第13-3話 うっかり除雪のち温泉パラダイスの謎を追え!【解決編】

 十和田樹海とわだじゅかいラインは、大館市おおだてしから小坂町こさかまち、そして鹿角市かづのしへ至る県道2号線のことである。

 秋田県側の十和田湖とわだこから、大館市おおだてしの木造ドーム施設『大館おおだてニプロハチ公ドーム』を結ぶ道路だ。

 春夏秋冬の景観は、車のドライブ趣味があれば、とても楽しめるコースでもある。

 とはいえ、私は高校生のご身分なので、その一部しかまだ知らない。

 その道路上に、雪沢温泉ゆきさわおんせんはあった。


 晩秋の落葉がとうに過ぎているのに、青々とした葉が見える。

 あれは、常葉樹の杉の山だ。

 パウダー状の白い雪を少しかぶっているので、玩具の世界、もしくはお菓子の世界のようだ。

 目線を遠くから近くに戻す。

 ここ、雪沢温泉ゆきさわおんせんの駐車場。

 その向こうに、お湯が流れる道があり、白い湯気があがっている。

 何だか、急に現実世界を実感してしまう。

 秋田は、もう冬だ。空気がひどく冷たい。


さぶッ」


 私が最後方。

 慌てて、追いかける。

 父とレナは、あまり風景を見ていないようだ。

 2人の脳内は、温泉でいっぱいなのだろう。


 ガラガラと鳴る、入口の戸を閉める。

 宿内は、古き良き感じ。

 靴棚、券売機、ガラス扉の冷蔵庫、木の看板。

 ザ・温泉……だな。

 私たちは、奥の番台さんに挨拶をして、入浴券を置き、そそくさと階段を上がった。


 脱衣所。

 レナの着替えが倍速だった。

 先ほど見た蓑虫状態のレナは、どこに行ったんだろう。

 かぽーん、と空耳が聞こえる。

 戸の向こうは、レトロ感ある温泉だ。

 どことなく霧がかり、芒硝臭がする気がする。

 シャワー台の前に椅子と桶をおいて、レナはドヤ顔で陣取った。

 レナの戯言を聞き流して、彼女の長い金髪に私は手をかける。


「ふっふっふ。温泉は身体を流して入るのがマナーだろう。私はもう、そんなビギナー外国人ではない」

「んー。髪を結んでやろーかー?」


 探偵エルフさんは、アヒル口で私の顔を見た。

 そのタイミングで、別の来客たちが入って来たようだ。

 場の空気を読まない長身の女の子。そして、彼女を制する小柄の少女だ。


「うー、さむーい!」

「戸を閉めろ。他の人が肌寒いだろうが」

「へ~い!」

「返事は、はいだ」


 あえて空気読まない長身っ娘が、シア。

 そのシアに振り回される小柄の娘が、ミヒロ。

 高校の同級生2人が、私たちの姿を確認した。

 あ……。

 前に旧友と言ったのは、このミヒロのこと。

 この温泉はそもそも、ミヒロの祖父の経営する宿なので、どこかで会う可能性があった。

 空気を読むのが上手いミヒロなので、逆に会わない状況に持っていく、と私が勝手に思っていただけか。

 ただしシアがいれば、ミヒロも場の空気を読めなくなる。


「よぉ」

「うん」


 ミヒロと会うのが、私にとって気まずいことはない。

 相棒のワガママさを、お互いが瞬時に察したのだ。

 出来れば、レナに冬の温泉の良さを味わってもらいたかった。

 残念だけど、シアの前では、その目的を100%達成できない。

 こうなったら、私だけは楽しく温泉に入ることにしよう。

 レナの髪結いを手早く終えると、シアに頭を下げてもらい、私は耳打ちした。


「雪かきでレナはたいそうお疲れだから、身体を洗って整えてあげて」

「あいよ~!」


 ゴリゴリ。バキバキ。怪しい擬音が続く。

 陸上部に所属していたシアのマッサージは、筋肉から乳酸を力づくで追いやる。

 つまり、拷問並みに痛い。だが、とても疲労に効く。

 目が点になっているレナは、1度目の断末魔をあげた。


「にゅああああああああああああッ!」


 私は、さっさとかけ湯をして、温泉に入る。

 ここのお湯は、私の肌に一番合う。

 広くて、温かくて、心地よい。

 ミヒロが呆れた顔をして、私の隣に腰を下ろした。


「お前、レナに容赦なくなっていないか」

「なんも、んだ」

「あら、拗ねているのか」

「うっせぇ。黙って入ってろ」


 ミヒロが私にちょっかいを出す。

 昔のように照れ隠しで、私は強めに返事をした。

 過去は水に流した。もとい温泉に流した。

 その方が、私が私らしく生きていける。

 ミヒロに対しても、シアに対しても、そしてレナに対しても、私は私以外のキャラを演じることはもうしない。

 私の怒った顔が、ミヒロのお気に召したらしい。追撃のちょっかい。


「なぁ、窓から見える山がさ、アポ〇チョコみたいだよなぁ」

お前んが、小学生の私の失言を、今になって出しやがって!」


 風呂に沈めようと、私はミヒロの両手を掴んだ。

 昔からじゃれ合いはよくやっていた。

 ここは怒るところだろうか。いや違うだろう。

 もう今は高校生なのだよ、私よ。


 拷問のようなシアの洗体から、ようやく逃れたらしくレナがお湯につかる。

 疲れたサラリーマンのような顔をしたレナは、すぐに目を見開いて、3回、お湯の中で飛び跳ねた。


「アッツ! ワッツ? にょわッ!」


 私とミヒロは、正しい反応を見て、高校生らしく平常心を戻した。

 あー、察し。

 この温泉は、近くの温泉と比べて、とても熱い。

 常連客になると、この温度で心地よくなるのだ。


 風呂上り。

 そそくさを服を着替えたレナは、ふてくされた目で自販機にコインを入れていた。

 レトロな牛乳瓶が出て来た。

 おいおい、せっかく温まった身体を牛乳で冷やすつもりか。

 寒いからコタツでアイスを食べるような暴挙、と同じレベルの温活おんかつ違反だぞ。


 いつの間にか、ミヒロとシアも、牛乳瓶を持っている。

 あー、禁断の温泉後、腰に手を当てて、牛乳ぷはーッじゃないのか。

 あー、うめーッ。

 あー、ずるいですね。

 結局、私も牛乳を瓶で飲んだ。キンキンに冷えてやがり、悪魔的な美味さだった。


 温泉看板孫娘のミヒロが、ヤナギさんの家の車で、シアも連れて帰るように強い口調で言った。

 そのシアと家の居候レナは、後部座席で先ほどまでじゃれ合っていた。

 温泉によって、自律神経が整ったのか。その心地よい疲れで、2人とも寝てしまった。

 幸せそうな寝顔が2つが、バックミラーに映っている。

 冬の楽園ウィンターパラダイスをレナは見つけてくれた。

 私からレナへ贈るプレゼントは、これで十分なのだ。それなのに、何故、まだ私は笑えないのだろうか。

 運転席でハンドルを握りながら、父は口を開いた。私のことを私以外で、父が一番知っている。


「俺はめんどくせと思ってね」

「本当だが? 自分の誕生日なんだよ?」

「ソナ、今幸せだが? 俺は今日だば良い日だど思ってら」

「え……、あ、その……今日は良い日だと思う」


 何故か、私は畏まってしまう。

 私以外の他人の願いに振り回されて良い日だって?

 父はドMなのか。

 でも、私は娘として、それを嬉しく思う。妙な話なのに、しっくり来た。

 何で。子供の頃のような疑問。いや、今も子供だ。

 我慢できず、私は苦笑いした。


「ちょっと前まで、ソナに我慢ばっかさせていた。母さん、歩亜フアは、もうこの世にいねのにな」

「お父さんの誕生日を祝ってあげるのは、もう私だけだよ」

「せばよ。ソナのクリスマスを祝ってやれるんのは、俺だけか? そいだば違うべ?」


 文字通り、父の言葉が、私の胸に刺さった。すぐに返事が出ない。

 車のワイパーが、みぞれを窓から払う。

 私の家族だけが、世の中の全てではない。私たちの世界では、もっと人間関係は深く広いのだ。

 レナがクリスマスを気にしているのは、きっと私たちと祝いたいからだ。そんな聡い探偵エルフが、私の父の誕生日を忘れているわけがない。

 すると、レナと同じような言葉を、父は口にした。その言葉に熱い魂を感じる。


「ソナ、下を向いたらダメだ。俺は家族だけを、ソナだけを幸せには、もうしねぇぞ。ソナの周りの友達も、みんな同じように幸せにならねばねべ?」

「んだな。ありがとう、お父さん。あとさ、誕生日おめでとう」


 私は視線をあげて、素直に話した。父の気持ちも分かったからだ。

 以心伝心。

 自分と他人が話さなくても、心と心は繋がっている。

 ただし、素直に話し合ったら、もっとお互いのことが理解できる。


 私からあなたへ。あなたから私へ。

 がんばって思いを伝えられた。

 秋田県民の性がすぐに来た。急に恥ずかしくなったのだ。私も、父も。


 まだ冬の寒さは弱いのではないか。心音が早まり、顔から湯気が止まらないのだ。

 皮肉なことに、とても良い温活だった。

 いつの間にか、十和田樹海とわだじゅかいラインから、我が家の車は離れていた。

 今年の12月23日も過ぎていく。

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