第48話 経験者として

「あーーーーーーー……疲れた……」


 俺は配信を終わらせ深く伸びをすると、思わずそう呟く。


 時刻は深夜26時。DLQ初日の終了時刻。


 お祭りと聞いて参加した筈が、気づけば到底お祭りとは言えない事態の連続に、俺はDM杯とはまた違う疲労を感じてしまっていた。


「こんなことになるなら、もっと予習をしておくべきだったか……」


 それでもAOBに通ずる部分はあったお陰で悲惨とまでにはならなかったが、何か役に立てたかと言えばほぼ皆無に等しい。


「というか、もしヒデオンさんチームとの攻防で負けていたら、今頃色んな意味で終わってたやろな……」


 因みにあの後、両リーダーの間で話し合いの場が設けられた。


 そこでは互いが互いに主張を譲らず熾烈を極めるものがあったが――最終的に着地点となったのは、対等な形での同盟関係。


 内容としてはファーム中、そしてレイドが解禁されてもお互いに攻撃しない、別チームから攻撃を受けた場合は状況次第でフォローに入る。


 そして後は、別チームとの同盟もお互いに結んではいけないというもの。


 まあ要するに、ここで揉めるのは一旦止めて協力しましょうや、ということ。


「……とはいえ」


 俺はWaveにあるDLQの全体チャットを見ながらポツリと溢す。


 一見すると俺達はよくやったと、よくもまあ対等な同盟まで持っていくことが出来たと、手放しで喜んでも良いように思える――


 が。


【DLQ EDGE 初日終了時点での順位表】


1位 チームFonia 3258リエル

2位 チームKey   2330リエル

3位 チームヒデオン  2171リエル

4位 チーム湊斗    2013リエル

5位 チームしろかふか  947リエル


 リエル数で見ると、実際はかなり厳しい船出であることが如実に出ている。


 リエルは基本的に自然湧きしている木箱等を壊すことで得られる、武器製造に必要な金属類と一緒に一定確率で手に入る仕組みなのだが、つまるところきちんとファームが出来ていないと沢山稼ぐことは出来ない。


 一応艦艇や石油プラットフォームといったボスを周回出来ればより効率的にリエルを稼ぐことも出来るが――取り合いになることは必至。


 何なら一度ボスを倒すと沸き直すまでに数十分のラグがあるので、後者ばかりに力を入れるのはあまり得策とは言えない。


「となれば前者に力を入れるしかないが、俺達がまともにファームを出来たのはヒデオンさんチームとの戦闘の後……」


 だからこそ、俺達は現状最下位となってしまっていた。


 その点ヒデオンさんチームは俺達との戦闘はあったものの、武器は奪われてもリエルまで奪われた訳ではない。何なら基本4人で行動していた所を見る限り、残り1人は終始ファームや建築に徹していたと見ていいだろう。


 つまり、五分に持っていったように見えて本当は五分ではない。

 考えてもみれば、ロケランも結局奪い返せていないし。


「正直な話、いつでも俺達は裏切られてもおかしくはない――」


 おまけにこの順位が発表されたことで、我らがしろかふかKFKチームが現状1番弱いという事実も知れ渡ってしまった。


 つまり2日目以降は、増々追い込まれると考えていい。


「流石に始まる前に、方針をしっかり固める必要はあるか――――と」


 そう1人椅子に背を預けながら考えていると、Waveを通して菅沼まりんから連絡が来ていることに気づき、俺は通話をオンにする。


「お疲れ、配信はしてない」

『お疲れ様です……私もしてないです』


 そして段々と板に付いてきた定型句を互いに交わすが――明らかに疲労の色が隠せていない返事が彼女から帰ってきた。


「流石に疲れてそうだな」

『いきなり最終日みたいな戦闘をやらされたらそりゃ疲れますよ』


「だがヒデオンさんチームとの戦闘の時は本当に助かった。菅――神保さんのSRが無かったら今頃どうなっていたことか」


『いや……正直何でぶっつけ本番で当たったのか分からないレベルですよ、マジな話EDGEのSRなんて詳しくないですからね』


 それは全くその通りだ。


 幾ら同じ種類の武器といっても、当然ゲームが違えば偏差やリコイル制御というのは微妙に変わってくる。


 にも関わらずあれだけのフィジカルを発揮出来たのは間違いなく彼女の才能だが――その分負担があったのは想像に難くない。


 そりゃ疲れるのも致し方ないというもの。だがそれでもSRを使うと名乗り出てくれたことには本当に感謝しかない。


『まあ大分神経はすり減らしましたけど――それで五月蠅かった配信が少しは大人しくなったなら、まあいいかとは思ってます』


「ん……――やっぱり配信は荒れていたのか」


『結構色々言われましたよ、何やってんだだの、何でアレをしないだの、コレをしろだの――お気持ちから指示厨まで大量に沸いてました』


「そりゃ……リスナーが増えればそうなるものかもしれないが」


『ましてやイベントですしね。崎山さんも経験済みかと思いますが、普段の配信を見に来ない視聴者が大量に押し寄せると大体こうなります』


 その人の配信を普段は見ない視聴者が苦言を呈し、それに対しファンが怒ることでコメント欄が喧嘩になるのは、よくある荒れ方と言っていい。


 まあその荒れ方をするということはある種人気配信者になった証とも言えなくはないが――それで喜ぶ配信者などいる訳はないだろう。


『のめり込んでくれるのは良いことですけど、配信者を傷つけたり嫌な思いにさせるのは話が違いますからねえ……』


「まあな――だが、神保さんは結構リスナーと殴り合いをするよな」


『え? ああ、私はしますね。プロレスとしてもしますけど、自分でも沸点が低い自覚はあるので、割と普通に炊く時は炊きます』


「配信者としてはそれが正解だったりするから何とも言えない話だな……」


『いや、結局反省することも多いので、何だかなと悩むことはありますけどね――ただ殴る時は殴られる覚悟は常に持ち合わせていますが』


 そうは言っても殴ってくる視聴者は大抵殴られるは覚悟はないもので、大体は当て逃げされて終わることが殆どな気はする。


 しかも神保であれば尚の事煽られるだろうし――ならば当然悩みもするだろう。


(人気者である以上、一生付き合ってく問題なのかもしれないが……)


 そう思うと、ふとこんな言葉が漏れてしまう。


「――KFKも淡路さんも、色々言われながらやってたんだろうな」


『しおーりのリスナーは調教されているのでそんなだと思いますけど、かっさんはリーダーですし全然あったでしょうね』


 何だか凄まじいワードが聞こえたたが気にしないフリをしていると、神保は『でもそれよりも』と前置きをするとこう続けた。


『私が本当にヤバいと思ってるのは、神吉さんだと思ってますケド』

「あー……」


 彼女から挙げられたその名前に、俺は思わず納得した声を上げてしまう。

 それは……全く以てそうだ。寧ろ何故最初に出てこなかったのかというぐらいに。


『配信外なので濁さず言いますが、彼女の配信は間違いなく荒れた筈です。無名の下手糞が出しゃばるな、と言われていても何ら不思議ではないかと』


「――だが、最後のゾンビアタックで多少は挽回出来たんじゃないのか?」


『その瞬間はそうでしょうけど……――でも初日のリエル数が最下位なのを見て怒りが再燃してそうな気もしますけどね』


「…………」


 彼女がDM杯の俺のように誹謗中傷を浴びながらプレイしていたのだと思うと、流石に得も言えない気分になってくる。


 だが俺も同じ立場であったからこそ分かるが、当人は決してふざけているつもりはないのだ。


 自分は駄目だと思っているからこそ、がむしゃらに足掻いているだけ。


 しかも神吉めるの場合はこのチャンスを掴みたいという思いもある――だがそれが余計に焦りとなって空転しているのは明白。


(ただそれが視聴者に伝わっているかと言えば、ほぼ無いと言っていい)


 何故ならこれもまた俺が経験しているからだが、彼女の配信にいる殆どの視聴者は、彼女のファンはではないから。


 自分が推している配信者がいるチームにいた異物が起こした行動に、腹を立て文句を言いに行っている人がいるだけでは、当然そんな心情は伝わらない。


 ならば、神吉めるは自力でそれを行動で示すしかない?


 ――否。


「……やっぱり俺に、チームとして出来ることはないんだろうか」


『ううん……でも恐らく明日は挽回する為にやることが沢山ある筈なので、出来るとしても安牌を取って貰う為のフォローぐらいしか……』


「それは――」


 確かにそうだ。実際チームが一杯一杯の状況で、彼女を神輿に担いでどうこうというのは中々難しい話ではある。


 なら、このまま彼女を当たり障りのない方向へ持っていくことが正解か。


(……いや、違うだろう。俺はDM杯でそんなことをして貰った覚えはない)




 神吉めるには神吉めるなりの、道の切り開き方がきっとある筈だ。

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