天城つぼみと、デート日和③
喫茶店を出ると、天城の提案通り『サーティーワン』でアイスクリームを買うと、それを片手にゲームセンターにやってきた。
「あ、このフィギュア、今期アニメのやつですよね?」
「そうだな。結構人気らしいぞ。今期覇権候補だとか」
「ほほーう、それは興味ありますね。……私、アニメはあまり見ないんですよねぇ。原作買うしかないかなぁ」
「貸そうか? ラノベ」
「え、マジですか! ぜひ!」
目をキラキラと輝かせる天城。本当、俺が自分の役に立つって時だけはいい笑顔しやがる。
「今度学校持ってくよ」
「やった! いやー、持つべきものはどれ——先輩ですね!」
誰が奴隷だ、誰が。
「お、ツーピースの新作! やっぱカッコいいですよねぇ〜エースって!
「……天城はクレーンゲームやらないのか?」
「んー、家にフィギュアを置く場所がないですからね」
気のせいだろうか?
今の天城の呟きは、少しだけ自嘲を含んでいる気がした。
「さて先輩。アイスも食べ終わりましたし、次、行きましょうか」
「次?」
「そ。次です♪ 昨日言ったじゃないですか、付き合って欲しい場所があるって」
◇ ◆ ◇
天城の先導で連れて行かれたのはカラオケだった。
「いやー、友達と来ると好きな曲が歌えないですからね」
慣れた手つきで電子パネルを操作すると、次々に楽曲を予約していく。
5曲ほど予約すると、電子パネルをほいっとこちらに手渡す。
「すみません。気がついたらガンガン入れてました」
まったく悪びれていないすみませんだった。
こちらの返答を待たずに天城はマイクを手に取るとその場に立ち上がる。
そして流れ始めるイントロに合わせて体を小刻みに揺らし始めた。
「〜〜〜♪」
カラオケのテレビ画面に映る文字をなぞるように、天城は歌い始める。
「……あ」
天城の口から紡がれる歌声は、聞き覚えのある曲だった。
たしか、15年くらい前に流行ったらしいライトノベル原作のアニメ。
今でこそメジャーな異世界転生だが、当時は真新しさがあったのだとか。
母さん流の『義務教育』で履修させられたのはいい思い出だ。
「……ふぅ」
気持ちよく歌い上げると、天城はグラスに入ったコーラを一口。
そして次の曲のイントロが流れ始めると、マイクを構え歌う体勢になった。
そして次の曲も、10年ほど前に流行ったアニソン。
名曲として語り継がれるものだった。
そんな流れを5回分繰り返したところで、
予約していた楽曲が打ち止めになり、テレビからミュージシャンの自己紹介が流れてくる。
「あれ? 先輩、曲入れないんですか?」
「ああ」
人とカラオケなんて、昔に親と来た以来だしな。
ヒトカラはたまに来るけど。ストレス解消に。
「私、音痴でも気にしませんよ?」
その気にしませんよは、「気にもとめませんよ」って意味じゃないだろうか。
……まあせっかくだし、一曲歌うか。
不慣れな手つきでパネルを操作しながら、歌えそうな曲を見つけて予約。
すぐにイントロと、テレビ画面にアニメ映像が流れ始める。
白髪の侍と、浅黒い肌を持つ組長。
「お、いいですよね〜」
天城も知っていたようで、合いの手を入れるかのように体を揺らす。
……人前で歌うのって緊張するな。
出だし声が裏がらないように、必死に歌い出し始める。
すんなり声は出ているようだ。安心。
そのまま、最後まで歌い切ることができた。
「なーんだ、結構うまいじゃないですか。下手だったら弄ろうと思ってたんですけど」
「そうかい。ならよかったよ」
よかった。普通に歌えていたらしい。
安心したところで、いつの間にか追加で入れていた楽曲を天城が歌う番に。
そうこうしているうちに、あっという間に5分前の電話が鳴りひびいた。
◇ ◆ ◇
「ここ、来たかったんですよね〜」
続いてやってきたのは、新宿歌舞伎町にあるチーズフォンデュ専門店。
いつの間に予約していたのか、カラオケの後迷うことなくここに連れてこられたのだった。
こじんまりとした店内だが、内装はお洒落で、何名かカップルらしき人たちで賑わっている。
「……どうしたんですか?」
「いや、お洒落すぎてビビってる」
「なんですかそれ」
ふふ、っと微笑む天城。
なんとなく、だいぶ距離が縮まったんじゃないかと勘違いしてしまう。
「おまたせしました」
店員さんがチーズの入った小鍋と、豚肉のロースト、野菜の盛り合わせを運んできてくれている。
チーズは俺と天城で味がことなり、俺はカマンベールチーズメインのオリジナル、天城は季節限定の「さくら風味」のものにしていた。
野菜をフォンデュ用フォークで刺すと、チーズにくぐらせて口へと運ぶ。
「っ! うっま!」
あまりの美味しさに思わず声が出てしまう。
それをみて、天城が「ししし」と声を出して笑った。
「そんなに美味しいですか? よかったよかった」
「天城も食べてみろよ。美味いから」
「はいはい。では、いただきます」
天城も同じように、人参をチーズにくぐらせてから口に運んだ。
「うま! え、なんですかこれ⁉︎」
「同じ様な反応じゃないか」
「……あはは……」
それから豚肉へ移り、運ばれてきたチーズたっぷりミートソースと締めの手作りケーキに舌鼓を打ち、満足しながら俺たちは店を後にした。
「一番安いコースであれですからね……一番高い牛肉のコースはマジでどうなっちゃうんでしょうか」
「下手したら気絶するな」
「あはは、ですよね!」
5月とはいえ、夜の新宿は少しだけ冷える。
空気が汚いから爽やかな気分にはなれそうにない。
「先輩、普通にデートできるじゃないですか」
ニヤリと笑いながら、そんなことを言う天城。
「そうか? 結構天城に任せっきりだったと思ったけど」
「いく場所いく場所全部に駄々こねてくるかと思ってました。楽しい場所つれてけー! 気持ちいことさせろー! って」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「不良」
「だから違うんだって」
「ん。今ならその言葉、少し信じてもいいです」
少しだけですよ、とさらに念押ししてくる天城に、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
「今日はこれで解散か?」
スマホを確認して時間をみると、21時。
高校生はもうそろそろ帰らなければ。
「……もう1箇所だけ、付き合ってもらってもいいですか?」
言うと、返事を待たずに天城は歩を進める。
俺も断ることもせずその後に続いた。
駅とは逆方向に歩くこと10分ほど。
やってきたのは、神社だった。
境内には人の姿は見えず、風で木々が揺れる音だけが鳴り響いた。
「ねぇ、先輩」
境内を少し進んだところで、歩みを止める天城。
こちらに背中を向けたまま、呼びかけてくる。
俺も足を止めると、天城の次の言葉を待った。
少しの間。
そして、天城は振り返らないまま、言葉を放った。
「先輩、私のこと……好きなんですか?」
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