天城つぼみと、友だち申請


 それから、天城の作品に対して細かい指摘を返していく母さん。

 編集者としての血が騒いだのだろうか。妙に熱が入っているように見受けられた。


 天城も天城で、そんな母さんの指摘を細かくメモしていく。


 そんなやり取りを続けているうちに、すでに時刻は22時に近づいていた。

 この時間に、土地勘がない天城を一人で帰すわけにはいかず、俺が送ることに。


 このあたりは街灯も少なく、住宅街から漏れ出る明かりが頼りになるくらいに夜は危ない道と化している。

 車通りも少ないし、こうも暗いと天城1人じゃ駅までたどり着くのは、地図アプリがあっても難しいかもしれない。


「…………」


 コツコツと、革靴がアスファルトを叩く音だけが、俺たちを取り巻いていた。


 少し後ろを歩く天城をちらりと見る。

 天城はずっと無言で、俺の後をついてきていた。


 さっき言われた指摘について考えているのだろうか?


 指摘通りインプットを増やそうと考えたのだろう。天城の鞄の中には、俺の本棚からチョイスした数冊のライトノベルが入っている。


 そしてその鞄は現在俺の肩に。紳士だからね。


「……先輩のお母さん、いい人ですね」


 静寂を破るように、横を歩く天城が口を開く。


「そうか? 元気だとは思うが」


「いやいや、いい人ですよ。だっていきなり会った人の相談乗ってくれるんですし」


「まあ、そういう意味ではそうかもしれない」


 多分だけど、母さん的には「あんなにサイン会で熱狂的なファンだから何かに使えるかも」くらいの打算がありそうだけど。

 まあわざわざ天城に言う必要はないだろう。


「はぁ……がんばらないと、ですね」


「なぁ、天城」


「いやです」


 間髪入れずに断られる。何が嫌なんだよ。


「まだ何も言ってないだろ」


「お金は持ってないですよ?」


「カツアゲじゃねえよ。……なんでそんなにラノベ作家になりたいんだ?」


「あー……確かに言ってないですね。てか、言う暇がなかったです」


 たしかに。

 今朝、下駄箱に入れられた手紙がきっかけで天城と話すようになってから、こうして帰りを送るところまで、たった1日でトントン拍子に進展している。

 なんて密度の濃い1日だろうか。


 ……いや、果たして進展なのか?


「んー……でも、言わないです」


「それが協力者に対する態度かね」


「私に対価を求め始めた瞬間、強姦魔としての人生が始まりますよ?」


「お前それ痴漢冤罪とやってること一緒だからな」


「先輩、目がキモいです。目で犯されました。はい、強姦魔」


 その論法が許されるならこの世からイケメンじゃない男はとっくに淘汰されているだろう。


「まあ、私の夢とか語るには、私の先輩に対する好感度が足りませんね」


「あとどれくらい足りないんだ?」


「……53万?」


 変身が何段階もありそうな数値だった。


「ま、先輩への好感度はマイナススタートですしね。とりあえず0に戻してから言ってほしいです」


「なんで絡んだことないお前の高感度が0じゃないんだよ」


「知らないんですか? 好きの反対は無関心です」


 無関心だったってことね。

 絡んだ結果、嫌いになったと。


「昨日も言いましたが、私は不良が嫌いなんです」


「だから、俺は不良じゃないんだっての」


「その言葉、学校の何人が信じますか?」


「……言わせんなよ恥ずかしい」


「本当に恥ずかしい結果になりますもんね。ともかく、そういうことです」


 話しているうちに、ようやく少し広い道路までたどり着いた。

 このあたりになるとコンビニや居酒屋なども見え始め、人通りも格段に増える。


 駅まであと数分というところだろうか。

 話しながらも、その道程を埋めていく。


「……まぁ、先輩がクソヤンキーではなさそう、というのはなんとなく理解できましたが」


「なんとなくなのね、まだ」


「ええ。1日で落ちるほど私はチョロインじゃありません」


 ワードセンスがやっぱりオタクだった。


「私は不良が嫌いです。周囲から不良と言われる先輩のことも嫌いです。だから関わった結果、『不良』という情報しか持っていないので、好感度はマイナススタートです。ここまではオーケーですか?」


「不本意だが、理解したよ」


「わかればいいんですよ。だから、先輩が頑張って好感度稼いで、マイナスポイントをなくすことができれば、その時話しましょう」


 53万のマイナスポイントを埋めるためにはどれくらいの時間が必要なのだろうか。

 完全版にして20巻くらい? 結構な期間である。


「ついたぞ、駅。ここまでで大丈夫か?」


 そんな会話を続けているうちに、目的地の駅までたどり着く。

 周囲には帰宅してくるサラリーマンらしきおじさんたちの姿がポツポツと。今日もお疲れさまです。


「はい。私の家、埼京線沿いなので大丈夫です」


 持っていた天城の鞄を手渡す。

 そうか、埼京線沿いだったのか。どの駅なのだろうか聞こうと思ったが、ストーカー疑惑とか持たれても面倒だし聞かないことにする。


「それじゃ、先輩。今日はありがとうございました」


「おう、気をつけて帰れよ」


「はい。……あ、ていうか先輩。ID教えて下さいよ」


「……ID?」


「LINEのIDです。先輩がぼっちでも、LINEくらいインストールしてますよね?」


 スマホを取り出し、素早く操作すると画面をこちらに向けてくる天城。

 その画面にはQRコードが表示されていた。


「……QRコードを読み取るのは……できます、よね?」


「そこまで情弱じゃねえよ」


 こちらもスマホを取り出し、QRコードを読み込む。

 表示される友達申請画面には、なんかおしゃれなパンケーキ写真のアイコンと『あまき』という名前。


 なんか天城らしいと妙に納得し、申請ボタンを押す。


「……先輩、アイコンくらい設定しましょうよ」


「こういうの、何を設定すればいいのわかんないタイプなんだよ」


「……まぁいいです。良かったですね先輩♪ 初めての友だち登録が私みたいな美少女で」


「ばーか。初めてじゃねえよ」


 家族と、銀行口座とかお店とか、便利ツールとは何人も友だちだ。


「……ともかく、明日からよろしくです、先輩♪」


 制服のスカートを翻しながら、改札へ続く階段へ向かう天城。

 その背中が見えなくなるまで眺めてから、俺も踵を返し帰路についたのだった。






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