私の知ってる先輩は、私のことを知らない


「……ふへぇ……」


桐生たちが屋上から消えていった後。

気の抜けた声とともに、天城がその場にへたりこんだ。


「大丈夫か?」


「あはは……緊張の糸が切れちゃいました……」


無理もない。

一触即発の状態だったし、もし落着してなかったら天城は大変な目に合っていたかもしれないしな。


「でも大丈夫か? 仕返しとかされたら」


「さすがに大丈夫だと思いますけどね。録音データありますし、桐生くんは馬鹿だけど自分が不利な状態で下手を打つほど頭悪くないでしょうし」


ゆっくりと立ち上がり、パンパンとスカートから土埃を払う。


「というか先輩、やっぱり喧嘩強いんですね」


「強くねえよ。実際喧嘩してねえじゃないか」


「いや、圧倒してたじゃないですか」


「たまたまだっての」


事実、たまたま腕をつかめたからよかったものの、つかめなかったらボコボコにされてたかもしれない。

鍛えておいてよかった。今度会ったら父親には感謝しておこう。


「でもさんきゅな。天城が止めてくれなかったら、たぶんもっと激しい殴り合いになってたと思う」


あの時天城が止めなかったら、俺は握り拳を相手の顔面目掛けて振り下ろしていた。

そうすればあの男子生徒はノックアウトできたかもしれないが、数の上では不利な状況で、天城をかばえていたかもわからない。


脅す方向にシフトできたのは、天城が止めてくれたからだ。


「いえいえ、いいんですよ」


なぜかドヤ顔で答える天城。

なんでドヤ顔なのか。


「でもなんで止めたんだ? もしあのまま俺がやられてたらヤバかっただろ?」


「んー、なんででしょうね。……たぶん、きっと」


少しの間。


そして天城は、白い歯を見せて笑いながら、こう言った。


「先輩に喧嘩は似合わないなって。だって先輩、優しいんですもん」


「……」


面と向かってそんなことを言われると照れてしまう。

喧嘩が似合わないなんて、初めて言われたし。


「……優しくねえよ」


そう言い返すのが精一杯だった。


「優しいんですよ。私は知ってるんですから。先輩のこと」


「? どういうことだ」


「さぁ、どういうことでしょうね♪ 先輩が、もっと私のことを知ってくれたら、そのうち教えてあげます♪」


ふふ、と笑いながら天城は横を通り、屋上の出口へと向かう。


「さぁ、行きますよ先輩。しばらくは送ってくださいね? 襲われたら怖いですし」


「……ああ、わかったよ」


「あれ、やけに素直ですね。びっくりです」


「まあ、巻き込んだ形だしな。すまん」


「いいんですよ。元はと言えば、私のせいみたいなところもありますし。さっきの男子達は、しかるべき対処をしますから」


「対処?」


「ええ。私の家、父が警察官僚で母が弁護士なんですよ。相談すればいい感じにしてくれるかと」


「……」


すげえエリート一家だ。お金持ちなんだろうな。


「まあ、こういうときくらい役に立ってくれないと、メリットないですしね」


ボソリと呟く天城。

うまく聞き取れず聞き返すと、「なんでもないですよー」とごまかされる。


「さ、先輩。喫茶店行きましょうか」


「……いいのか? また噂になっても」


「いいんですよー。だってもう、どうせ桐生くんたちが言いふらしてますし」


それはつまり、天城が1年の中で孤立をするということでは……?


「だーかーら、ここから先輩が頑張ればいいんです!」


「……は?」


どういうことだ?


「先輩から不良ってレッテルを剥がせば、一緒にいることになんら問題ないじゃないですか。先輩プロデュース大作戦ですね! これから忙しくなりますよ!」


「……おい、何を勝手に」


「あ、そのまえに私のラノベ読んでくださいね! 大賞に応募しようかなって思ってるんです」


「いや聞けよ」


「ほら、喫茶店へごーです!」


「…………」


話を聞かずに歩き出す天城。

その背を見ながら、俺は嘆息を漏らす。


だけど、自然と俺の顔は笑みをこぼしていた。


なんだかんだ言っても、この後輩と過ごす日常を悪くないと思っている俺がいるのだろう。


願わくば、さっき彼女が言っていたこと。


『先輩が、もっと私のことを知ってくれたら、そのうち教えてあげます♪』


この後輩のことをもっと知って、さっきの答えを教えてくれる時がくる日が来ればいいなと、そう思った。








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