第1-3話 ばっけ味噌ライスボールの謎を追え!【解決編】
私が口を開くかどうか迷っていると、探偵エルフさんは察したようだ。
彼女の手の甲が、軽く私のポケットを叩いた。私は、拾った石を再び手に持った。
「もう謙遜は、秋田県民の
「WA ROCK?」
「うん。その石の価値を君は知っているかい?」
「分からねな」
探偵エルフのホームズさんは、大館市の隣り、北秋田市の
この石、ちょっとした子供心くすぐる遊びだ。
WA ROCKのWAは輪や和という意味と、発祥の地パース、つまり
はるばる海を越えてやってきた海外の遊び。
「拾った石に絵を描く遊びだ」
「へぇ、
「その石を隠して、SNSで報告する。#warock をハッシュタグに使ってな」
「見つけられっぞ」
「むしろ見つかってほしい。発見者は、自分で所有するか、他の場所へ隠す。WAROCKは、どんどん移動していくことになるな」
旅をする石だ。
なるほど、その場に留まるより、動けない石にとっては楽しいのかもしれない。
今の私は、石にも劣るのか。
急に楽しかった表情が、冷めていく感じがした。
私の反応に、ホームズさんは慰めることはせず、貶すこともしなかった。
「石に魅力を覚えるのは、ただの石じゃなくなったからだ。遊びのルールでは、金銭のやりとりはできないが、高い美術的価値がついたわけだ。まぁ、つまり他人の手によって、情報発信されて、石も楽しい存在にチェンジだ」
「……人の意志を持った石さなったが」
「
「私ら運命だって、言いてぇのが? そいだば、出来過ぎだ」
いつまでも彼女の理想論へ付き合うつもりはなかった。
石を手のひらで握りしめて、静かに怒った私は立ちあがった。
すると、芝居がかった笑い声を探偵エルフさんはあげた。
思わず、私は足を止めた。
「ははは。失敬。失敬」
「おめだば、からかって!」
私は声を出して、本気で怒った。
握った石に力が入り過ぎて、立ったままで私のこぶしが震える。
結局、覚えている限りの感情では、驚いて、怪しんで、笑って、悲しんで、泣いて、困って、それから怒った。
今日1日で、4つ以上の感情を出したわけだ。喜怒哀楽を何度も出していて、すげぇこえーの状態。
探偵エルフさんに、踊らされている舞台人形のような気がした。
ただ、このエルフはここぞという時に、真剣な目で絶対に私の目を逃さない。
「申し訳ないが、全くからかっていないよ。これが運命である。WA ROCKが縁石となって、私たちの道をつないだからね」
「車道と歩道に分けだだけじゃねぇが!」
「ソナタ君は、『縁』の字の意味を知っているかい? これは真面目な話だ」
「は? 縁? えん? 境界線の……いんや、分がらね……もっとある」
縁とは。
衣を表す糸+垂れ下がるもの。衣服のふち飾りが、元々の語源。
すなわち、衣服のふちに装飾をめぐらせた状態から、『ふち』や、まつわるという意味になった。
男女の仲を表す『えにし』。2つのつながりを表す『ゆかり』。頼りにする手段や方法の『よすが』。ものの端っこの『へり』。
関係性、つながり、境界線など、たくさんの意味をもつ強力な漢字1字なのだ。
そのことを前提にする。
間違いなく、縁石の意味は、車道と歩道の境界線としての役割を果たす石なのだ。
だが、その境界線は、全てを遮断していない。
私たちは、歩道から車道を横断して別の歩道へ移ることもある。
なるほど、そういうことか。
ホームズさんの言っていることが、思い込みが激しい私にも、何となく分かって来た。
縁石は『区切り』だ。
ただし、文章でいうところの読点『、』であり、道と道を『つないでいる』とも言えてしまう。
違う見方が分かった瞬間だ。
いつも同じものを見ているのに、今は全く違う存在に見えてしまった。
温故知新なのだが、芯から震えるような心地よい気持ちだった
ものすごく複雑だったはずの怒りが、心が満ちていく喜びで、1つ1つ消えて行く。
過去の失敗、今までの不安、これからへの期待。
ずっと秋田にいたことが、ただの石でさえも、今日になって輝いて見える!
背景と化していただけの私の姿を、久々に私は見た気がする。
この瞬間、私の目は生まれ変わったのだ。
新しい私はじめました!
にやけた顔で、私の口が動いていた。
初対面で胡散臭いと思った、金髪碧眼の探偵エルフのホームズさんが、運命の『縁石』を持ってきた。
ということは……探偵エルフさんとの出会いは、私にとって縁起がいいのだ。
私の目を見た、上機嫌の彼女も共感の押し方が強い。
「おめぇさ、つながる価値、私にあったんだ。この縁石だば……しこたまやんべぇな!」
「だろう! 君は君だから良いんだ! おっと失敬! 順番が悪かったか! 運命の出会いについての説明を先にするべきだったな!」
WA ROCKがすごい石なのは分かった。
良く分からないけど、良く分かりたいと思った。
この選択が、きっと現状を良くするんだろうと、感覚的には腑に落ちた。
だから、きっと彼女が次に口にする言葉は、新しい私を始めるには受け入れるべき言葉に違いない。
私はベンチに、また座った。私たちの目線がまた同じに戻った。
「これからどこに行くか、の質問に今さらながら答えよう」
「へば、何とす?」
「ばっけ味噌ライスボールのお礼をソナタ君にするまで、ここに留まろうと思う。ただ、私は
「なら、石を持ってら私が、はじめての縁者だ。これ、詭弁じゃねーが? でも……。うーん。まんつ家さ泊まれるかなー。お父さんさ、聞いてみるとすっが」
「ソナタ君、君のおかげで今日も幸せな日だな!」
結局、私が押し切られたのか。
探偵エルフさんは、こうやって詭弁を弄して、他人の良心を掴んで来たのだろうか。
ううん、もう否定するのは止めた。自宅にエルフさん、泊まってもらおう。
私にとって前向きな選択だったと、後になっても思うだろうから。
探偵エルフさん、レナ=ホームズを思うと、この春の日の出会いを今でも思い出す。
やはり私、春が好き。
レナに、そして新しい私にも、出会えたのは春だから。
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