天城つぼみと、逢坂エマ - 2


「結構きれいにしてるんですね」


 リビングに向かう前に、「先輩の部屋がみたいです!」というオーダーがあり案内したところ、天城の第一声がそれだった。

 室内をキョロキョロと見渡す天城。やめて、なんか恥ずかしい。


「てか、先輩も結構オタクだったんですね」


 部屋の一室、ライトノベルや漫画で溢れた本棚を見て天城が感想を漏らす。



「そりゃそうだろ。親がラノベの編集者だし、昔から深夜アニメとか見せられてるしな」


「ふ~ん……いい家族ですね。あ、このラノベ読みたかったやつです!」



 本棚から1冊手に取り、パラパラとページをめくる。

 うん、多分挿絵だけ見てるのかな。俺もたまにやるからわかる。



「読みたかったやつって、やっぱりお前もオタクじゃないか」


「は? オタクとかやめてください。自分の知識を広げようとしてるだけですぶち殺しますよ?」


 毎回毎回「ぶち殺しますよ」を語尾につけるのやめていただきたいところである。


「ちゃんと返してくれるなら、貸してやるぞ。その本棚のは読み終わってるやつだし」


「えマジですか。それじゃ、後で何冊か借りてきます」


 天城は手に持った本を棚に戻すと、踵を返して部屋から出ていく。

 物色は母さんと話したあとで、ということか。


「リビングは右な」

「はいはーい」


 天城をリビングまで案内し、ダイニングテーブルに座ってもらう。


「何飲みたい?」


「うぇ!? いいんですか? んー……紅茶あります?」


「あいよ。ホットでいいか?」


「おけです。あ、ストレートで大丈夫です」


「へいへい」


 紅茶用のガラス製ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。


 ちゃんと淹れるなら、カップの温度やら、茶葉をこしたりやら必要なのだが、天城相手だし適当でいいだろう。


 ティーポットの準備を終えると、カップを3つとともにテーブルまで運ぶ。


「わ、ちゃんと茶葉なんですね」


「ああ、母さんが紅茶好きだから」


 カップに紅茶を注ぎ、天城の前にコースターとセットで置く。

 次いで俺の分と、母さんの分。


「……なんか、先輩って不良の割に、こういうところちゃんとしてますよね」


 準備を終え、天城の対面に座ると、そんなことを言われる。

 紅茶にふーふーと息を吹きる姿は、なんか妙にかわいい。イラッとする。


「そうか?」


「はい。なんというか、不良っぽくないです」


「……あのな。この際だから否定しておくけど、俺は不良じゃないぞ。喧嘩もしないし、この髪も地毛だ」


「あーはいはい。犯罪者は自分のことを犯罪者だって言わないのと同じ理論ですね」


 冷めたと判断したのか、紅茶を口に運ぶ。

 一瞬の間の後、天城は「うわぁ」と声を漏らした。


「……美味しいです」


「ならよかった」


「正直ビビりました。先輩が淹れたってことも含めて、ビビりました」


 なんかちょくちょく失礼ね、この子。


 ――ガチャリ


 と扉が開く音。トテトテと足音が続き、そして


「はーい、お待たせん」


 母さんがリビングに姿を表した。

 格好はさっきのまま。どうやら息子の友人(友人?)が来ても、おしゃれをしようという思考は持ち合わせてないらしい。


「それで、私に用事ってどうしたの?」


 俺の隣に座る母さん。

 紅茶で口を潤すと、本題を切り出す。


「はい。お時間をいただきありがとうございます。急なお願いで大変恐縮なのですが」


 あれ、本当にこいつは天城なのだろうか。二重人格? 口調違くない?


「その、ライトノベル作家になるために、どうすればいいのかをご教示いただきたく」


「ラノベ作家に?」


「はい。……どうしても、なりたいんです」


 真剣な表情。

 なんとなく、「ただライトノベルが好きだから」という理由ではない気がする。


 それを母さんも感じ取ったのか、「ふむ……」となにかを考えるように小さく唸った。


「いいわよ。何が知りたいの? あ、最初に断っておくけど、あたしに頼んでコネでデビューしたいってんなら、作品でアピールしてよね」


 コネデビュー事態は拒否しないらしい。


「……私、小説を書き始めたんですが、自分に何が足りないのか客観的に判断することができず、アドバイスを頂きたいです」


「なるほど……作品、今持ってる?」


「はい」


 鞄からポメラを取り出すと、母さんに手渡す。

 母さんは慣れた手付きでそれを操作しながら、文章に目を落していった。


 10分ほど、無言の時間が流れる。


「――うん。なるほどねー」


 原稿を読み終えた母さんの声で、静寂は壊れた。


「これ、何作目?」


「初めて書いたものです」


「ん。でしょうね。……えーと、アドバイスだったっけ。そうね~」


 言いながらポメラを返す。

 天城はメモを取れるように、ポメラを構えた。それを見てから母さんは話し始めた。


「足りないものはたくさんあるんだけど、大きいところでは、まずはインプットとアウトプットね」


「インプットとアウトプット……」


「うん。インプットは文字通り。いろいろな商業作品に触れたほうが良いわね。ライトノベルや漫画だけじゃなく、他の媒体の物にも」


「うぅ……そう、ですよね」


 凹みながらも、天城はカタカタとポメラにメモしていく。


「アウトプットは文字通り。1作目で完璧なものなんて作れないんだから、とにかく書きなさい」


「はい! それはもう!」


「あと、自分が書いた作品を他人に読んでもらうことが大事ね。自己完結するだけだと一向に良くならないから」


 面接練習やらプレゼン資料なんかでもよく言われてることだよな。

 鏡とだけ練習してても成長速度は遅いって。

 もちろん、必要ではあるだけど。


「……投稿サイトを利用する、とかなんでしょうか?」


「それもいいけど、それよりもっといい読者がいるじゃない」


「読者ですか?」


「そうそう。ここに」


 言って、俺の頭をポンポンと叩く。

 え、俺ですか?


「幼少期から英才教育を施してあるからね。あたしも旦那も、オタクだったから」


 英才教育の定義を教えてほしい。


「……いいんですか?」


 ここに来て初めて、可否の確認をとってくれる天城。

 さっきまでは全部「やれ」との命令形だったのに。第三者の前だからというところもあるのかもしれない。


「……まぁ、俺で良ければ読むよ」


「やった! よろしくおねがいしますね!」


 ……そんなふうに笑顔で言うのは、ずるいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る