第17話 悪夢再来、しかし……?

『ま~じかぁ……いや、ナイストライやな』

『流石にこれは――ちょっと堪えるものがあるね』

『ここは何としても勝ちたかったです……』


『…………』


 スクリム2日目。


 今日はチームC、E、Gの3チームと試合をしたが、結果から言えば3戦全敗という、あまりに厳しいものとなった。


 つまりこれで5戦5敗。何ならここまで1勝も出来ていないのは俺達のチームだけとなり、最悪のスクリム全敗まで視野に入り始める。


(……逆転でOTオーバータイムまで持ち込んだのに負けたのは相当キツいな)


 最後のチームGとは初戦を12-15で落としたものの、続く第2試合を15―8で勝利し、一気に流れに掴んだかと思えた。


 しかし最終試合で劣勢からOTに持ち込んだにも関わらず、17-19で敗北。


 風向きが変わる絶好のチャンスを逃してしまったことで、チームに流れる空気は少し重くなってしまっていた。


(……取り敢えず、俺の配信は切るか)


 お前が、お前のせいで、と荒れ放題の配信など付けていても意味はない。


 そもそも教わったことを最大限活かしたいなら、気が散ってしまう配信など最初からしない方が良かったかもしれないが――


『……Gissy君』

「はい――何でしょうヒデオンさん」


 そんなことを思っていると、俺はヒデオンさんに声を掛けられる。


 それはやけに神妙な声だった為、幾ら場の空気を重んじるヒデオンさんでも確実に怒るだろうなと覚悟したのだが。


 彼は小気味よい金属音の後に煙草の煙を吐くと、こう言うのだった。


『めっちゃ良かったやないか! 急にどないしたんや!』


「え? あ、えっと」


『まずエントリーしてからの立ち回りがかなりよぉなったな。ちゃんと死なんでいてくれるから俺らのエリア侵入もスムーズやったし、スキルも効果的に使えた』


「そ、そうですね、そこはアオ――」


『カバーの意識も、誰を優先して落とすかもちゃんと考えられとったし――後はコールやな、最前線の情報を漏らさず伝えてくれるから素早い対応も出来た』


「あ、ありがとうございます……」


『特に1on1の状況で慌てず、アオちゃんの戻りを待った所は文句なしや。あれはシルバーに出来る動きやないで、いつの間にこんなもん――』


『ぼくがぎしーさんを育てました! ヒデオンさん!』

『あ! ちょ、アオせんぱ――』


『ほぉー、それはええこっちゃな。チームで勝つという意識が芽生えてきた何よりの証拠や、おじさん嬉しいで!』


「……あの、ヒデオンさん?」

『ん? なんや?』


「いや――その、それでも俺のミスは多かったと思うのですが」


 実際アオちゃんや刄田いつきからマクロを教わったお陰で試合らしくはなったが、所詮は定石を少し出来るようになったに過ぎない。


 もっと臨機応変に、状況に応じて使いこなせなければ勝ち切れはしないのだ。

 事実、刄田いつきの指示に全て対応出来たかと言えば到底言えない。


 にも関わらず、お世辞でも褒められるのは申し訳ないと思っていると――


『何いうてんのや、頑張ってる人間を叱責する意味なんてあるんか?』

「え?」


『無論意見を言うのは結構。やけど頑張る人間を責めてもそんなもん不毛やろ、成長を阻害する以外に何のメリットもあらへん』


「それは……その通りだと思います」


『確かにここをもっとこうすれば――という点はある。せやけどそれは俺含め全員に言えることや。ただ、それを踏まえても今日の3試合はGissy君が一番成長しとった、やったらまずはGissy君を褒めるべきとちゃうんか?』


「あ――……」


 ヒデオンさんは、元プロだ。

 勝利だけを追い求める世界で、酸いも甘いも噛み分けたに違いない。

 俺達が今感じていることも、遙か昔に経験している筈。


『『『「…………」』』』


 だからこそ、そんな男が告げる言葉はあまりに重く、俺達は何も言えずにいたのだが――同時にあれだけ威勢の良かったコメント欄も若干大人しくなる。


(そりゃあ、こんな厳つい元プロに『全て知った気になって叩くな』と言われれば、アンチも尻込みするだろう)


 それを直接的に言わない所は、流石大御所だなとも思うが。

 だがまあ、そういうことならば。


「――ありがとうございますヒデオンさん。素直に嬉しいです」

『おう、褒めるのはタダや、幾らでも貰っとけばええ』


『あの、お話の途中悪いんですけど』

『うん?』


 すると、そこまで黙って話を聞いていた刄田いつきが、タイミングを計ったかのようにすっと話に入ってくる。


『あたしも今日のスクリムは実りがあったと思います。皆昨日より声が出てましたし、座学が刺さった場面も多かった、ただ――』


 と、刄田いつきは少し言い淀む感じを見せたが、思い直したかのようにこう言うのだった。


『今の調子で本番に望んでも、恐らく優勝は無理です』


『い、いっちゃん! その言い方はどうかと思うよ!』

『ふうん? 中々厳しいことを言うね』


『成長を否定してる訳じゃないんです。そこはGissyさんに限らず全員がポジティブに捉えるべき点なのは事実――』


 ヒデオンさんの華麗なアシストで淀んでいた空気が良くなったにも関わらず、意外にも刄田いつきがそれに待ったをかける。


 しかし彼女の声は至って真剣だった。


『ですが、真面目にヒデオンさんの目から見てですけど、あたし達の優勝確率ってどれくらいだと思います?』


『ん? ――……予選通過なら五分よりちょい下ってとこやが、仮に勝ち上がっても【チームD】と当たった時点でほぼ100パー負けやろな』


『……やっぱりDですか』

「……」


 チームDといえば、あの菅沼まりんがいるチーム。


 俺達も初日に試合をしたが一番力の差を感じたのは彼らであり、事実スクリム2日目を終えた時点で唯一の全勝をしている。


 SNSではパワーバランスがおかしいと炎上しかける程の力差で、正直俺達が2-15で負けた時は心が折れそうになった。


『つってもDはケイ君がおるからなぁ。あいつはホンマFPSの理解度が昔から優れとる――確か今回も1番手でIGLやろ?』


 ケイ君とはヒデオンさんのプロ時代のチームメイトである。


 正式名称はKey。Deep Maverick、LIBERTAと並ぶ人気事務所、Team Quest所属ストリーマーで、ゲーム配信者と言えば真っ先に名前が上がるのが彼。


 Space登録者数ももうすぐ100万人で、名実共に超人気ストリーマー。

 因みにDM杯も過去4回全て出場し、内2回は優勝、1回は準優勝という実績。


 おまけに唯一の4位だった大会も病み上がりでの出場だったらしく、カジュアル大会ではチート級の【優勝請負人】と呼ばれている。


『あやつが入るとどんな即席チームでも洗練されるからな。それでいてチームの雰囲気も良い、IGLだけで言えば未だにプロ級や』


『ですが、あたし達はそのKeyさんに勝たないといけないんです』

『――勿論優勝を諦める気なんてあらへんが、何か考えはあるんか?』


『一つは当たり前ですがスクリム外での練習を増やします。ただ各々予定もあるので常に全員が集まって、というのは現実的じゃないかと』


『まあ練習量は多ければ多いほどええのは当然やな、他には?』


『もう一つは……可能性の話でしかないので言うべきか迷ったんですけど――まずGissyさんに確認したいことがあって』


「ん? 俺?」

『はい。あの――Gissyさんってハイセンシですよね』


『あ、それぼくもAOBの時から思ってました、感度高いなって』

『まあエイムは上手いからアレだけど、それでもかなりハイセンシだよね』


 センシ感度とは簡単に言えばマウスを動かした時にゲーム内で視点がどれだけ動くかという意味である。


 高いと少しの動作で視点移動が出来るがエイムやリコイル操作が難しくなり、低いとそれが逆なる、これをハイセンシとローセンシと呼ぶ。


 そして基本的にはその中間のミドルかローセンシにする人が多い……というのを俺は最近スタペの攻略サイトを見て知ったばかりだった。


 ただそういう設定があるのを知らなかった訳ではなく、俺はあまり理解しないまま少ない面積で動かせるよう高めに設定していたのだ。


「まあそうだな、皆の言う通りだ」

『それってハイセンシがやりやすいからですか?』

「いや、別にそういう訳でもないというか――」


『…………あの、もし今からあたしが言う事が違っていたら謝ります。でももし合っていたら今すぐにやって欲しいことがあってですね』


「……?」


 何だか妙に物々しい雰囲気に俺は思わず息を呑む。

 だが、刄田いつきから出た言葉は、少し驚くようなものだった。


『もしかしてですけど……Gissyさんって学習机で、しかもパソコンを一式で買った時に付いてくるキーマウキーボードとマウスでやってないですか?』


「え、凄いな、何で分かったんだ?」


『は!? 限界環境なんか!?』

『げ、限界環境だったんですか!?』

『限界環境でしてたの!?』


「へっ? えっ?」


 すると。

 そんな俺以上に動揺した声を上げたチーム一同に、俺は困惑してしまう。


 え? いや……それってそんなまずいことなのか……?

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