御倉楽音と、言葉足らず


今の、どこの訛りかわからないような言葉遣い。

それは、この目の前のクールビューティから放たれたものなのだろうか?


「……ん」


小さく息を漏らし、目の前にあるアイスティーを小さく一口。

それで整えたのか、先ほどまでの顔の赤さもすっかりなりを潜めている。


「その、逢坂さん」


「……はい」


いまいち状況がつかめていないんだが。


「その、いきなり好きだとか言われましても、私は困ります」


「……ん?」


なんとなく会話が噛み合っていない気がする。


「その……私たち、まだ出会って間もないので……まだお互いを知る時間が必要だと思うんです」


「……んん?」


なんでフラれるみたいな流れになってるんだ?

さっきの会話を思い出す。


『御倉さんみたいな好きな人と、こういう話が——』


「……あ」


たしかに。字面だけ見れば「俺が御倉さんを好き」と捉えることもできる。

やばい。大事な「好きな作家」と言う部分を言えてなかったのだろう。


先ほどの急に変わった御倉さんの口調も気になるが、先に誤解を解くことにしよう。


「だから、その……しばらく私にも時間を……」


「あの、御倉さん」


「……は、はい。どうしましたか?」


「悪い! 言葉足らずだった!」


シンプルに謝罪する、という正攻法で誤解を解くことにする。


俺の伝えたかったこと、言葉足らずだったこと。

それら全てを説明したら、御倉さんはほっとしたように息を漏らした。


「……正直、よかったです。すごく、困りましたから」


ほんとごめん。

たしかにこんなやつに急に言い寄られたら怖いよな。


「……あの、御倉さん」


「……はい」


「俺の件はこれで誤解が解けたと思うんだけど」


「そうですね」


「……さっきの、御倉さんについてなんだけど」


「気のせいではないでしょうか」


「あの、口調がいつもと」


「気のせいです」


食い気味に否定された。


「そうか、気のせいなのか」


「はい。気のせいですね。夢でも見ていたのでしょう」


眠る暇なんかなかったんだけど。


「……まあ、言いたくないなら、大丈夫。忘れる」


御倉さんのただならぬ気配を感じ、この話を終わらせるべくそんな提案をする。

気にならないと言えば嘘になるけど、御倉さんを困らせるのも本意ではない。


「……逢坂さん」


「もともと、俺が変なこと言ったからだし。これで手打ちってことで」


「……はい。そうしていただけると助かります」


「ああ。……あ、じゃあ1つだけお願いしたいんだけど」


「なんでしょうか?」


「敬語、やめていいかな? 年齢も近いと思うし、正直敬語で話すのあんまり慣れてないから」


というか、いつのまにかタメ口で喋ってしまっていた。

反省。


「ふふ、構いません。その程度、お安い御用です」


「ありがと、御倉さん」


「……逢坂さんの方が先輩ですし、「さん」も要りません。呼び捨てでけっこうですよ」


「そうなのか?」


「はい。逢坂さん——えと、編集者の方の逢坂さんから、逢坂さんが高校二年生だと聞いたので。私

今年一年生なんです」


わお。まさかの年下だった。

この大人びた雰囲気は俺も是非とも真似したいところだ。

大人の余裕が出るようになれば、不良とは言われなくなるかもしれないし。


しかし——


「逢坂が2人いるのがややこしいな」


向こうとしては母さんの方が深い関係だから、俺を逢坂さん、母さんを「お母さん」と言うわけにも行かないだろうし。

逆に俺を「息子さん」って言うのも、何か変だろう。


こういうときさらりと「虎ノ助って呼んで」とか言えるイケメンに俺はなりたい。

今はならないけど。


「ですね。……逢坂先輩、とお呼びしてもいいですか?」


「いいけど……間違いなく人生の先輩は御倉だからなぁ」


高校生ラノベ作家。

俺みたいな不良レッテル男子高校生とは住む世界が違う。


「関係ないです。私が、先輩とお呼びしたいから呼ぶだけですので」


わざわざそんなことを言ってくれるのだ。

それ以上断る理由もないので、了承の返事を返す。


「なぁ、話脱線しちゃったけど……感想、あんな感じで大丈夫だったか?」


「え、っと……はい。充分です。もちろん、まだいただけるなら、いただきたいですが」


「おー。それなら、まだ語りたいことはいくらでもあるぞ! 心理描写の部分とか、ヒロインの感情についてとかな」


「……ばっちこいです。貴重な生の声を聞ける機会ですので」


「うっし! ……あ、話す前に何か頼んでいいか?」


「はい。もちろんです」


断りを入れてメニューを眺める。

つまめるものは、ポテトとサラダはさっき食べてしまったし……


「……このまま夕飯、一緒に食べないか?」


「……えと、いいのでしょうか?」


「お金? お金は経費で落としてもらうから大丈夫。母さんに頑張ってもらおう」


「あ、いえ。そうではなくて……私なんかと一緒で、大丈夫かということです」


「いや、それ言うの俺の方でしょ。むしろ俺と何時間も話してて大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫! ……それは、大丈夫、です」


なんか前半だけ妙にテンションが高かった。


これ以上気にならないように頭の片隅に追いやっていたが、御倉のこのテンションの変動はなんなのだろうか。


二重人格じゃあるまいし。

それに、方言? のようなものも気になる。


……ま、いつか話してくれる日がくるのかもしれない。

天城の言ってた『好感度が足りない』とはまさにこのことだろう。


改めて、気にしないことにする。


「じゃあ、飯食べながら御倉先生の素晴らしいところを話すってことで」


「……先生はやめてください。恥ずかしいです」


◇ ◆ ◇


サイゼリアから出て、大宮の駅まで二人肩を並べて歩く。

はたから見れば「不良と優等生」という不釣り合いなコンビに見えるだろうなぁと自己分析。


「逢坂先輩は、埼京線でしたよね?」


「ああ、そうそう。こっから池袋方面に20分くらいだな。御倉は?」


「京浜東北です。ここからだと1時間くらい……でしょうか」


「結構かかるな」


「読書するには最適です」


「あーわかる! 電車の中だと本読むのなんか捗るんだよな」


「そうなんですよ! ……そう、なんです」


前半だけテンション高い、という御倉の返答もかなりの回数をカウントしていた。

ここまでされると、逆に突っ込んで欲しいと言う意思表示なんじゃないかと疑ってしまう。


「…………」


御倉も今の返答に何か思うところがあるのか、少し俯いてしまう。

ただもう忘れるって約束だし、俺から触れるのはやめておこう。


「……あの、逢坂先輩」


「ん?」


「……少しだけ、お時間もらってもいいですか」


そんな御倉の頼みを断るわけにはいかず、俺たちは有名カフェチェーン店に入る。


店内に人の姿はまばらで、大学生くらいのカップルと、パソコンで作業している男性が数人、ダベっている高校生グループが1組という状況だった。


俺はアイスティーを、御倉はカプチーノを注文し、受け取る。

周囲に人がいないテーブル席を確保すると、ゆっくりと腰を下ろした。


おしゃれな空間とゆったりとしたBGM。

こういった空間にお金を払っているんだと思うえば、このドリンク代金も納得できると言うものだ。


「…………」


飲み物にも口をつけない御倉。

俺は御倉が話し始めるまで、何も言わずに待つことにするl。


数分ほど経過した頃だろうか。


「これから話すことは、厨二病のように聞こえるかもしれません。ですが、聞いて欲しいんです」


そんな前置きをして、御倉はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。












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