御倉楽音と、ファミレス


「虎ノ助〜、こっちこっち」


指定された店に入り、店員に待ち合わせの旨を伝えて店内をキョロキョロと見渡す。

すると、窓際のテーブル席からこちらを呼ぶ声が聞こえた。


見慣れた金髪スーツと、これで二回目とまだ見慣れない黒髪美少女。

片方はだいぶ歳がいっているものの、こう並んで座っていると絵になるな。


ちなみに御倉さんの服装は制服だった。同じく学校終わりなのだろう。

黒とグレーを基調にしたセーラータイプ。胸元の白いリボンが清楚さを一層引き立てている。


「お待たせしました」


二人に向かい合うように座り、御倉先生に向かって謝罪の言葉を述べる。


「いいっていいって。時間より早いし」


しかし回答するのはうちの母親。

あんたには言ってないっての。


「……本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


ぺこりとお辞儀。その見た目から感じる印象と齟齬がない丁寧な所作。

うちの母親やら、とある後輩やら、最近はこういった扱いを受けたことがないので余計に身に染みる。


「こちらこそ、力になれればいいですが」


「まぁ、あんたなら大丈夫でしょ。じゃあ、あたしはそろそろ帰るから」


「は?」


コーラらしき飲み物が入ったグラスをぐいと一気に飲み干すと、荷物をまとめ帰り支度を始める母さん。


「いやちょっと待てよ。なんで——」


「この後別の作家さんのところに原稿取り立てに行かなきゃいけないのよ。ま、あとはお若い者同士でってことで」


ニンマリと悪意のある笑みを浮かべる母親の姿に殺意を覚えつつ、それならなんで今日にしたんだと文句を言いたくなる。


ふと御倉さんの顔を見れば、気にしたそぶりを見せていない。事前に聞いていたのだろうか。


まぁ、彼女が納得しているなら、俺がどうこういう話ではないのかもしれない。


「あ、立て替えよろしく。領収書もね」


ここの支払いは経費で落ちるということなのだろう。

いつものやり取り。だいぶ慣れてしまった。


「わかった。諭吉で足りるよな?」


俺がくる前に注文済みかもしれないので一応確認。


「んー……2000円くらいかな」


「あいよ。じゃあ大丈夫」


「よっろしく〜♪ では御倉先生も、お疲れ様でした」


「はい。こちらこそありがとうございました」


最後だけビシッと挨拶を決めて、ファミレスから出て行く。

おお、なんか編集者っぽい。イメージだけど。


御倉さんも御倉さんで、きちんと立ち上がって挨拶をするあたり、やはり丁寧だ。


「……」


「……」


良くも悪くも喋る母さんを失い、俺たちの間に渦巻くのは静寂の空気。

やべ、ちゃんとやれるかな俺。


「……えーと……とりあえず、飲み物持って来ます」


先に静寂に耐えきれなくなったのは、俺の方だった。



◇ ◆ ◇



「……はあ」


店員を呼び出しドリンクバーと適当につまめそうなものを注文し、そしてグラスに飲み物を注ぎにやってくる。


刹那の逡巡の末、選んだのは山ぶどうスカッシュ。好きなんだよねこれ。


瞬く間にグラスは紫色の液体で満たされて、座席に戻る時間となってしまう。


……ん、大丈夫。

ちょっと緊張してるだけで、俺はあんな美少女とも余裕で話せるポテンシャルを持っているはずだ。


自己暗示もかねてそんなことを思い浮かべながら、テーブルへと戻る。


そこには、テーブルの上にノートとペンを広げて待つ御倉さんの姿があった。


「すみません。お待たせしました」


「いえ、大丈夫です」


端的なやり取り。

正直、こういう会話の方が俺は好きだったりする。


いや、慣れの問題だろうけど。無駄話とかする相手がいないし。


「それでは、早速感想を伺ってもいいですか?」


ペンを握りしめ、問いかけてくる御倉さん。


その顔は真剣で、本当に自分なんかでよかったのだろうかという不安が若干押し寄せる。


最大限、期待に答えなければ。


「感想を聞きたいとのことでしたけど、具体的な質問とかありますか?」


闇雲にただ感想を垂れ流すよりかは有意義になると思い、そんなことを聞いてみる。

すると御倉さんは一瞬だけ言葉を選ぶかのように逡巡したのち、答えた。


「……そうですね。登場人物の魅力、物語の構成……それらについて、忌憚なき意見をいただければ」


「わかりました」


なんとなくその2つは聞かれるかなと思って、自分の中で回答を用意していた。

よかった。準備は無駄にならなかったらしい。


「では、いち読者として、感想を言わせてもらいますね」


一度山ぶどうスカッシュで口を潤した後、彼女の作品について感想を述べ始める。


『初恋トライアングル』


彼女が作り上げた作品が、どれほど素晴らしかったのかを、できるだけ変に熱が入らないように。



◇ ◆ ◇



「……なるほど」


さらさらとノートにペンを走らせながら、御倉さんは予想以上に真剣に、俺の話を聞いてくれた。


時計の針はすでに「7」の文字を指している。2時間ほど話していたことになるだろうか。

数本残った、冷めたフライドポテトが寂しそうにしていた。



途中から妙に熱が入ってしまった気がするし、ちょっと恥ずかしい。



「……ウチの作品、ここまで読み込んでくれてるなんて……嬉しい……」



恥ずかしさをごまかすために飲み物を口に含むと、御倉さんはうつむきながら小さい声で何かを喋った。


「? えと、御倉さん?」


「っ!? は、はい」


びっくりしたように顔をあげる御倉さん。

そんなに驚かせるようなことを言ってしまっただろうか?


「えーと、参考になりましたか?」


変につつかないほうがいいだろうと判断して、別の話を振る。

すると、御倉さんは少しだけ口角をあげながら


「……はい。とても」


と答えてくれた。

よかった。熱い感想ショーは引かれてはないみたいだ。


「……私、こういったことを話せる同世代の知り合いがいないもので……なので、逢坂さんのお話はすごく、ありがたいです」


たしかに女子ってなるとラノベをがっつり読んでいる人は少なそうだ。漫画かとかなら話は別なんだろうけど。

……そういえば、御倉さんは今高校生という話だが、何年生なのだろうか。


落ち着いた雰囲気からは、年上という印象を受けるけど……。


「その、逢坂さん?」


「あ、ごめんなさい」


御倉さんの声で思考の海から引っ張り出される。

女性の年齢について考えを巡らせるなんて失礼だしな。天城とかなら「デリカシーないですねぶち殺しますよ」とか言いそうだ。


「俺も楽しかったです。こういう話をするっていうの、俺もあまりないので」


「そうなんですか?」


「ええ、恥ずかしながら」


恥ずかしながら、友人すらいない。


「それも、御倉さんみたいな好きな人とこういう話ができるなんて、ファンとしては嬉しい限りです」


素直な感想。

御倉さんの作品はとても面白かったし、好きな作家とこう言う話ができる機会なんてそうそうないだろう。

嬉しい経験だ。


「……ふぇ?」


可愛らしい声。

今の声が御倉さんから出たものだと気づくのに、一瞬の間ができてしまう。


「え、えと、今……なんと?」


少し頬を赤らめながら問いかけてくる御倉さん。


「? えーと……ファンとしては嬉しい限りです、と」


「そ、その前です!」


「その前……? んーと」


なんて言ったっけな。たしか……


「御倉さんみたいな好きな人と、こういう話が——」


「しゅ、しゅき!? きゅ、急に何ば言うとね! 恥ずかしかけんっ!」


「…………え?」


「……あ……」


えーと……御倉、さん……?

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