逢坂虎ノ助と、過去の思い出


 小学生6年生の時。

 俺は今ほど周囲から浮いていなかった。


 金髪も畏怖の対象ではなく、アニメや漫画が好きなクラスメイトたちと楽しく過ごす日々を過ごしていた。


 そんな時、図書室で1つの出逢いを果たす。


 同学年で、違うクラスの女子生徒。

 話したこともない女子だった。


 話す気もなく、目的の本を探そうとすると、彼女が読んでいる本に目を引かれた。


 彼女が読んでいたのは、図書室に置いてあったライトノベルで、俺も母親の影響で読んでいたもの。


「それ、面白いよな! 主人公がかっこよくてさ!」


 そんな感じで声をかけたんだと思う。

 彼女は最初面食らっていたが、俺がライトノベルが好きだと気づくと次第に警戒心を解いてくれた。



 そこから、俺と彼女は意気投合し、休み時間や放課後になるとライトノベルの話で盛り上がるように。

 その時は、本当に楽しかった。


 だけど、小学生というのは男女の仲に対する知識が疎く、そして異物として見ることもあったんだろう。


 俺は気づかなかったが、その彼女はクラスメイトから俺との関係を茶化されていたらしい。

 黒板に相合い傘から始まり、机の中に悪口の書いた手紙や、体育の時間でのペア作りで「彼氏と組めばいいと思います」と言われて孤立するなど。


 いじめ、というものに彼女は襲われていたんだ。



 別のクラスだった俺はそれに気づくのが遅れて……気づいたときには、だいぶエスカレートしていた。

 始めは些細な茶化しだったものが、本格的ないじめにまで。


「……誰だ、これやったの」


 彼女の上履きが、ノートが、ゴミ箱に入れられているのを見て、頭に血が登っていく。

 隣のクラスの男子だ、と周りにいた誰かが口を滑らす。

 俺はそれを聞くと、何も考えずに階段をダッシュで登っていた。


 教室の引き戸を思いっきり開ける。

 中には、その男子が友人4人と談笑していた。


「……あいつの上履きとノート、やったのはお前か?」


 俺はそこに近づくと、できるだけ冷静に問いかける。

 すると男子は茶化すように笑う。彼氏の登場。そんなことを言っていたと思う。


「ああ。俺らがやったぜ。よかった。お前の上履きかしてやれよ」


 その言葉がきっかけだった……と思う。よく覚えていない。


 俺は、その男子に殴りかかっていた。


 そいつと、周囲の友人たち。合計5人。

 しかし父親の影響でもう身体を鍛え始めていた俺は、数の差を物ともせずにボコボコにしていた。


 しばらくして教師が駆けつけると、俺の身体を拘束する。


 そこで、ようやく冷静になった。あたりを見回せば喧嘩していた奴らは全員泣いてて、鼻血を出してるやつもいた。


 そして、入り口にはあいつの姿もあって……彼女は、俺のことを「恐怖」の対象として見ていたんだった。



 その喧嘩の結果は最悪。

 俺は友人たちをなくし、彼女は更に孤立した。


 でも、それでもいいと思っていた。

 彼女がいる。彼女と一緒に、話す時間があるなら、なんとかやっていけると思っていた。





『あなたのは優しさじゃない。自分勝手なだけ……それに私を、巻き込まないで!』





 それが、彼女の最後の言葉。

 彼女は卒業間近のタイミングで転校し、もう二度と会うことはなかった。



 ◇ ◆ ◇


「…………」


 誰かに、過去の話をするのは初めてだ。

 その喧嘩が原因で、俺の噂は中学でも高校でも尾ひれが付いて広まってしまっていた。


 そこからは孤立。

 ぼっち生活の始まり。


「……そう、だったんですか」


 御倉は真剣に話を聞いてくれていた。

 だから俺も、真剣に話した。


「俺はさ、ヒーロじゃなかったんだ」


 多分これが、御倉の問いかけに対する答え。


「漫画や、アニメや、ライトノベルの主人公のように、誰かを救うことなんてできない。できやしない」


 昨日、天城が不思議に思っていた、勘違いしてしまったことに対する、アンサー。


「自分にできる範囲のことはやる。けど、必要以上に介入はしない。深くは、関わらない」


 ……そして、戒め。


「怖いんだ。人と深く関わるのが――誰かに、嫌われるのが。だから、優しさなんてものじゃない。俺は、俺のために……自分勝手に行動しているだけだ」


 嫌われる土俵に立たないために人と関わらず、関わってしまった場合は嫌われないように、自分にできる範囲のことはやる。

 それは全て、自分自身のため。


「……逢坂先輩」


「……すまん。何言ってるかわからないよな。忘れてくれ」


 俺は何を語っているのだろうか、恥ずかしくなってしまう。

 頭をくしゃくしゃとかきむしる。


「……私は、違うと思います」


「……御倉?」


 そろそろ行こうか、と声をかけようとしたところで、御倉が先に言葉を放った。


「逢坂先輩が違うって思っていたとしても、私は、逢坂先輩は優しいんだって思います。じゃなきゃ、私のラノベを読んで感想を言ってくれたり、こうして取材に付き合ってくれたりしません」


「……言っただろ。俺が、俺のためにやってることだって」


「それでも、です……っ! 先輩のその行動は、私から見たら優しさなんです。……自分勝手なんかじゃ……なかと! ……っ!?」


 方言が出てしまったことに対して恥ずかしくなったのか、慌てて口を手で塞ぐ。


「……自分勝手なんかじゃ、ないです」


 言い直す御倉。

 ……方言で喋ってくれてもいいのにな。


「……そっか。ありがとな、御倉」


 彼女に上辺だけの感謝の言葉を返す。

 彼女は、それを上辺だと見抜いたのかもしれない。少しうつむいて、


「……今日は、帰りましょうか」


 そうして、取材は終わったのだった。


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