天城つぼみと、買い物デート? - 2


 池袋東口。

 人でごった返すサンシャイン通りを抜けてやってきたのは、アニメイト池袋本店。


 店内は同志たちで賑わい、活気にあふれていた。


「やっぱりいいですよね」


 目をキラキラと輝かせながら、2Fの新刊コーナーでいろいろな本を手に取る天城。

 その様子はさながら子供のようだ。


 こうして見ていると、その容姿も相まって可愛く見える。


「今日は何を買うんだ?」


 テンションが上がりまくってる天城に、目的を思い出させる意味も込めてそう尋ねる。

 天城は「うーん」と小首をかしげながら、


「決めてないです」


 そう言い放った。


「おい」


「もー、冗談ですよ。ただ、面白うな作品を数冊買おうってのは決めてるんですけど、どれを買うかは決めかねてます」


 言って、ビシッと俺の顔を指差す天城。


「だから、先輩の性癖を私に押し付けるチャンスですよ!」


「言い方気をつけてくれよ!」


 なんてことを言いやがるんだ。

 他のお客さんに聞かれてなかったか不安だ。


「てか、俺のおすすめならこの間貸したじゃないか」


「読みましたよ」


「……は?」


「や、だから読みましたって」


「……早いな」


「私が本気だせばちょろいですよ♪」


 貸した本は5冊程度。それを学業もある中この短期間で読み終えているのだから、だいぶ速読な方だろう。


「というわけで、おすすめを――お!」


 ふと、天城が1冊の本を手に取る。

 それは最近何度も読んだ、『初恋トライアングル』。


 発売されてしばらく経過しているが、売れているからか新刊コーナーにまだ置いてあった。


「先輩、これ読みました?」


「おう。3回な」


「む。私なんか5回は読んでますから!」


 その対抗心は何なのか。


「早く2巻発売しないですかね~。楽しみにしてるんですけど」


「今日書き上がったらしいぞ」


「うぇ! マジですか!? ……てか、なんで先輩、知ってるんです?」


「今朝母さんから聞いたんだよ。担当編集だからな」


「くっ……! なんという羨ましい状況……! じゃあじゃあ、原稿を先に読めたりとか」


「さすがにそれはしないっての」


「がっかりです。使えない先輩ですね」


 肩をすくめ呆れ顔。いやいや、できるわけがないだろ。

 親の力を使って自慢するような骨川さん家の息子さんみたいにはなりたくないしな。


「んー……よし、先輩。行きましょうか」


 一通りフロアを見回った後、天城はそう言って階段の方に向かって言った。


「上のフロアか?」


「いえ、とらのあなとジュンク堂です」


 別フロアではなく、別の店だった。


「……えと、なんでだ?」


「店舗特典とサイン本確認です」


 天城が言うには、

 ・店舗特典は実際にものを見れるなら見てから決めたい。

 ・もしかしたらサイン本が置いてあるかもしれない


 この理由から別店舗を一通り見たいらしい。

 なんともまぁ、オタクの鏡である。


「さぁ、ささっと行きましょう!」


 元気よく駆け出していく天城の後を、俺もついていく。

 俺だって、サイン本が欲しいからな。



 ◇ ◆ ◇



 アニメイトからとらのあな、そしてジュンク堂、そしてとらのあな、そしてアニメイト。

 そんな道順で旅すること四時間ほど。なんというか、結構つかれた。


 しかしそのかいもあって、天城は目当ての特典がついた本を購入できたようだ。

 残念なことにサイン本はどの店舗にもおいてなかったが。


「いや〜、歩きましたね。足ぱっつぱつです」


 そしてそんな長い買い物を終え、アニメイト近くにあるドトールに入り一息ついていた。

 店内は22時も近いというのに混雑しており、テーブル席を確保できたのは幸運だった。


「本当に意味のある歩きだったんだろうか」


 ちなみに天城は2店舗目のとらのあなで2冊、ジュンク堂で1冊ライトノベルを購入していた。


「何言ってるんですか。あるに決まってるじゃないですか」


 決まってるのか。


 天城はアイスココアの入ったグラスをストローでかき混ぜた。

 ちなみに俺はアイスティーだ。


「先輩って、アイスティー好きですよね」


「ああ。母さんが好きだからな。その影響で昔から紅茶派なんだ」


「マザコン」


「誰がマザコンだ!」


「冗談ですって。家の紅茶も美味しかったですし、先輩が紅茶好きなのはわかりましたから」


 微笑む天城。そんな天城の顔から、なんとなく視線をそらしてしまう。

 別に、照れたわけじゃないんだからな!


「しかし、お前って本当にオタクなんだな」


「オタクじゃないです」


「いや、もう認めろよいい加減」


「……なんですか、脅すつもりですか? ……まさか、私を——」


「なんもするつもりもないし、そもそも脅してないっての」


 自分がオタクだと認めるのはいやらしい。そのプライドはなんなのだろうか。


 しかし、こうして喫茶店にいる姿を見ている限りは——


「普通の女子高生みたいなんだけどな」


「……は?」


「いや、天城が実はオタクだって、気づく奴はなかなかいないだろうなってさ」


「まあ、うまくカモフラージュしてますしね」


 なんとなく、天城のテンションが1トーン下がった気がした。

 何か変なことを言ってしまっただろうか。


「……普通って、なんですか……」


「天城?」


「……いえ、なんでもないです」


 小声で、何かを呟いた天城。

 その言葉は店内の喧騒にかき消されて、俺の耳にまで届くことはなかった。


「それより先輩!」


 打って変わって、今までのテンション高い天城に戻る。


「私の書いてるラノベのことなんですけど、ちょっと悩んでいて」


 それから彼女とラノベの悩みについての話になった。

 結局、彼女の呟きについて聞くことはできなかった。


 ◇ ◆ ◇



「……あれ?」


 そろそろ帰ろうかと、ドトールから出る俺たち。

 すると天城が何かに気づいたような声をあげ、そしてカバンをガサゴソと漁り始めた。


「どうした?」


「……ない。ないんです!」


「何がだ」


「買ったラノベです! 妙にカバンが軽いと思って……とらのあなで買った本、確かに入れたと思ったのに、入ってないんです!」


 言いながらその場にしゃがみこみ、本格的にカバンの中身を漁る天城。

 状況を把握した俺は、急ぎ店内に戻り、座っていた席を見る。しかしそこには何も置いていなかった。


「店にはなさそうだ」


「……カバンの中にもないです。どっかのお店に置いてきちゃったのかな」


 確かに状況から考えて、その可能性は高いだろう。


 しかし、


「……もう22時をだいぶ過ぎてる。店は閉まってるだろうし、明日電話して確認しよう」


「でも、一刻も早く読んで、インプットを増やさないと……私、ラノベが書けないんです」


 見るからにテンパっている天城。

 こんな天城は、この数日一緒にいる中で、初めて見る顔だった。


 なんとかしてやりたい気持ちはあるが、冷静に考える。

 もう23時に近づいている。高校生は最悪補導されかねない時間だ。魔の悪いことに、制服を着ていることだしな。


 天城はともかく、俺は補導されやすい見た目だ。

 変に天城を巻き込んでしまうかもしれない。


「明日、一緒に探してやるから。今日は帰ろう、天城」


「でも、でも……っ!」


「大丈夫だって。今日読めなかったくらいじゃ、そんなに変わらないだろ」


「……そんなこと、わからないじゃないですか。やってみないと」


「天城が本気なのはわかる。だが、それでお前に——」


 お前に、何かあったらどうするのか。

 その言葉は、天城に届くことはなかった。


「先輩に何がわかるんですか!!!!!」


 本気で怒った天城の顔も、見るのは初めてだった。


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