学力を判断する上で、試験を受けた。

 対照的に私の顔色の方が悪い。梅雨に入って2~3日目なのに、ノイローゼ気味だ。

 原因は分かっている。

 試験の結果が悪かったのではない。自己採点では、私も合格範囲を超えている。

 単純に、旧友あいつのいるクラスに戻るのが、この期に及んで心苦しいのだ。

 夜眠れないのに、昼が眠たい。でも、もう引きこもりには戻りたくない。

 この複雑な心境は、ティーンの女子らしいかもしれない。


 試験部屋になっていた空き教室で、ホームズさんは着慣れない制服姿で、窓の外を見ていた。

 私はお尻に根が生えたように、何だか体が重くて、まだ立ち上がれなかった。


「許すって何だろうな」

「え?」

「怒りや憎しみを覚えるほど、他人に不当な扱いを受けたと思っている。明らかに、相手を許すことで、自分の未来が開けるのは分かっている。なのに、許せない自分がいる」

だれん話?」

「私自身の話だ、と思う」

「ホームズさんにしては歯切れ悪りぃな」


 私は一瞬、いつものように私の的を射ったのかと思った。

 しかし、ホームズさんは雨と光で鏡になっている、金髪ツインテールで碧眼、長耳のエルフ、自分の姿をただ見ていたのだ。

 珍しく憂いた表情をしていたので、私の方が気を遣いたくなる。


「私さ手かせば、おめのことやるとき、参考になるべ」

「じゃあ、そうしようか。明日、君を引きこもりに追い込んだ奴と和解させよう。探偵らしく依頼をまず解決だ」

「……え?」


 窓へは無表情だったのに、私の方を向いたときには、いつもの好奇心まみれな探偵エルフ顔だった。

 

 次の日の朝は、雨は少し降っていた。ただ出校に問題ない程度だ。

 ホームズさんと入口で分かれ、私はまず1人で教室に入った。

 ざわついているクラス内。

 ただエルフのホームズさんが制服に着られた姿で、教室に入ってくるとクラスメイトの関心事は、そちらへ100%向かった。

 ホームズさんは、クラスメイトの長身の女子に何か話しかけてから、こちらに歩いてきた。

……と思ったら、通過して、後ろの方に向かって行った。


「あぁ、君が孫市望央マゴイチミヒロくんか。いやぁ、その画面の表示、アデルの曲だな……君が良いセンスの女性シンガーだって言うのは、今わかったぞ。1つ問おう、君は失った2か月間についてどう思っている?」

「……」


 ミヒロは机に突っ伏していた顔を上げざるを得なかった。

 イギリスの女性歌手、『アデル』の曲を聞いていたのを、イギリス産エルフ娘のホームズさんに見つかったのだ。

 探偵らしくストレートに私の旧友ミヒロへ直行したらしい。

 私は2か月かけて復調したが、ミヒロの立場では2か月をドブに捨てたようなものだ。

 この旧友は登校初日から今まで、クラスでは無視をされて、影口されてきただろう。

 なぜなら、私は全ての罪を旧友に着てもらい、自分が痛みを受けた被害者として、学校から逃げていたからだ。

 恐怖で怯えた出荷間近の子牛のように、こっそりと私は小さく振り返る。

 そのとき、ミヒロはホームズさんでなく、今日初めて私の顔を認識したようだ。

 ホームズさんには何1つ返事をせず、イヤホンを外して、椅子から立ち上がり、私の席まで歩いてきた。

 ミヒロはプライドが高い娘だ。絶対に自分から頭を下げない。


「ごめん……あたしが悪かった……また友達に戻ってください」


 ミヒロは震える小さな声で、私に許しを求めた。

 その差し出された手をどうするか分かっているのに。

 どうしようもない旧友に、また私の責任を押し付けてしまったことに、ひどく怖くなっていた。


『許せない自分を、今、許してあげよう』


 宙をさまよっていた私の目を、ホームズさんは海外の女優のように強い目力で見つめ返して、だけども静かに小さく頷いた。

 私は震える手で、ミヒロの震える手を握り返した。


「許す」


 私は声が出るか出ないかの音で、ミヒロに返事をした。

 反抗的に赤い色に染めた短髪、かつ小学生並みに低身長、アンバランスな姿の娘が、今のミヒロだ。

 だけど、今の驚いている表情は、かつて小学生時代の私も見た、素の旧友の顔だった。


「はい、喧嘩は終了! これにて一見落着!」


 ホームズさんのダメ押しの一声で、クラスメイトたちは拍手を送るしかなかった。

 これにて一件落着、と劇中の遠山の金さんのような台詞を間髪なく入れた。

 それは、一般のクラスメイトにも事件は解決したと脳に認識させる、巧妙な探偵らしい手口だった。

 その後、すぐに担任が授業を始める。あれよあれよと、出校初日が終わっていた。


 ホームズさんは、金髪碧眼で、さらにエルフらしい尖がり長耳なので、何処にいても目立つ容姿だ。

 色々な生徒たちから、あちこちで連れ回され、質問攻めに遭っていた。

 ホームズさんが、我が家へ帰宅したとき、すごい歳を取ってしまったように見えた。

 疲労の度合いが強いらしく、ものすごく老けた顔をしていた。


「大丈夫だが? 顔色悪くねが?」

「あぁ……昨日の君のような顔になっている……かい?」

「んたこどは、どーでもいいんだ。何か、私に出来ることは……!!」

「……」


 気絶したように、ホームズさんは玄関先で倒れた。

 彼女の身体が床に倒れないように、私は慌てて支えた。

 ホームズさんは、エルフにしては強気な口調だが、それは身体を強くするわけではないのだ。

 人間より4倍長生きの反面、4倍身体が弱いと一般的に言われるエルフ属だ。

 虚弱な彼女なりに出来る限りだったようだ。

 私は気絶したエルフを半分背負いながら引きずり、何とか布団の中に寝かしつけることが出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る