天城つぼみと、ごめんなさい


「……どういうつもりですか?」


 冷たい声色が、あたりに響いた。


 放課後の屋上。

 少しずつ赤みがかってきた空をバックに、俺と天城つぼみは向かい合っていた。


「こんなものまで靴箱にいれちゃって」


 天城の手には、俺が今朝早起きして入れておいた封筒。

 中身は、


『大事な話があります。放課後、屋上に来てください』


 と書いた便箋が入っている。


 以前、天城にやられた手法をそのまま利用させてもらった。



「もう関わりたくないんですけど」


 最初に中庭で会ったときのような、俺を拒絶するような態度、声、目。

 ここ数日で見せた彼女と、どちらが本当の彼女なのかと混乱してしまいそうだ。


「……天城」


 そんな態度に少しビビりつつ、とりあえず要件だけは片付けようと、自分の鞄を漁る。

 中から取り出したのは黒色のビニール袋。


「これ、お前のだろ」


 取り出した袋を差し出す。

 天城は怪訝な顔をしながらもそれを受け取り、中身を確認する。



「……これって……」


「昨日、店に忘れた本だ」


 天城が取り乱した原因となった忘れ物。

 購入した特典付きのライトノベルが3冊入った袋だった。


「一応、中身は無事なのを確認してるが」


「……新しく買ってきたってことですか?」


「ちげえって。お前、ジュンク堂のベンチに置きっぱなしにしてたんだよ」


 昨日の夜、俺たちが立ち寄った各店舗に電話をかけて落とし物について聞いたところ、幸運なことに店側に届けられていたことがわかった。


 今日の昼休みと、少しだけ五限目を犠牲にして取りに言ったのだが、中身もきちんと無事だった。

 この世の中も捨てたもんじゃないらしい。


「…………」


 ビニール袋から本を取り出すと、パラパラとページを捲る。

 その中からひらりと一枚の白い紙が舞い落ちた。



「……ぷっ……あはははは!」



 天城はそれを拾い上げ、目を通すと笑い声を上げた。


「なんで笑うんだよ。変なもんでも入ってたか」


「い、いえいえ。そんなことないです! 正真正銘、私が買った本たちだなって! それで笑ってたんです!」


 それならなんでなんで笑うんだよ。


「まさか先輩、探してくれたんですか?」


「……まぁ、一応。先輩だしな」


「なんですかその先輩論。だから慕ってくれる後輩がいないんですよ」


 ひどい話である。まあ事実なんだが。


「でもなんでわかったんだ? それが天城のだって」


「レシートですよ。私が買った時間のものでしたし、それでわかったんです」


 さっきの紙はレシートだったのか。


「後輩のために落とし物を探す不良なんて、聞いたことがないです」


「もう一回訂正しとくが、俺は不良じゃないぞ」


「はいはい。そいうことにしときます♪」


 本当にそういうことにしておくか怪しい笑みを浮かべる天城。




 そして彼女は、深々と頭を下げた。




「ごめんなさい、先輩。昨日は、変な姿を見せちゃって」


「……いや、いいよ」


 確かに昨日の天城は変だった。

 だが、それについて深く聞こうなんて野暮な真似はしない。


 俺にだって、聞かれたくないことの1つや2つはあるし。

 本棚にある隠し収納スペースの話とか。


「最近、ちょっとイライラすることもあって、それも一緒に爆発しちゃったみたいで、変にヒスっちゃって、ホントごめんなさい」


 ヒスっちゃうとは、「ヒステリックになっちゃって」という意味であってるよな?

 これは女子高生用語なのか、オタク用語なのかどっちだ? いや後者か。


「いいって。これで関係解消ってんなら、それでもいいさ」


 あくまで彼女の判断に任せるというスタンスを見せる。


「いえ、これからも先輩は私の下僕ってことで」


「まて、これまでもこれからも下僕になった覚えはないんだが」


「あれ? 奴隷でしたっけ? それとも使い魔? まあなんでもいいじゃないですか♪」


 よくはない。


「これからも、私が作家になるために協力してくださいってことで」


「……それなら、まあ」


「なんですかその煮え切らない答えは。だから童貞なんですよ先輩は」


「ど、どどど、童貞ちゃうわ!」


「……うわ、キモ」


「普通に引くのやめてもらっていいですかね」


『協力してください』か……。

 今までの奇妙な関係からは、少し進展した受け取って良いのだろうか。


「まあ、今回はなんか迷惑かけちゃいましたし……」


 そう言って天城はスマホを取り出し、指を素早く動かす。

 なんだ? 仲間をここに呼んで俺を私刑にしようとでも?


「……先輩、明日暇ですよね? 土曜日ですけど」


「残念ながら暇だな」


「そう思うなら予定作れるように努力してくださいよ」


 ごもっとも。

 しかし予定を入れるというのはなかなかにハードルの高い行動でして。


「それで? お察しの通り暇だけど」


 書いたラノベを読んでほしいとか、そういう話しだろうか。

 



「昨日のお詫びとお礼に……明日、この私がデートしてあげますよ♪」




 そんな俺の予想を裏切るようなことを、彼女は言い放ったのだった。

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