第2-2話 秋田犬ハチの耳の謎を追え!【推理編】

 住めば景色も見慣れる。

 ましてや、元から秋田在住者の私には、比較対象がテレビ番組やインターネット、SNSでの華美な世界ばかりだ。

 秋田県の、その北部の大館市おおだてしの良さがイマイチ理解できない。

 しかし、外での調査を開始したホームズさんは、いちいち立ち止まり、虫眼鏡でじっくり観察し、ニヤニヤした表情を受かべていた。

 エルフの長い耳が目に痛い。

 何より、金髪碧眼の美少女は、その奇行がこの町では浮いてしまう。

 彼女の視点はユニークだ。

 大館市の下水マンホール、橋の欄干、そして道路のタイル。

 秋田犬あきたいぬが溢れているのを、私は知っているようで知らなかった。

 ただ当たり前に溢れるものを、舐め回すように見つめられると、背筋に悪寒が走る。


「そんたもの、何処さでもあるべ」

「あるかもしれない。ないかもしれない。現地に行かないと分からないことだ」

「それさも価値があるってが?」

「少なくとも、私には、ね」


 その声に張りがある。

 自信満々に答えるだけの現地調査を重ねて来たのだろう。

 私は……いや、私もそういう良い表情になりたい。この感情は嫉妬だ。

 すると、探偵エルフさんは、私の顔を虫眼鏡でのぞいた。

 子供じみたイタズラをして、ムッと私の顔を変化させる。

 少しケラケラ笑ってから、真面目な表情で語るのだ。


「ソナタ君、君はつまらないことを考えていたね。私は君ではないし、君は私ではない。だから、私の価値観は私のものだ。同様に、君の価値観は君が探すしかない」

「ふーん。私の考え方を否定しねのが」

「しない。ただし土地勘ない私は、君に見捨てられたら、ここで迷子になるのを忘れないでくれ」

「んたことッ、さね!」


 前置きの後に本音が見えた。

 イギリス人は建前の裏に本音が見え隠れする。彼女もそうなんだろう。

 彼女の先に立って、無言のまま私は歩き出した。探偵の悠長なペースでは、秋田犬の里は閉館時間になる。

 何も言わずに、探偵は私の尾行を始めた。

 清水町しみずちょうを抜けて、御成町おなりちょう方面へ。

 私は歩きながら、秋田犬のことを考え出した。


 秋田犬は、国の天然記念物、日本犬保存会が認めた6種のうち1種である。

 とにかく大きい体、ピンと張った耳、太くて長い足、クルンとした巻き毛。

 ベーシックな赤毛。虎のような模様になった虎毛。雪のような白毛、などなど。

 身体的には、猟犬の秋田マタギ犬を祖先に持つため、ガッチリな感じだ。だが、目鼻を含めた秋田犬の顔立ちは、素朴かつ愛嬌がある。

 その反面、性格は警戒心が強く、飼い主を守ろうとする防衛本能が高い。

 こういった魅力があるからこそ、秋田犬への地元大館の期待がとてつもなく大きい。

 だが、秋田犬の故郷だけでは、この地に長く足を止めることにつながるだろうか。あれもこれも魅力ある街だって、もう一声ほしい。

 誇らしさには、地元民としての危機感も常にあるのだ。


 そんな私の心を見透かしたように、関東からやってきた探偵エルフさんは愉快に言った。


「へぇ、この銅像は何か違う気がするぞ!」

「……」

「何故、傷ついた顔をしているんだい。銅像というのは、人の思いの誇張だ」

「はい?」

「ちょっと階段を昇ってきてくれないか。そうそう。青ガエル、あの電車もそうだ。動かしてこそ電車という人もいるだろうが、モニュメントとしての役割は、私たちにとって大きな価値がある」

「どんた価値だ?」

「観光」

「んん?」


 その真顔で普通の解答だ。高らかに宣言した探偵エルフさんは、ドヤ顔のまま、館内へ入った。

 ここで観光とは、私の返事も詰まってしまったようだ。私は呆れたまま、眩しい空を見上げた。

 雲の形の方が、単純な解答よりも面白い。久々に、くっっっっっっそ長いため息が出た。

 すると、ホームズさんが、ちょっと引きつった顔で、両手に緑色のソフトクリームを持って帰って来た。


「お1つ、いかが?」

「へば、もらう」


 秋田犬の里にある芝生広場のベンチに腰掛けて、青ガエルという愛称の電車モニュメントを見ながら、枝豆ソフトクリームを2人で食べた。

 数年前に食べた『ずんだ』とは違って、枝豆ソフトクリームはこれで、別のアイスクリームという住み分けになっている。

 ソフトクリームが枝豆でより滑らかな舌触りになった気がする。

 それにコーンの中まで、しっかりソフトクリームが入っていて、かなり贅沢な感じがした。

 食べ終わると、また探偵エルフさんに、私の顔は観察されていた。


「また、見方を変えられたようだな」

「さっき、なして焦ってたんだ?」

「それも後でちゃんと答えるとする……が、まず君の勘違いを1つ1つ解くことに集中したい。いいかな?」

「んー、答えになってねぇばって、そうせばいい」


 腑に落ちない。

 探偵エルフさんの推理を聞きたいわけではない。

 だけど感情的にも、今は他人の話を聞いてみたい私がいた。

 ソフトクリームのおごりは大きい借りだ。

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