閑話 ウチと先輩と、素直な気持ち


「…………」


夜の電車内。

空席がまばらに目立つ中、ウチはあえてドア前の手すりにより掛かり時を過ごしていた。


特に意味はない。

痴漢対策……には効果があるかもしれないけど。お尻が壁にくっついているわけだし。


「…………」


スマホに映るのは、トークアプリの画面。

今まで一緒にいた人へ、感謝のメッセージが入力されており、後は送信ボタンを押すだけ。


そうすれば、このが、逢坂先輩に送られるわけだ。


……いやいやいや!

こんな長文送ったら引かれちゃうけん!


「……ふぅ」


周りの人に聞こえないくらいに息を漏らすと、15分かけて打ち込んだ文字の羅列を消していく。


やっぱり、恥ずかしい。


そもそも、だ。

さっき「演技してます」って言った人間から、こんな長文が送られてきたら意味がわからんくなるじゃろ!


あ~~~!!!

なんであんな中二病全開な告白をしてしまったのだろうか。


穴があったら入りたい……。


「…………っ!」


ちゃうねん。

こんなことをしとる場合とちゃう。


今はともかく、あの先輩に改めてお礼を言うのだ。


鉄は熱いうちに打て。

自分の気持ちもそうだが、相手の感心も冷めないうちに、こういうことはやるべきなのだ。


「……~っ」


思わず画面をスワイプする指も早くなってしまう。


文字を打っては消し、打っては消しの繰り返し。


落ち着け。

文字を打つなんて行為、執筆で慣れてるじゃろ! ウチ!


「……ふぅ」


ようやく送信した文字は『今日はありがとうございました』というもの。

結局シンプルなものに行き着いてしまった。


仕方ない。シンプル大事。


「……ぬ」


すぐには既読にならないようだ。

まあ、仕方ない。先輩も忙しいんだ。うん。


「…………」


スマホをしまい、窓の外に広がる夜景に視線を移す。

しかし、考えるのは先輩のことだった。



逢坂虎ノ助。

編集者である逢坂さんの息子さんで、私の1歳年上の高校生。


明るめの茶髪に、少し――いや、かなりツリ気味の目。

ガッシリとしたガタイは、喧嘩が強そうだった。


サイン会の日。初めて会ったときの印象は、


(……うっわ。なんじゃこの不良! ウチを犯しに来たんか!? ウチの人生はここので終わりなんか!? そんなの嫌やぁ!)


というもの。

うん。今でもはっきり覚えている。

顔に出ていなかったか不安だ。



しかし、サイン会での対応を見ていると、少なくとも『人に害を与える不良』ではなさそう、という希望込みの所感に変わり……


そして今日、話してみてそれは確信に変わった。

この人は、不良ではないと。


「…………」


2巻の内容で少し詰まっている、作品の案出し。

なにかきっかけになればと思って、わらを持つ藁にもすがる思いで、今回の話を相談したところ、彼の母親から二つ返事で了承を得た。


小説は渡してあったし、打ち合わせ前に少しは読んでくれるだろう。

そんな淡い期待を持って話を聞くと、彼は予想の斜め上をいっていた。いい意味で。


『面白すぎて、サイン会の日に徹夜して読んでしまいました』


そう楽しそうに、


『このお話を頂いてから、慌ててもう一度読んできたんです』

『でも2回して読めてないので、編集者より深い意見が言えるとは思えないのですが』


そう、申し訳無さそうに言う彼からは、本当に自分の作品を好きでいてくれる思いが伝わってきた。

作者冥利に尽きる、という感情をまさかもう味わうことになるとは。


「…………」


ひとつ、こうして電車に乗る前に、自分自身で理解できなかった、ウチの行動があった。


それは、自分の悩み。偽りの自分に対する告白。



こんな話を、出会って二回目の人に言うなんて本当に驚きだ。

勢い余って、という言葉しっくり来る行動だと自分では分析していた。


しかし――


「…………」


こうして色々と振り返ってみると、あの告白はちゃんと理由があったのだろう。


彼ならば……逢坂虎ノ助ならば、引かずに自分と接してくれる。

そして、そんな彼に自分は隠し事をするのが嫌になった。


そんなところか。


ほんと、出会ってまだ数日の人と、こんな関係になるなんて。


……ま、まさか……これが一目惚れってやつなんか……っ?


「…………」


自分の胸に手を当てて考える。

……いや、彼に対して恋愛感情は微塵も抱いていない。


やはり、良き友人に対するものだと、自分で納得。


「……ふふ」


思考の旅が一段落ついたところで、笑みが溢れる。

目的地の駅は次。ゆっくりと、開閉する扉の方に歩いていく。


やはり、電車は考え事をするのに丁度よかった。












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