天城つぼみと、喫茶店


 学校からだいぶ離れた場所にある喫茶店、『トワイライト』。

 ガラス製の扉を開けると、からんからんと小気味のいい音が鳴った。


「あ、先輩! こっちです!」


 先に店に入っていた天城が、手を振って呼んでくれる。

『一緒に歩きたくないです』という理由で別々に学校を出て、天城指定のこの店までやってきたのだが、申し訳なさは微塵も感じない。


 そもそも学校近くや繁華街だと知り合いにバレそうだからという理由で、こんなに離れた住宅街にある店まで来てるんだ。感謝してほしいものである。


「悪い、待たせたな」

「ほんとですよー。こういう時、男の子は先に来て待ってないと。だからモテないんですよ」


 いやそもそも先に学校でたのお前だし。少し待ってから来いって指定したのもお前だし。

 社交辞令で挨拶したのにひどい仕打ちである。


「そんで? こんな遠い場所まで呼び出して、なんの話がしたいんだよ?」


 店内は少し昭和の匂いを感じる、落ち着いた雰囲気。

 席数はテーブル2つのカウンター4つと、決して広くはないが1つ1つの座席に余裕のある空間は用意されており、ゆったりできそうだった。


 うん。いい喫茶店だ。


 天城の対面に座り、メニュー表を手に取ると視線を走らせながら天城に問いかける。

 メニュー表には「焼きそば」「オムライス」「ナポリタン」など。

 うーん、いいね。


「すみません。ナポリタンと、アイスティーください」

「あ、アイスティー2つ!」


 俺が喫茶店のマスターである白髪のおじいさんに注文すると、すかさず天城も注文を入れた。

 なんか俺が支払いする未来が見えるんだけど。大丈夫かな。


「そんで? 何を話したいんだ?」


 注文で流れてしまったので再度問いかける。

 天城は「まぁまぁ」と言いながら、すでに頼んでいた1杯目のアイスティーを勢いよく飲み干した。


「先輩に見てもらいたいものがあるんですよねー」


 言って天城は鞄をゴソゴソとあさり始めた。


「ここ、知り合いが誰も来ないからちょうどいいんですよね」


 と言いながら鞄から取り出したのは、小型のパソコンのような機械。

 デジタルメモだろうか。たしかポメラだっけ?


 カタカタとそれをいじったあと、くるりと画面をこちらに向ける。


「先輩。何も言わずにこれを読んで欲しいです」


 画面には文字の羅列が表示されていた。

 これは……小説?


「……わかった」


 それ以上何も言わずにポメラを受け取ると、その文字の集合を読み始める。


 冒頭には『タイトル:マジラブ☆学園センセーション!』と書かれていた。

 え、なにこのつまらなそうなタイトル。


「……なあ、これ読まなきゃだめか?」

「ダメです♪」


 笑顔で拒否られたので仕方なく視線を動かすことにした。


 ◇ ◆ ◇


「…………ふぅ」


 20000文字程度の文章を読み終え、やりきった満足感を噛み締めながら、ん~っと体を伸ばす。


 いつの間にやら運ばれてきたナポリタンは、なぜか4分の3以上が消えてしまっている。

 ピーマンと玉ねぎと僅かな麺。ソーセージはどこにもない。


「読み終わりました?」

「……ああ。口元、ケチャップ付いてるぞ」

「げ、やば」


 慌てておしぼりで口周りを拭く天城。ナポリタンの犯人は爆速で検挙されたのであった。


 身だしなみを整えている間に、残ったナポリタンを食べる。

 昔ながらのケチャップの味がとても美味しい。


「ふぅ……。それで先輩、読んでくれたんですよね?」

「ああ、読んだ」

「全部です?」

「……今渡されたのは全部読んだはず」

「おお、早いですね」


 常日頃からライトノベル読んでるしな。


「で、どうでした?」

「……ぶっちゃけていいのか?」

「はい!」


 直接は聞いていないが、おそらくこれは天城の書いたものなんだろう。

 それに対して、直接的な評価をしてもいいのか悩む。

 いや、いいのか。こいつ相手にオブラートに包む必要ないわ。


「つまらん」

「がーん!」


 よよよ、とわざとらしくショックをウケた仕草をする天城。

 何その演技。リアルでやられるとイラッとするんだけど。


 そんな仕草をしているうちに、ちゃんと感想を言えるように、今読んだ小説を頭の中で反芻してみることにした。


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