御倉楽音と、本音


 水族館を出ると、すでに日は落ちていた。

 微妙な空気感のまま、俺たちは駅の方へと向かう。


「…………」


 御倉は何も喋らなかった。

 それにつられるように、俺も何も話すことができない。


 そのまま、サンシャイン通りを抜け駅にたどり着く。

 俺と御倉は路線が違うため、ここで別れることになるのか。


「……先輩」


 改札前で別れの挨拶を切り出そうとした時、先に御倉が声をかけてきた。


「……もう少しだけ、付き合っていただいても……いいでしょうか?」


 そんな提案。

 昨日の天城も同じようなことを言っていたなぁと思い出しながらも、御倉の提案にこくりと頷いた。


 ◇ ◆ ◇


 池袋西口にある公園。

 有名な作品のタイトルにもなったことのあるそこは、夜だというのに人の姿がかなりあった。


 先導する御倉についていくように、噴水の横を通る。


 タイミング良く凪いだ夜風が、御倉の黒髪をふっと撫でる。

 風に揺れる彼女の髪は、さらさらとしてきれいだった。


 そうして彼女が向かった先は、木陰にあるベンチ。


 彼女が座ったのを確認してから、俺も隣に座る。

 そして、俺は彼女の次の言葉を待った。


「…………」


 ゆっくりと時間が過ぎていく。

 別にこういった時間が嫌いではないが、流石に今は、少しばかり空気が重い。


 しかし、この空気を打破する術を、俺は持ち合わせていないのである。

 彼女の言葉を待つことしか出来ない。


「……先輩は」


 ようやく彼女が口を開いてくれた。


「自分勝手じゃ……ない」


 彼女の口から発せられたのは、先程の水族館でのやり取りに関するもの。

 さっきも聞いた、彼女の答え。


「……御倉……」


 彼女の気持ちは嬉しい。

 けどこれは、この問題は俺がどう思うかであって。


 俺が俺自身を許せていない内は、どうにもなるものじゃない。


 彼女が何を求めているのか。

 どうすれば彼女の求める回答を、この口から紡ぎ出せるのか。


 頭をフル回転させながら、その言葉を探す。


「……いいけん。そない無理せんでも」


 逡巡していると、それを見越しているかのように御倉が言葉を続ける。

 ……彼女の隠していた、方言で。


「先輩にとって、その過去は大事なものなんやろ? なら、ウチがどうこう言う問題じゃなか」


「…………」


「けどね? 1つだけ、覚えておいてほしい。ウチは先輩と出会えてよかったと思っちょるし、これからも先輩とはお付き合いしたいと思ってるんよ?」


 言って、御倉はすぐに顔を真赤にする。


「あ! お付き合いってあれよ? 男女の~とか、恋人~とかじゃなくて! お友達として、ってことじゃけん!」


 彼女の、様々な地方の言葉が混ざった独特の方言。

 その言葉遣いに、先程まで張り詰めていた空気が、一気に緩んでいく。


「……だからね? 先輩。1つだけ、覚えておいてほしい」


「……なんだ?」


「先輩は、たしかにヒーローじゃないかもやけど……それでも、その行動に救われた人もいると思う! ウチもそうじゃし、たぶん、他にも!」


「…………」


「だからね、先輩。先輩の行動は自分勝手じゃないけん! それに……少なくとも、ウチはいなくなったり、せぇへんから!」


「……覚えておくの、2つあったな」


「あ……あはは。たしかに!」


 にっこりと笑う御倉。

 さきほどまでの、仮面をかぶった彼女の笑顔もきれいだったが、今の笑顔は、年相応の可愛らしいものだった。


 ひとしきり笑ったあと、コホンと咳払い。

 そして、


「……行きましょうか、先輩」


 再び仮面をかぶった御倉に戻ると、ゆっくりと立ち上がる。


「……方言でもいいんだぞ?」


「……恥ずかしい、ので」


 頬をほんのり赤く染めながら、彼女はゆっくりと背を向け、駅の方に向かっていった。



 翌日。月曜日。

 学校に行くと、周囲の視線がいつもと違った。


 普段は腫れ物を扱うように、関わらなかったはずなのに。

 今日は視線を注ぎ、そして何かをヒソヒソと話している。


 その言葉に耳を傾けると……


「……っ!」


 頭の片隅に想定はしていた、最悪の事態。


(1年の天城が、タイガーに食われたらしい)

(無理やり襲って、女にしてるんでしょ?)

(ついに校内の女に手を出したか……しかも新入生)



 俺は、また失敗してしまったのだろうか?





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