天城つぼみと、買い物デート? - 1


「虎ノ介」


 朝。学校に行く準備をしてリビングに顔を出すと、母さんから呼び止められる。

 ダイニングテーブルでカタカタとタイピングしながら、食パンを口にくわえていた。


 父さんは今日も帰ってきていないらしい。

 大変だなトラック運転手。本人は「全国を旅行できて楽しい」と言っているけど。


「……どした?」


「あんた、昨日らおちゃんに何したの?」


「……え?」


 唐突な質問。

 え、なにかしちゃったっけ?


「……変なことは何もしてないと思うけど」


 改めて考えるが、変なことはしていないはずだ。

 昨日のトークアプリのやり取りでも、嫌悪感みたいなものは感じなかったし。

 ……いや、俺が異常に鈍感なのかもしれないけど。


「何かあったのか?」


「らおちゃんがさ、上げてくれたのよ。原稿」


「……ん? いいことじゃないか」


「ばーか。ここ数ヶ月つついてもつついても出てこなかったものが、今朝いきなり出てきたのよ?」


 食パンを皿の上に置き、紅茶でそれを流し込む。

 そして再びPCに視線を落しながら、母さんは続けた。


「昨日まで1文字も書いてなかった2巻の初稿が、今朝いきなり送られてきたの。昨日の打ち合わせだって、進捗確認のものだったんだから」


「……よかったじゃないか」


「よかったわよ。ええよかったわ。おかげで、最初に想定してた刊行スケジュールに乗っけられそうよ。あたしが徹夜すればね」


 後半に恨みを込めながら言われた気がする。

 しかし、そう言われても俺は何もしていないのだが。


「で? あんたはらおちゃんに何をしたのよ」


「……感想を言っただけだぞ」


「ふぅん……読者から感想もらって、それでテンション上がったって感じなのかしら……?」


 顎に手を当てて、ふーむと考え込む母さん。

 その回答では納得できない、といった感じだ。


「ともかく、らおちゃんに変なことをせず、適度にやる気を出させて原稿を書かせなさい」


「すごい注文だなおい」


 そんな事ができたら編集者になれるんじゃなかろうか。


「……あんま無理すんなよ。もう若くないんだから」


「あら、見た目はまだまだイケると思うんだけど」


「はいはい。いってくるぞ」


 ニヤリと笑う母親を適当にあしらって、リビングを後にする。


 今日は学校に向かう足取りが、いつもより軽い気がした。



 ◇ ◆ ◇


 放課後。

 指定の喫茶店に着くと、まだ天城の姿は見えなかった。


 テーブル席に案内され、マスターにアイスティーとたまごサンドを頼む。

 しばらく待っていると、それが運ばれてきた。


「……おお」


 美味い。

 厚焼き玉子タイプのサンドイッチ。出汁がしっかりしみた卵は、軽くトーストしてあるパンと相性抜群。

 ふわふわかつサクサクという食感のアクセントがたまらない。


 たまごサンドに満足していると、カランコロンと軽やかな金属音が響いた。


「あ、先輩! たまごサンド食べてるじゃないですか! ずるい!」


「何がずるいんだよ」


「私も食べたいです」


「食べればいいんじゃないか」


「ごちそうさまです! マスター、たまごサンドとアイスティーください!」


 おい、奢るなんて言ってないんぞ。

 注文を終えると、天城は前のソファに腰掛けた。


 というか、待たせたお詫びはないのか。


「……それで? 今日の用事は?」


「買い出しに付き合ってください」


「友だちと行けよ」


「いやいや、友だちと一緒に行けるわけないんじゃないですか。アニメイトですよ? アニメイト」


「…………」


 たしかに、オタク趣味を隠している天城は友人たちと一緒に行けそうな場所ではないだろう。


「じゃあ一人で行けばいいだろ」


「こんな美少女を一人でアニメイトに行かせるつもりですか!?」


 どういう驚きなのか。


「……というかお前、サイン会のときに行ってたじゃないか。一人で」


「いや~、あの時はサイン会が目的でしたしね。今回は買い出しですし」


「それが俺を呼ぶ理由にはならんだろ」


「なりますよ? 先輩の腕は何のためにあるんですか?」


「……荷物持ちってことか……」


「正解! さすが先輩!」


 そんな笑顔で言われましても。


「それに、おすすめのラノベとかも教えてほしいんですよね」


「……なるほど」


 インプットを増やす、という行動の一環なのだろう。


「……わかった。いいぞ」


「さっすが先輩! 使え――頼りになりますね!」


 本音ダダ漏れじゃなないか。


「じゃあ、天城が食べ終わったら行くか。大宮でいいんだよな?」


「……あー……いや、別の場所のがいいんですけど」


「? なんでだ?」


 この間のサイン会は大宮で行われていた。

 前と同じ方がいいと思ったんだが。


「今日、クラスメイトが大宮で遊ぶみたいなんですよね」


「……ああ、バレるかもしれないってことか」


「そですそです。なので、別で」


「ふむ。じゃあ池袋か……渋谷か?」


「渋谷はエンカウントしそうですし、池袋ですかねー。うん、池袋に決定です!」


 エンカウントって、クラスメイトはモンスターかなにかですか?


 それから、天城が運ばれてきたたまごサンドを美味しそうに頬張り終えるまで待ち、俺たちは池袋へと向かった。



 ◇ ◆ ◇



「そう言えば先輩、昨日は何してたんですか?」


 池袋へ向かう電車の中で、少し距離を開けて立つ天城が問いかけてくる。

 知り合いに思われたくないからって距離を開けたのに、わざわざ話しかけてくるのはなぜなのか。


「ちょっと知り合いに呼ばれてな。飯食ってた」


「……知り合い?」


「ああ」


 その知り合いは御倉であることは一応伏せておく。

 御倉のプライバシーもあるし、こいつは御倉楽音のファンだしな。


「ふぅん。先輩に知り合いなんているんですね」


「そりゃいるだろ」


『友だちがいるんですね』ならわかるけど。

 俺にだって知り合いくらいはいる。


「不良仲間ですか? むさ苦しい男性達でファミレス選挙とかしたんです?」


「んなことするか。それに、昨日会ってたのは女子だしな」


「……え? 犯罪ですか?」


「ちげえよ!」


「……ちょっと、声大きいですよ、先輩」


「う、すまん……ってか、お前がそんなこと言わなきゃいいだけじゃねえか」


「はいはい。……あ、そろそろ着きますね」


 天城の声と同時に、車内アナウンス。

 まもなくして、電車は停車し鋼鉄の扉が開いた。


「さ、行きますよ先輩♪」


 笑顔で電車から降りていく天城。

 俺は早足でその後を追うのであった。















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