人食いタイガーと、孤独なグルメ


「げ」


 昼休み。数多の学生たちによる喧騒に包まれた学食。

 うどん定食の乗ったトレーを持って空席を探していると、目の前からそんな声が。


「げってなんだよ、げって」


 声の主は、同じくうどん定食を手に持った天城。

 安くてコスパいいもんな、この定食。


「……なんでもないです」


 天城はふいと俺から視線を外し、学食内を見渡す。

 そして探し人を見つけたのか、小走りでそちらに向かっていった。


 天城を迎え入れたのは、男女混合のグループのようだ。長テーブルの一角を押さえていた。そこにすんなり混ざる天城。


 どうやら友人たちと昼食というやつなのだろう。

 いいね、友人がいるやつは。


「……お」


 天城たちが座る席の近く。ちょうど空席ができたようだ。

 他のやつにとられる前に、素早くその席を確保する。


「…………」


 俺が近くに座ったのが気に障ったのか、天城からの視線。

 しかしそれはすぐに感じなくなり、天城はすぐに友人たちとの会話に戻っていった。


「そうなの? すごいね桐生君!」


 俺と話す時とは異なる、少し高めの声色。

 なにそれ。俺ともそのトーンで喋って欲しい。刺々しさが全然違う。


「さすが光秀よなー! 勉強もできてスポーツもできるとか、主人公じゃん」


「その才能ちょっと分けてほしいわ―」


 続いて聞こえるのは男子の声。

 ばれないように横目で見ると、どうやら男子3、女子3の組み合わせでランチのようだ。


 え、これ現実の話? 男子と女子が一緒にランチとかありえる話なの?


「んなことないって。たまたまさ」


 爽やかな声。

 話の流れから察するに、彼が桐生君なのだろう。


 ……どこかで見たことがあるような気が……あ。


 そうか、一昨日、中庭で天城に告白していた男子だ。


 え、なにそれ。

 天城は告白返事保留中の男子と平気でご飯食べれちゃうの? 怖い。


「つぼはどうなの? テスト、自信あり?」


「自信なしなしだよ~。ちょっとやばめかも」


 ……天城つぼみだから、「つぼ」か。安直なニックネームだった。


「それならさ、俺が勉強教えてあげようか」


 天城に告白保留されている桐生君が、そんなことを言い出す。

 彼女たちを取り巻く状況をしっている者からしたら、ちょっと面白い展開だ。桐生君には悪いけど。


「ほんと? じゃあ、みんなで勉強会しようよ! みんなで得意科目を教え合うの!」


 みんなで、をわざわざ2回言う必要ありますかね。


「おー、賛成賛成。めっちゃいいじゃんそれ!」

「だな」


 桐生君以外の男子は嬉々としてその提案に乗る。

 当の桐生くんは、若干笑顔がひきつっていた。可愛そうに、目論見が外れたもんな。


「じゃあ日程調整しよっか」


 同席している他の女子がそう言い、彼女たちはそれぞれスマホをいじり始めた。スケジュールでも見ているのだろうか。


 いやしかし、面白い攻防戦を見ることができた。

 桐生君には今後いいことがあってほしいものだ。


「……ん」


 ポケットに振動。

 スマホを取り出し画面を見ると、LINEの通知が入っていた。

 なんだ? オトクな情報なら全部通知オフにしているはずなんだが。


 画面をタップしてトーク内容を見ると、そこには


 あまき『今日の放課後、暇です?』


 と、天城からのメッセージが表示されていた。


 反射的に斜め前に座る天城を見ると、天城はこちらに微塵も視線を向けておらず、友人たちとの会話に興じていた。すごい。


 とりあえず、今話している勉強会とやらに必要な情報なのだろうと、急いで返信。


『悪い。今日は予定ありだ』


 天城を見れば、ピクリと一瞬反応した後、すごい速度で指を動かし、スマホに何かを入力する。


 あまき『は?』

 あまき『ダウト』

 あまき『ぶち殺しますよ』


 俺には私用すら許されないのだろうか。


『本当に用事があるんだ。明日なら空いてる』


 あまき『じゃあ、明日で』

 あまき『あけておいてくださいね』


「私は、明日はちょっと予定があるんだ~。それ以外だと嬉しいかな!」


 メッセージが着信するとほぼ同時に、天城本体から軽やかな声が。

 え、数秒前に殺害予告した人と同一人物ですよね?


「……よし」


 それからも楽しげに会話を繰り広げる天城たちリア充後輩グループ。

 俺も彼らから意識をそらし、うどん定食を食べることに集中する。


 ……そう言えば、今日の予定、昼くらいに詳細送るって言ってたのにまだこないな。

 スマホを取り出し確認。うん、やはり先程の天城以外、誰からも連絡はきていない。


「……はぁ」


 嘆息を漏らしつつ、昨日俺に用事を押し付けてきた母さんにLINEを送ることにした。






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