第14話 イキり者の戯言

「……やっぱり凄い」


 急遽始まったAOBは、バトロワモードではなくデスマッチだった。


(にしても……ヒデオンさんも中々意地が悪い)


 まあそれでもいきなりフルパでスタペをやるよりは全然良いけど――


 ヒデオンさんも言った通り、AOBは当時一世を風靡したゲームで、配信者なら数千時間プレイしている人はゴロゴロといる。


 何ならヒデオンさんは確か4000時間以上してたし、あたしですらVtuberになる前から最低でも1000時間はプレイしている。


 つまり、いくらGissyさんでも苦戦するのは必至。

 と、思ってたけど。


『うわっマジ!? 先に撃ったのに――』

『はは~、こら流石にSRスナイパーライフル使わな無理か?』

『ぎしーさんのヘッショを受けれるなんて光栄でしかない』


 そんなことは杞憂だと言わんばかりに、彼は猛者相手に圧倒的なフィジカル差を見せつけていた。


「……まあアオ先輩は完全にファンガムーブだけど」


 それにしても、Gissyさんは実に簡単そうに頭を撃ち抜いていく。


 FPSにおいて頭は一番ダメージが大きい部位だけど、その分当てるのも簡単じゃなく、武器によれどプロでも安定して当てるのは難しい。


 でもGissyさんの当て勘は限りなくプロに近かった。


(間違いなく天性のものはある。でもそれ以上に彼は――)


『か~! あとちょっとやってんけどな~! 負けてもたかぁ~』


『いや……2キル差は殆ど運かと。というかSRに持ち替えてからのヒデオンさん強過ぎです、最初からSRだったら余裕で負けてました』


『2人が暴れ回るせいで僕達はBOTみたいなもんだったけどね』


『ぎしーさんうますぎです……! やっぱりDM杯では絶対にストライカーをやるべきですよ!』


 するとそんな会話の中で、アオ先輩が興奮気味にそう提案する。

 

 確かにスタペにおいて、ストライカーは撃ち合いに強いことが必須条件。

 何なら戦術も、前線のフィジカルによって成功の有無が大きく左右するぐらい。

 そう考えれば、Gissyさんが適任なのは何も疑いはない。


 というか、それが見えたからこそGissyさんを誘ったまであった。


(……何より、順調にいけばGissyさんは間違いなくDM杯で活躍する)


 ならば、もしそれだけの才を示せれば、Gissyさんは間違いなく注目される。

 今の状況を跳ね返し、一躍人気になれるかもしれない。


(だから、あたしは持てる全てを使ってGissyさんをサポートしたい)


 Gissyさんは何も言わないけど、あたしが誘ったせいで不本意に荒れてしまったことに、かなり申し訳なさはあるから。


 それが自分に出来る、お世話になり過ぎたGissyさんへの恩の返し方。

 配信者としての希望を与えられる唯一の方法――


(とはいえ、彼がDM杯で暴れる姿が見たいのも嘘じゃないけど)


『そうやなぁ……確かにこれだけ撃ち合い強いんやったらストライカーはGissy君1枚で良いかもしれんな、となると構成的にマエストロは2枚か?』


『でも僕達のチーム、クローザー出来るのアオさんぐらいじゃない?』

「――あ。あたしも一応使えるよ、得意とまでは言えないけど」


『いっちゃんは流石にマエストロやろ。勿論アオちゃんもクローザー固定で……後はフレックスの俺とウタくんでマップのメタに合わせたら――』


『いやでも僕は――』

『せやけど最近は俺も――』

『それとキャラ制限が――』


 そんな風にして。


 事前の顔合わせはかなり良好な雰囲気で進み、早くもDM杯が楽しみになりそうな、そんな様相を見せ始めていたけど。


『…………』


 あたしは大事なことをすっかり忘れていた。

 いや――違う、もしかしたら目を逸らしていたのかも。


 Gissyさんの強みを活かすだけで勝てる程、DM杯は甘くない現実に。


       ◯


『これβラッシュ来てる!』

『了解! モロトフ入れて足止めした!』

『ごめん! アイリス62カット!』

『ナイスカバーや! あと屋上にツー! アネモネとリリィ!』


「橋側の――あっ、悪いやられた、えーと――」

『リリィ倒した! あと橋側モク中にも1人いる!』


 DM杯スクリム初日。


 練習と聞くと気軽なイメージを持つかもしれないが、そもそもどんなジャンルでも試合である以上怠ける奴はまずいない。


 故に俺は勤務中もこっそりスタペの動画を見て座学をし、上司に小言を言われながら強引に定時退社した後、入念にボット撃ちとデスマを回した。


 更にエイムが温まった後はランクも回し、チームが集合してからは刄田いつきから大まかな座学も受け、いざゆかんとスクリムを始めたのだったが――


『いっちゃん、これ次α行ったほうがええんちゃうかな』


『ですね。じゃあウタくんとアオ先輩は中央進行で脇道に入って、エリアを取りに来なければスキルを合わせて一気にボム設置まで行きます』


『おっけー』

『金銭的にAWスナイパーライフル出すかもしれんから、中央で抜かれんようにな』

『いっちゃん脇道にモク貰っていい?』


『了解――Gissyさんはあたしと一緒にα手前から、壁裏にモクが入ったらすぐ高速移動スキルでエントリーαに侵入して下さい』


「あ、ああ、分かった」


 俺は4人の意思疎通と連携力の高さに、ただただ圧倒されていた。


(いつも一緒にプレイしている訳じゃないのに、何故こんな――)


 いや、それでもプロから見れば練度は低いのかもしれないが……。

 だが、シルバー帯ではこのレベルの掛け合いはまずなかった。


 あそこに敵がいるとか、こうされたからああしようとか……当然友人でもない野良同士では難しいことではあるのだが――


 無論声を出す重要性は水咲や刄田いつきから学び、多少なりとも実践はしていた。

 だが、俺達とやっていた時とはスピード感がまるで違う。


(刄田いつきは、レベルを合わせてくれていたのか……)


 結果、俺はあったかどうかも分からない自信すら失い始め、気づけば余計な真似はするなという意識に囚われていく。


 それでもギリギリ試合になっているのは下手なりにラジコンで動いているからでしかなく、はっきり言って俺である必要は皆無だった。


『あ~悔しい! ナイストライ』

『ごめん、ぼくがもう少しはやくカバー出来れば――』

『次はもう少し早く詰めた方が良いですね』


『う~ん……ドンマイや、GG』


 だがそれで勝てる程、DM杯は甘くない。


 何せ相手は最低でもプラチナ帯、最高にはブレイバー、エンペラー帯の配信者が揃っているのだ。少しのズレやミスは敗北に直結する。


 実際、俺のやらかしで何度ラウンドを落としたか――

 結局初日のスクリムは2チームとBO33ゲームの2本先取で試合を行い。


■1試合目(VSチームB)

 6-15、15-12、7-15。

■2試合目(VSチームD)

 7-15、2-15。


 1-2、0-2で惨敗、しかも唯一セットが取れたのも接戦という結果。


 おまけに相手のセットアップ作戦にも混乱しまくった俺の平均キル数は10前後と、ストライカー失格と言われてもおかしくない酷いスタッツだった。


「足を引っ張り、本当に申し訳ありませんでした」


 故にスクリム終了後、俺は堪らず頭を下げる。


『いや、Gissyさんは何も悪くないです。もっとあたしがうまくIGL出来ていれば勝てていた話なので』


『ぼくも判断が悪くて、人数有利の状況を作れなかった責任はあります』

『でもBもDもストライカーがノってたし、正直ツいてはなかったよ』

『そやなぁ、実際誰やっけ? チームDのゼラニウム使い――』

『多分菅沼まりんですね、ウチの新人です』


『そうそう、あの子えらい上手いな。カバーの意識高いわフィジカルも強いわで何回も潰されてもうたわ』


『まりんはゼラニウムOTPで、昔は詰めてばかりだったんですけど――ダイヤで沼ってから相当練習したんでかなり仕上がってましたね』


『ああ、そういうことか』


『リスナーに【ぬまりん】って煽られ過ぎて効きまくっていたみたいですし、正直まりんの反骨精神は侮れないです』


『成程……こら過去一レベルが高い大会になる可能性もありそうやな』

『はい。ただ負けた方が課題も見えるので、気を取り直しましょう』


「…………」


 そんな会話を聞けば聞くほど、俺は罪悪感に襲われそうになる。

 だが実際――慢心がなかったかと言えば嘘になる。


 どれだけ52キルは、アジア1位は偶然だ。AOBとスタペは違うと言っても、会う人会う人から好意的な言葉を貰えば変心するというもの。


 何なら今日のスクリムは危なげ無く2連勝、しかも大量キルで称賛される自分を、嫌でも思い描いていたのは事実。


【君のチームは人が出来た配信者が揃っている】


 ああ――確かに人が出来過ぎている。こんなにトロールをしても悪いのは自分だと、運だと、レベルが高いと言ってくれるのだから。


(だが、それを言わせるつもりはなかった――)


 気づけばスクリム開始時は5000人もいた視聴者が、いつの間にか2000人以下まで落ち込んでいる。


 しかも流れるコメントは、口にも出せない罵詈雑言の嵐。


(別にどう言われようと構わないが――荒らされている以上、俺はチームに迷惑を掛けてしまっている存在でしかない)


 なれば、慢心など即刻ゴミ箱に捨てなければならない。




 でなければ、優勝を刄田いつきに見せたいなどイキり者の戯言だ。

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