第16話 暴露系ストリーマー

「んっ――――やっば、寝すぎた」


 あたしはベッドで寝転んだまま時刻を確認すると、いつの間にか18時を過ぎていた事実に飛び起きる。


「何時に寝たっけ……9時ぐらい? あー……マジで終わってるわ」


 最近、昼夜逆転が日に日に酷くなってきてる。

 まあそれもこれも、DM杯が近いから以外にはないけど……。


「えーと、今日は21時からスクリムか……3チームと試合するし、流れを変える為にもまずは1勝もぎ取りたいけど――」


 けど、炎上の一件で頼みにくかったのと、それなら自分でやった方がいいという変な責任感のせいで、コーチを入れなかったのが大分負担になっている。


「IGLだけならまだしも、コーチも兼任なのはマジキツいんだよね……」


 プレイヤーである以上客観的に試合を見れないから上手く修正が出来ない。

 そのせいで何度Gissyさんを混乱させたか。


「でも言い訳してる暇なんてない、その為に徹夜で研究したんだし」


 それがあたしのロール役割なんだから。


「ええと、まずGissyさんにはエリアを広げる動きと……後はウルトがある時のモクコールとエントリーしてからの……いや、それよりまずはミクロ面の――」


 起きたばっかりなのに、頭の中は既にスタペのことで一杯。

 少し前まで、スタペに触れることすら億劫になっていたのに。


 そんな自分に少し呆れつつも、あたしは机に放置されたペットボトルの水をぐっと飲み干すと、配達アプリで朝食(夕食?)を注文する。


「この世界にGissyさんを誘った以上、責任は最後まで取らないと――」


 そう呟きながらPCを立ち上げると、あたしはSpaceとWaveを開いた。

 んだけど。


「…………こいつ」


 Spaceのオススメ欄に上がった1人の配信者の名に、自分でも分かるぐらい強く眉間に皺が寄った。


Crudeクルード――」


 彼は元LIBERTAストリーマー部門所属で今は無所属の配信者。

 と言っても、無所属自体は然程珍しい話でもない。


 問題なのは、何故Crudeが無所属になったのか。


「度重なるトキシック暴言やバッドマナーに内情暴露、クビになって当然なんだけど」


 言うなれば、この男は炎上&暴露系ストリーマー。


 けどCrudeはこのスタイルを無所属になってからも続けた結果、配信者に忖度しないという理由で一部の視聴者から支持されている。


 故に同接は平均3000人超え、配信者界隈じゃ中堅ぐらいはある。


「とはいえ――ここまで増えたのはあたしのお陰だけど」


 そう。


 実はエンペラー事件を明るみにしたのは他ならぬこの男。

 ただ、最初彼から告発された時は何かの冗談かと思った。


 何故ならCrudeみたいな腫れ物がVGの内情を知れる筈がないから。

 何なら一部大御所を除けば彼と絡む配信者はまずいない。


 そんな孤立無援の男に、情報を手に入れる術は本来ない筈。


【情報をリークしたのは内部の――メンバーの可能性もあります】


「……考えたくないけど、やっぱりそうとしか」


 まあ、いくら裏切られ暴露されようと全ては自業自得だから、逆恨みする気は微塵も起こらないけど。


 それでも強いて言うならゲームと関係ない、人を貶めることでしか人気を得られないCrudeだけには漏らして欲しくなかった。


「配信ジャンルは雑談、タイトルは『DM杯考察するぜ』――キッモ」


 まるで自分は特別だと言いたげな振る舞いに、思わず反吐が出る。


「はぁ……何でよりにもよってつのださんは、こんな男をDM杯に……」


 コイツがDM杯と無関係なら、まだカラスが鳴いてるだけと言えたものを、つのださんは推薦枠でCrudeを招待していた。


 お陰でドラフトはGissyさんなんて興味すら持たれないレベルで、ババのCrudeを誰が引き受けるのかという状況にピリついた程。


 ホント、引くしかなかったリーダーには申し訳ないけど、流石にあたしだったら笑えないどころの騒ぎじゃなかった。


「とはいえ、ああいうことをするのがつのださんらしいけど」


 実際SNSではCrudeの出場もそこそこ賛否を呼んでいたし。

 盛り上がることが至上と考えるつのださんの思考は、全く以て恐ろしい。


「言ってもCrudeは最近になってようやくマーシナリーだし、対面に来ても負ける気がしないけど――」


 そんなことをブツブツ言いながら適当にマウスを弄っていると。

 あたしは誤ってCrudeの配信をクリックしてしまう。


「あっ」

『――いや流石にどうかと思うぜ? ホント笑っちまうよな!』


 結果キモい濁声があたしの鼓膜を劈き、一気に不快指数が増した。


「最悪、ブラウザバックしないと耳が腐る――」


『俺とかさぁ~、あと誰だ? ――そうそう! ぬまりんならまだ分かる、でもシルバーはねえだろぉ! あれがコネじゃなかったら何だよ!』


「はぁ? アンタも実質コネみたいなもんじゃん」


 しかし画面に映る癪でしかない喋りに、あたしは思わず反応してしまう。


『せめてダイヤに上がってからコネ使えよなぁ、俺ですらマーシナリーまで上げてようやくお呼ばれされてんだから――まぁ俺は最近プレイしてなかったからマーシナリーなだけなんだがな』


「プラチナダイヤで沼ったから止めてただけだし、そのマーシナリーもリスナーにキャリーして貰っただけじゃん。本当の実力かは大分怪しいんですけど」


 まあキャリーとか言い出すとあたしも言えた義理ではないけど……普通にムカつくせいで画面に向かって強い口調を放ってしまう。


「……アンタより絶対Gissyさんの方が上手いし」


 けどCrudeのリスナーや野次馬で染まるコメント欄は


▼コネが露骨過ぎて流石におもんない

▼DM杯はオワコンDM杯はオワコンDM杯はオワコンDM杯はオワコン

▼つ、のだ

▼Gissyってつのだと寝たんじゃね?

▼ギシギシってか?www

▼誰が上手いこと言えとwwwww


 とキモ過ぎる反応が羅列していく。


 ただここは彼のフィールドだからこの反応は当然でしかない。


 何ならあたしが見なければいいだけの話なのに、上がり続ける怒りのゲージがそれを邪魔してしまっていた。


 あのさ……支えてくれた人達を馬鹿にするのは――


『――そんでよ。あまりにもGissyって奴が目に余るもんだからちょっとスクリム見てやったんよ、そしたらこれがまーじで酷い!』


「……は? いや待って、こいつ何やってんの?」


 DM杯に限った話じゃないけど、暗黙の了解として大会期間中はスクリムの切り抜きやアーカイブは見てはいけないことになっている。


 無論ルール上禁止ではない――けど品性にはかなり欠ける行為。


「同じチームの人が気の毒過ぎなんだけど……」


『アジア1位キル数とか言ってる癖に全然撃ち勝ててねえの! あ~――そうな! ストライカーであれは失格の烙印だよな! ――ああ、俺も正直チートを隠してるだけだと思ってる――――あーだよな、大人しく辞退すりゃいいのに参加する所がGissyの醜い自己顕示欲を感じるんだよ』


 しかしリスナーは咎めるどころか煽り立てるばかりで、調子に乗ったCrudeは自分がご意見番であるかのような口ぶりで話し続ける。


『はっきり言ってチームAはかなり弱い。しかも俺が正義を執行したマンブーもいるんだろ? あれが1番手でIGLとかクソウケるわ』


「く……」


 そこに関してはあたしが原因で2敗してるから言われても仕方がない。

 Crudeのチームも2敗ならまだしも、1勝はしてるし。


『つのださんもあんな恥晒しを参加させた意図が分かんねー――ああそうだな、ヒデオンさんにはちょっと同情しちま――』


「……もういいや」


 悔しいけど、自分のことは何を言われようと受け入れるしかない。


 寧ろ、自分のことを言われて少し冷静になったあたしは、これ以上は聞かずにCrudeの配信を閉じる。


「大体こんなのを見てる暇があったら、さっさと昨日のフィードバックを纏めて、あと……後はそれから何をすれば――……?」


 と。


 あたしはCrudeの言葉が無意識に効いたのか、妙な焦燥を抱えながらWaveに画面を切り替えていると。 


 DM杯用チームチャットに誰かがログインしていることに気づく。


「アオ先輩と……Gissyさん?」


 その2人のアバターを見て、あたしは思わずチャット内に入る。

 すると2人のこんな会話が。


『そうです! 高速移動でクリアリングしつつモク中で耐えて下さい!』

『右に1人! アイリス!』


『いいコールですよ! そこから後続の味方が入ったタイミングで、射線をきりつつモク中から出て仲間をカバーです!』


『う、く――……よし勝った! ふー……』


『最初と比べるとかなり良くなってます! 実際ぎしーさんが生き残れたお陰でチームとして闘いやすくなったと思いませんか?』


『確かに……心做しか撃ち合いもしやすかったな』


『でしょう! マクロチームとしての動きが身に付けばどう撃ち合うべきかも分かってくるんです! あとはもっと報告が増えるといいですね! 勿論それもぼくが教えますが!』


「――……」


 チャット内で交わされる二人の会話に、曲がっていた背筋がすっと伸びる。


(そうだ……皆必死に頑張ってるんだ)


 2連敗になったのも、あんな男に馬鹿にされ、広告の餌にされたのもちゃんと自分のせいだってことは分かっている。


「でも、それに飲まれてから回るのは違う」


 Gissyさんが雑音に惑わされず前に進もうとしているのに、あたしが焦ってトロールをしていたら目も当てられない。


 アオ先輩もGissyさんを支えてくれているなら、ちゃんと前を向かないと。


 ――ただ。


「Gissyさんはぼくが育てたとか言われるのだけは、流石に癪なんだけど」


 と、あたしはイヤホンを耳に付けると、深呼吸をしてからマイクをオンにした。

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