天城つぼみと、外堀


 桐生に絡まれた日の夜。

 自室でライトノベルを読んでいると、スマホが小刻みに振動する。


 その振動数から着信だと思い、少し億劫になりながらもスマホに手を伸ばす。

 どうせ母さんだろう。今日は遅くなるとかそういう要件のはずだ。


 そう思い画面を見ると、「あまき」の文字。

 天城……?


 応答ボタンを押し、電話に出る。


『……もしもし』


「おう。どうした? 電話なんて」


『あー、いえ。私もしたくてしてるわけじゃないんですけどね』


「じゃあしてくるなよ。切るぞ?」


『あー、待って待って! 切らないでくださいよバカ!」


 なんでこいつはこう喧嘩腰なんだ?

 なに? 新手のツンデレ? いやデレてないから違うか。


『……先輩、今日なにかありました?』


 言われて、桐生のことを思い出す。

 もしくは桐生と天城が喋っているのを聞いたことがバレたとか?


「なにも。普通にボッチ生活だったよ」


 が、余計な情報になるかもしれないので、一度すっとぼけることに。


『桐生君に、なにか言われませんでしたか?』


 予想通りその内容だったか。


「……ちょっとな。でも変なことじゃない」


『……そう、ですか……ホントですか?』


「神にでも何にでも誓ってやるよ」


 事実、変なことは言われてないのだ。

 こちらも変なことを言ってないし。


『ならいいです』


 そう言うものの、天城はどことなく元気がない。

 今日桐生に言われたことを気にしているとかだろうか?


「……どうした? 何かあったか?」


 おせっかいだとは重々理解しつつ、問いかける。


『…………』


 天城は答えず、電話口で少し無言に。

 何かを考えているのか、言葉を選んでいるのか。

 それはわからないが、少なくとも拒否ではなさそうだ。


『……今、私に対するヘイトは、鎮火してきました』


 少しして、天城が口を開く。

 ヘイトとはもちろん今回の件。

 俺が天城に手を出した~とか言う噂のことだろう。


「よかったじゃないか」


 少し距離を置いたことが功を奏したのかもしれない。


『……よく、ないんですよ』


「どういうことだよ?」


『私へのヘイトが収まったのは、とある男子が……隠してもしょうがないか、桐生君が色々動いたからってなってます』


「動いた?」


『はい。先輩に対して、「天城に手を出すな~」って文句を言ったとか、私のことを慰めたとか。そんな根も葉もない噂が、1年には流れてます』


「……少なくとも、前者の方は事実だぞ。言われたし」


『……それ、先輩と喧嘩して勝ったとか、先輩が土下座しながら謝ったとか、先輩が天城は桐生のものだって言ったとか、そういうのが事実としてありますか?』


「……ねぇな」


 本当に根も葉もない噂になっていた。


『私も、桐生君に慰められた記憶はないです。ともかくそんな感じで外堀が埋められてるんですよ』


「外堀?」


『私が、桐生君と付き合う流れになってるんです。1年生全体の雰囲気が。……あ、もちろん上位カースト達の中で、だけですけど』


 なんとなく想像はつくな。

 上位カーストの奴らはそういうの好きそうだし。


「……それで? どうすればいいんだ、俺は」


『や、別にどうもしなくていいです。報告したかっただけなので。……あ! もしかして嫉妬してますか? 私が桐生君に取られるんじゃないかって!』


「もともと天城は俺のじゃないだろ。取られるもなにもあったものか」


『まあそうですね。嫉妬してくれてもいいんですけど、私は』


「しねえよ」


『ざ~んねん。……ともかく、そういう流れになってます。私が言いたかったのは……その、今回の件、先輩に全てのヘイトが集まってしまうんじゃないかって、そう思ってるんですよ』


「いいさ、そんくらい。慣れたもんだ」


『慣れないでくださいよそれに。……だから、一言謝りたくて。ごめんなさい、先輩』


「いいよ。天城の学校生活が元に戻るなら、それで」


『……元には戻れなさそうですけどね。ともかく、それを言いたかったんです。では先輩、おやすみなさい』


「おう、おやすみ」


 通話が切れる。

 スマホを枕元に放り投げ、ラノベを手にとって読書を再会した。


 ……けど、活字は俺の頭に全然入らなくて、気づけば同じページを何度も読み直してしまっていた。

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