御倉楽音と、偽りの自分
「私は、他人と喋る時、今の私を演じているんです」
いきなりなかなかのヘビーパンチ。ラノベとかでありそうな告白だった。
しかし、言っている本人は真剣な顔。
やはり俺も、しっかりと彼女の言葉を受け止めるべきだろう。
「私の父は、転勤族でした」
転勤族。
会社の都合で他の支社に勤務先が移動するような人の表現。
「物心着いた後も、私は住む場所を転々としました。一年間に二回引っ越ししたこともあるくらいです」
「……それは、すごいな」
通常、早くとも三年に一回移動が出るか出ないかくらいなイメージだった。
落ち着く暇もなく転校になりそうだ。
「父の役職柄、転勤が多くなりがちだったようで」
苦笑しながら語る御倉。
その様子から、別に夜逃げとかそう言うネガティブな理由ではなかったことが伺える。
「母も父にゾッコンでしたから、文句も言わず、父の転勤先に毎回ついて行きました。もちろん、私も」
まあ、高校生ならともかく、それより下の年齢の子が一人暮らしなんて選択肢は取れないだろう。
御倉が両親について行くのは、至極当然の選択だ。
「東京で生まれてから、今まで私は本当に色々な場所を転々としてきました。福岡、静岡、徳島、愛知、北海道……他にも数県」
かなりの多さだ。
俺が旅行で言ったことのある県より、断然多い。
「逢坂先輩もご存知でしょうが、この世には方言というものがあります」
「うん」
ファミレスで彼女が不意に漏らした言葉は、どこかの方言だとは感じていた。
どこの方言かまではわからなかったが。
「子供というのは不思議で、放り込まれた環境に適応するという能力があるみたいです」
確かに。
俺も幼稚園くらいのころは、すぐに友達ができていた記憶がある。
たまたま訪れた公園でも、その場で遊んでいた子とすぐに一緒に遊んでいたし。
「私は、転校してすぐにその地方の方言を覚えました」
「うん」
「ですが、方言が身についたと同時に、また転校になるんです」
なるほど。
なんとなく、彼女の言いたいことが読めてきた。
「転校先の学校で、私は1つ前の学校で使っていた方言を使うんです。ですが、その言葉は新しい学校の人たちのとっては物珍しく、そして面白いものでした」
方言というのは場所によっては日常会話ですらだいぶ異なるという話を聞いたことがある。
「ようやく新しい方言を覚えたと思えば、また転校。面白いもので、まっさらな状態より、一つ方言を覚えている状態の方が、新しい方言を覚えるのに時間がかかるんです」
実感したことはないが、なんとなく言っていることは理解できた。
彼女は、新しい環境になかなか馴染めない。転校を繰り返すほど、その時間は長くなる。
「そんな状態の中、幾度も転校を繰り返しているうちに、私は思うんです」
御倉楽音の最初の印象は、「表情の変化が乏しい」だった。
そんな彼女が、俺にもわかるくらいに、感情が顔にでていた。
悲しみ、諦め。
そういった表情がごちゃ混ぜになったもの。
「人と話すことをやめよう、と」
傷つくことが嫌で、問題解決のための努力に疲れた場合、次に取る行動は諦め。
その行動、俺にはすごく共感できる。
「方言が出ないように、最低限のコミュニケーションだけで過ごせば標準語だけでなんとかなる。そう思ったんです」
方言が出ることが彼女の苦痛になるのであれば、方言が出ないように、しゃべらなければいい。
至極わかりやすい解決策。
「でも、私からのコミュニケーションを最低限にしても、方言というのは私の中に入り込んでくるんです」
まるでウイルスみたいな表現。
人が話している言葉を聞いているだけでも、自然と覚えてしまうのだろう。
「1つの方言に完全に染まりはしない。けれど、完全にシャットダウンできない。そのうち私は、色々な県の方言が混ざったような言葉を喋るようになったんです」
「……」
「時折漏れ出てしまう私の言葉は。やはりクラスメイト達からしたら面白いもののようで……」
いじめ……とまではいかないかもしれないが、イジられがあったということなのだろう。
子供というのは時に残酷で、本人たちに悪気がなくとも他者を傷つけてしまうことがある。
それが経験ともに人の気持ちを考えられるようになっていき、だんだん減って行くのだろう。
「いつからか、私は……偽りの自分を作り上げてきたんです。方言が出ないように、口数を少なくして、端的な言葉遣いをするようにして……人と、できるだけ関わらないようにして」
偽りの自分。
その言葉から、やはり先ほどのファミレスで見せたのが、彼女の素なのだと察した。
「偽りの自分、ってことは、本当の御倉はまた違うのか?」
気になって聞いてみる。
御倉は少し迷っているようなそぶりを見せるが、やがてぽつりと話し始めた。
「……ファミレスで、少し出てしまったのがそれです。両親や、親しい人と話すとき、それに感情が高ぶったりすると素が出てしまうみたいで……色々な方言が混ざった言葉で、すごく恥ずかしいのですが」
親しい人ではない、と言われている気がして少し悲しい。
が、こんな浅はかな関係で素を見せられるなら、彼女は困ってなんかいないだろう。
「……今の私と、素の私。どちらも『御倉楽音』には違いないです。逢坂先輩。急にこのようなことを言ってしまい、申し訳ありません」
頭を下げるように、御倉は俯いてしまう。
なんか、悪いことをしてしまった気分になる。
「御倉の口調については、わかった」
「……はい」
「それを聞いた上で、俺はどうすればいい?」
彼女がこの話を打ち明けてくれたのは、何かしら理由、目的があったからだろう。
それをしっかりと聞いておかないと、これからの接し方を間違えてしまいそうだしな。
「……これからも、先輩とは作品や小説のことを話せる、良き友人として過ごして行きたいと思っています」
よかった。
「二度と関わらないでください」とか、「これをネタに脅さないでください」とか言われたら流石にショックだったからな。
「わかった」
「……いいんですか?」
「いや、いいもなにも……俺だって教師に敬語を使ったりするし。要はそういうことだろ? 御倉のやってることって」
「……そういうこと、なのでしょうか?」
「あー、悪い。気を悪くしないでほしい」
本人は重く受け止めていることだし、茶化さないように、傷つけないように言葉を慎重に選ぶ。
「御倉にとっては違うんだろう。けど、俺にとってはそれくらいの認識だってことだ。あ、いや、別にそれで御倉を責めたいとかじゃなくて……俺は気にしないし、からかったりしない」
「……」
「だから、つまりだな……今後ともよろしくってことが言いたかったんだ」
「……逢坂、先輩。……はい……っ」
彼女は微笑みを浮かべ、そして照れ隠しをするようにカプチーノの入ったカップを口へと運ぶ。
これでいい。
彼女の悩みを解決するでもなく、彼女の何かを変えようとするのではなく。
ただ、彼女が求めることで、自分ができることだけをする。
俺は、俺にできる範囲でしか手助けをすることができないんだ。
彼女の抱える問題を、根本から解決しようとすることなんて——彼女を救おうだなんて大それたこと、俺にはできやしない。
「……」
俺も沈黙を隠すように、アイスティーを口に運ぶ。
何も入れていない、ストレートな紅茶の味が口内に広がった。
六年前、小学五年生の時。
俺がした、最初で最後の喧嘩のことを思い出す。
俺はヒーローじゃない。
主人公でもない。
だからこれでいい。
俺のできる範囲で、彼女に手を差し伸べることができれば、それで。
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