天城つぼみと、下駄箱レター
「今日はありがとね、虎ノ助」
サイン会が無事に終わり、俺と母さん、そして御倉は控室で休んでいた。
スタッフたちとの挨拶も終わり、彼らは会場設備の片付けをしてくれている。お疲れさまです。
「……助かりました。ありがとうございます」
御倉にもそんな風にお礼を言われた。
正直役に立てたかわからないが、感謝されるのは素直に嬉しい。
「……おふたりはご家族なんですよね?」
「そーそー。虎ノ助っていうのよ。旦那の名字が逢坂でさ、もう生まれる前からつける名前は決まってたの」
「……女の子だったら、大河?」
「正解!」
そんなやり取りをする2人。
「そういえば虎ノ助。あの娘知り合いだったの?」
「あの娘?」
「ほら、一番最初に並んでた女の子よ」
「ああ」
言われて、『げ』と驚いた顔をする後輩の顔を思い出す。
「同じ学校の生徒ってだけだよ」
「あー、たしかにあんたと同じ制服だったわね。なんだ、ガールフレンドだと思ったのに」
「はいはい」
スタッフエプロンを脱ぎ、できるだけキレイに畳んでテーブルの上に置く。
その代わりに椅子にかけていたブレザーを羽織る。
「んじゃ俺は先に帰るよ」
「あーい、おつかれん。領収書くれれば、帰りにご飯食べてっていいから」
「あいよ。御倉さんも、お疲れさまでした」
「……はい、逢坂さんも、お疲れさまでした」
まだやることが残っている2人を残し、俺は一足先にスタッフルームを後にした。
帰りはファミレスにでも寄っていこうか。
鞄の中に入っているサイン本を思い浮かべながら、そんなことを考えるのだった。
◇ ◆ ◇
翌日。
夜ふかしのせいで重たいまぶたをこすりながら学校に向かう。
いつものルーティンのように、下駄箱から上履きを取ろうとすると指先に上履き以外の感触。
「……?」
何かと思い覗き込んでみると、そこには二つ折りされた便箋が入っていた。
ひょっとしてラブレターだろうか。
そんな願望を込めながら取り出して便箋を開く。
『大事な話があります。放課後、屋上に来てください』
無地の便箋にシャーペンで書かれた、丸みを帯びた文字。
先程の願望が、現実に近づいた。
……しかし、
「……いったい、誰が」
俺に恋心をいだいているというのだろうか。
授業中もそれを考えていると、あっという間に放課後になっていた。
人気のない階段を登り、鉄でできた重たい扉を開く。
頬を撫でる風が、太陽の香りを運んできた。
屋上に足を踏み入れ、手紙の差し出し人を探す。
手紙の主らしき人物はすぐに見つけることができた。
「……げ」
そこにいたのは、昨日の女生徒。
屋上のフェンスに体重を預け、視線をこちらに向ける。
「げってなんですか、げって。失礼な」
ぷぅっと、わざとらしく頬をふくらませる後輩。
そんな仕草を見て可愛いと思ったが、昨日のやり取りの記憶がある以上警戒心が勝ってしまう。
「……なんの用だよ」
「そんなに警戒しないでくださいって、逢坂先輩♪」
「……なんで俺の名前」
「だって先輩、有名じゃないですか♪」
ニヤリと笑顔を浮かべる彼女。
その瞳の奥には、少し悪意が見え隠れしている気がした。
「……それで、なんの用だ?」
改めて問いかける。
鉄扉を閉め、彼女の方に近づくため歩を進めた。
「改めて、自己紹介しましょうか」
彼女もフェンスから身体を離し、今度は身体もこちらに向ける。
「1年の天城つぼみです。よろしくおねがいしますね♪」
先程のニヤリとした笑顔ではなく、とびっきりの笑顔を浮かべる後輩――天城。
「……2年の逢坂虎ノ助」
一応、俺も自己紹介を返す。
すると天城は、
「……で?」
笑顔を一転、こちらを睨みつける。
「先輩は、昨日なんであそこにいたんですか?」
「あそこ? ああ、アニメイ――」
「わぁ~~っ! その名前は出さないでください!」
俺の言葉を遮るように大声を出す天城。
「……どういうことだよ」
「あ~もう! 先に要件だけ言います!」
こほん、とわざとらしく咳払い。
「先輩、私がオタクだってことは誰にも言わないでください」
「……なんで?」
「そんなの決まってるじゃないですか! バレたくないからですってば! それくらい察してくださいよだから不良なんですよ!」
だから不良じゃないんだけどな。見た目以外。
「わかったわかった。言わないよ」
「約束ですよ? 噂広まったら毎日画鋲とデートすることになりますからね」
なにそれ怖い。
「それが要件です。順序逆になっちゃいましたが……結局先輩は、なんで昨日あそこにいたんですか? 先輩、あそこでアルバイトしてるんです?」
「いや、違う。サイン会を手伝ってただけだ」
「手伝い?」
小首をかしげる天城。
「……うちの母親がラノベの編集者でな。色々あってサイン会の手伝いに駆り出されたんだ」
「うぇ!? ラノベ編集者!? お母さんが!?」
「あ、ああ」
そんなに驚くようなことだろうか。
目をキラキラ輝かせる天城は、昨日の『私、あなたみたいな不良という人種が嫌いなので、二度と関わることはないでしょうけど』と告げてきた人間と同一人物とは思えない。
「……そっか……そういうことか……」
それで何か納得できたのか、天城はそんなことをつぶやいた。
「……なら……なおさら丁度いいのかな……先輩友達いなそうですし……うん。丁度いいですね!」
1人で自問自答して、解決したようにぱぁっと笑顔を浮かべる。
おい待て。何か失礼な言葉が聞こえたんだけど。
「何がだよ」
「先輩、1つお願いがあります」
そう言って彼女は手を合わせ、ウィンクを飛ばしてくるのであった。
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