逢坂虎ノ助と、初恋トライアングル
「あんたさ、明日の放課後暇よね」
天城を駅まで送り届けた後、トークアプリでやり取りをしている中母さんから呼ばれる。
リビングでスマホとコーヒーカップを左右の手で持ちながら、テレビを見る母さんは俺の顔を見るなり開口一番そんなことを言い放った。
疑問形ではなく、断定というのはどうなんでしょうか、母さん。
「暇だよ」
そう答えるしかできない俺が悲しい
バイトでも始めようかしら。倉庫作業とかなら、こんな見た目でも面接で落とされることもないだろうし。たぶん。
「あんたねぇ。華の高校生活、そんなのでいいの? 青春ってのは取り戻せないのよ?」
「じゃあ青春するから明日は暇じゃないわ」
「あんたに青春は10年早い」
どないせいっちゅうねん。
「……そんで? 暇だけど、なんだよ」
本題に進めようと改めてこちらから時間があることを告げる。
母さんも悪ふざけはやめたようで、本題について話し始めた。
「楽音ちゃん、覚えてるわよね?」
「ああ。こないだのラノベ作家だろ?」
「そそ。御倉楽音ちゃんね。THE、クールビューティーの。その娘がさ、あんたに会いたいって」
「……なんで?」
嬉しさよりも警戒心が勝ってしまう。
俺に会いたいとか、自分で言うのもなんだけどだいぶレアだぞ。
「なんかね、ラノベの感想聞きたいんだって。あんたあの娘の作品読んだの?」
「ああ。こないだサイン本もらったから、読んでるよ」
『初恋トライアングル』。
御倉楽音のデビュー作にして、アルティメット文庫佳作作品。
最近の新人賞作品では売れているという話をネットで見たのは記憶に新しい。
主人公である天童マサムネと、ダブルヒロインたちの恋愛を中心にしたラブコメで、1巻のラストでダブルヒロインの1人が死ぬことがだいぶインパクト大きかった。
個人的にも最近の中ではだいぶ当たり作だと思っている。
「それは僥倖。あの娘、感想聞きたいんだってさ」
「……感想?」
その理由を聞いて再度疑問が頭に浮かぶ。
この時代だ。ラノベの感想やレビューなんて、ネット上にありふれているだろう。
そんな中で、俺の感想を聞きたい理由なんてあるのだろうか。
「生の声が聞きたいそうよ。それも、自分と同世代の人の」
俺が解せない顔をしているのを察したのか、補足情報を話してくる。
まあ、それならわからんでもない。
「親のあたしが言うのもなんだけど、あんたオタクじゃん?」
「あんたのせいでな」
「感謝しなさい♪」
いや、そんなドヤ顔されましても。
「ラノベはもちろん、サブカルの知識もある。今回の案件に、ぴったりだと思うのよね」
「そいつはどうも」
「それに、天城さんだっけ? あの娘のラノベもこれから添削してあげるんでしょ? いい経験になると思うけど」
「……なるほど」
今まで人の作品に感想を言う機会なんてなかった。
だからこそ、天城からの依頼(脅迫?)をちゃんとできる自信が、俺にはない。
たしかに、プロのラノベ作家とそういったやり取りができるなら、いい経験になりそうだ。
「了解。明日どこに行けばいい?」
「決まったら連絡する」
「明日の17時から。場所は、昼頃に改めて連絡するから」
「絶対忘れるだろ、それ」
「あら、母さんを信じられないの?」
「……わーった。じゃあ、明日」
「頼むわね」
やり取りを終え、リビングから自室に戻る。
携帯を見ると、天城から新たに3件メッセージが飛んで来ていた。
途中で離席して悪いことしたな。
慌てて携帯を開き、メッセージを返すことにした。
◇ ◆ ◇
Ema『大宮西口のサイゼで。時間は17時で変わらず』
今日の場所について最速の連絡を送ると、悪びれもせずこんな要件だけの返信が帰ってきた。
了解の連絡を返し、返信を待つ間に食べ終わっていた定食のトレーを食堂に返す。
天城はいまだに友達たちとご飯中のようだ。
変な感じになっても悪いし、挨拶せずに俺は食堂を立ち去ることにする。
「…………」
なんとなく、天城の視線を感じた気がするのだが、気のせいだろう。
その足のまま、俺は図書室に向かう。
この学校の図書室は飲食禁止のルールのせいか、昼休みは人がほぼいない貸切状態だ。
放課後は勉学に励む生徒で混むので来くることはないが、俺は結構図書室のヘビーユーザーだったりする。
窓際の端っこ。俺の自称指定席に座り、ブレザーのポケットからライトノベルを1冊取り出す。
『初恋トライアングル』。御倉楽音の作品。
無機質な黒いブックカバーがついた表紙を捲ると、そこには習字の先生のように丁寧な字で『御倉 楽音
』とサインが書いてある。
サインというか署名に近いけど。
今日、御倉と会う前にもう一周読もう。
そう決めて今朝から読んでいるのだが、あと3分の1ほど残ページがある。
昼休みが終わるまで残り30分ほど。
この集中できる空間なら、読み切れるだろうか。
カチコチと時計の秒針が時を刻む音をBGMに、俺は活字の世界へとゆっくり身を沈めていった。
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