御倉楽音と、逢坂先輩
「……今日は、ありがとうございました」
京浜東北線のホームへと続く階段前。
水色の看板の下で、御倉は深々と頭を下げた。
「いや、こちらこそ。貴重な経験だった」
「……そう言っていただけたら、嬉しいです」
ほとんど表情を変えずにそう答える御倉。
彼女の告白が本当なら、今の御倉は演技ということになる。
いつの日か、素の彼女と話せる日がくるのだろうか。
「……逢坂、先輩」
そんなことを思っていたら、御倉から声をかけられる。
「どうした?」
「……また、連絡していいですか?」
「ああ。いつでも」
カフェでの告白。その後に、実はトークアプリの連絡先を交換していた。
天城のおかげ……とは認めたくないところはあるのだが、最近交換した経験があるので2回目はスムーズにできたと思う。
まさか友だち一覧に女子が2人も登録される日がくるとは。
生きていればいいことあるというのは、間違いないな。
「……それでは、逢坂先輩。……また、今度」
そう言って、御倉は階段へと歩を進める。
少しだけその背を見送った後、俺も埼京線へのホームへ向かうために歩み始めた。
◇ ◆ ◇
駅のホームにはまばらに人の姿があるだけだった。
次の電車が来るまで5分ほど。この分だと、もしかしたら座ることもできるかもしれない。
電車を待つまでの間、ネットサーフィンでもしようとスマホを取り出す。
するとそこにはトークアプリのメッセージ通知が来ていた。
母さんだろうか?
あまき『明日、放課後』
あまき『この間の喫茶店で』
あまき『よろです♪』
「…………」
天城だった。
こちらはこちらで、要件だけの端的なメッセージ。
ただ、御倉とは受ける印象が異なる。
御倉が「丁寧」なら、こちらは「適当」だろうか?
『了解』
とだけ返信。
ちょっとそっけなかったか?
あまき『そっけないです(#・∀・)』
そっけなかったららしい。
謝罪のメッセージを送り返すと、スマホをポケットにしまう。
タイヤと地面の摩擦音を響かせながら、電車がホームにやってきたからだ。
歩きスマホ、ダメゼッタイ。
車内も人の数はまばらで、幸運なことに席に座る事ができた。
角の席に腰を下ろすと、鞄から1冊ライトノベルを取り出す。
その本は『初恋トライアングル』。
すでに3週目となるその作品。
表紙部分を周囲から見えないように急いでめくると、本文1ページ目で指を止める。
御倉楽音。
この作品の作者から聞いた、裏設定やキャラクターの背景。
そういった、あまり知られていない情報を手に入れた俺は、また違った視点でこの作品を読むことができると思い、3周目に突入することを決めたのだった。
金属の箱が小刻みに揺れながら、夜空の下、線路を走る。
俺はその心地よい空間に身を委ねながら、ゆっくりとページを捲っていくのだった。
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