第49話 種子
「さて、無事1日目が終わった訳だが」
「ほう、無事――――か」
「まあ特にバグもなく、DDoSも無かったという意味では無事なのでは?」
DLQ EDGE、初日終了後の朝。
とある邸宅にある中世のヨーロッパのような一室にて、とある男女3人がテーブルを囲み、珈琲を嗜みながら会話をしていた。
その男女の名はつのだまき、
彼らはストリーマー界では知らぬ者はいない三大プロゲーミングチーム、Deep Maverick、LIBERTA、そしてTeam Questのオーナーである。
そんな大物達が揃ったこの状況は、一見すると秘密裏の会合にも見えるが――別にそういう話ではなく、ただつのだが話をしようと二人に呼びかけただけ。
だがそんな友達感覚で業界のトップを呼べるというのは中々のこと――つまりそれだけつのだまきの人間力が凄いと言うべきか。
「それにしても、毎度ながら有志のスタッフ達には感謝しかありませんね。彼らがいなければDLQは成り立ちませんから」
「ああ、だがそれだけ彼らも配信者が楽しむ場を一緒に作り上げたいという熱意があるのだろう。全く頭が下がる思いだ」
「ふ――それだけで手伝う程人は単純ではないがね」
少し気弱そうな、華奢な見た目をした林の言葉に対し、つのだは深く頷きながらそれに同意を示していると、そんな彼らを若干冷ややかに、筋肉質な身体に髭を蓄えた河村が、地鳴りでも起きそうな低い声でそう呟く。
「あまり野暮なことを言うものじゃないよ弁慶。第一、盛り上げたいという気持ちに嘘はないのだからそれに勝るものなどないだろう」
「別に私は悪いとは一言もいってない」
寧ろキャリアを積む上では、しない方が愚かと言えるぐらいだ、と河村は口にすると煙草に火を付けゆっくりと煙を燻らせる。
「ま、まあまあ……それより初日のDLQはどんな感じだったんですか? 私は予定があったので詳細は追えていないものでして」
すると、自分の発言から空気が重くなったことを気まずく思ったのか、林が少し慌てた様子で話を方向転換させようとする。
と言っても実際は林が気にし過ぎているだけであり、つのだと河村からすれば何の変哲もない普通の会話でしかなかったのだが――
「うん? ああ――現状リエルランキングの1位はFoniaチームだね。まあ彼は今回の出場者の中では最も経験値があるから当然と言えるが」
「しかもFoniaは誰かのせいでDM杯で散々な目に遭ったようだしな。その鬱憤を晴らしたい気持ちも少なからずあるんじゃないのか」
「おや、人聞きの悪い。コーチはチームリーダーが決めるのだから私は関係ないよ。まあ確かに
「ふ――残飯、か、その自覚があるのなら尚の事タチが悪い」
「あくまで結果的に、だよ。私自身は何か可能性を見出だせると思っていたが――どうやら弁慶の判断が正解だったらしい」
「あんなもの、私でなくとも議論の余地なく切るものだ。どれだけエンタメとしての価値があろうと、他の配信者が被害を受けるのは論外でしかない」
「おやおや、これはまた耳が痛いことを――」
「ただし、エンタメではなく抹殺する意図があったなら話は別だが」
「――……」
と、河村はジロリと鋭い眼光を飛ばしてそう口にするが、つのだは不敵な笑みを返すのみで何も言おうとしない。
だが河村は臆することなく、尚もこう言うのであった。
「――それで、今回のDLQでは誰を処刑台へと送るつもりだ?」
「怖いことを言うね弁慶。それではまるで私がストリーマー界、引いてはプロゲーマー界の支配者みたいじゃないか」
「何を、それだけの影響力は既に持っているだろう」
「それを言い出したら君達もそういうことになってしまうさ。大体考えてもみて欲しいが、
それに何より、今回は我々による共催イベント。仮に私が何か企んでいたとしても、他事務所様に迷惑をかけるような真似などする訳がないよ、とつのだは飄々とした口調で言うと、ゆっくりと珈琲に口を付けた。
「…………」
それはその通りではある。
河村も今回のDLQの参加者にはある程度目を通していたが、Crude級の問題児は流石に見受けられなかった。
無論つのだが秘密裏に粛清しようと目論む配信者がいる可能性もあるが――
しかし本来、ただのオーナーが配信者を爪弾きにするなど出来る筈がない。
だのに、何故河村は彼女にそんな力があると思っているのか。
(――……Ragna、その正体は
ストリーマー、プロゲーマー業界におけるフィクサー的存在Ragna。
その正体は、三大プロゲーミングチームのオーナーですら知らない。
一説によれば財界の大物だの、裏社会のボスだの、果ては中東の石油王だのという話もあるが、どれも俗っぽい噂ばかり。
そもそも、Ragnaはここ4、5年の間に突如として現れた存在である。
まだゲームで生活をするのは難しいと言われていた時代からこの業界を知る河村にとって、Ragnaなどそれまで耳にしたこともなかった。
つまりRagnaとは、この業界で生活が出来る以前と以後のタイミングで出現したということになる。
(では、その境界を作り上げたのは一体誰か)
彗星の如く現れたDeep Maverickオーナー、つのだまき。
彼女のチームは様々なプロシーンで実績を残すだけでなく、多彩な人気配信者を世に送り出し、ゲームという世界に圧倒的価値を生み出した。
故につのだまきは、この業界の女王と言っても過言ではない。
だからこそRagnaは――と、河村は思わずにいられなかったのだが、問い詰める真似までは出来ずにいると、ふいに林がこんなことを言い出した。
「とはいえ――
「ああ、それはそうだね」
「Vtuberを含め配信者がごまんといる今の時代、幾ら才能があっても中々日の目は浴びれない。だからチャンスを与えるというのは良い考えだと思いますが――数字を削ってまでそこに拘る理由は何かあるのですか?」
それは中々厳しい言いようではるが、イベントを成功させる上で需要に応えるというのは正しい考え方ではある。
残念ながらリスナーは無名よりも有名な配信者同士が、イベントを通じて交流する姿を見たいと思うものなのだ。
無論大手事務所の新人Vtuber等を招待するなら話は別だが――つのだのやっていることは断然リスクの方が大きいだろう。
だがそれでもつのだは原石となる配信者を呼び、成功まで収めている。
Gissyは、その最たる例と言ってもいいだろう。
だからこそ林は何故そんなことが出来るのか不思議でならなかったのだが――つのだはニコリと笑うと、こう答えるのだった。
「人はね、限界を超えた先で見せる姿が一番美しい生き物なんだよ」
「……ほう?」
「人は追い込まれ足掻く時こそ真価を発揮する。だが悲しいかな、人は有名になるとそういった機会に直面することが減っていく」
「まあ、人気になるということは安定を求めることとも言えますからね」
「そもそも認知度が上がれば上がるほど、上昇は緩やかになっていくしね。だからこそ最初の内は120点の配信を目指していても、段々と無理なく70~80点を、偶に100点が出ればという配信になっていく」
「求められることに応え続けていたら疲弊して配信の意義を失いますし、そうなってしまうものも仕方がないことでしょう」
それが俗にいう義務と呼ばれる奴だが、いずれにせよ人は有名になれば無理せず安定を求めるというのがつのだの考え方。
故に彼女は小さく息を付くと、こう言うのだった。
「だが、それだけでは私は興奮しない」
「……つまり、無名が足掻く姿こそがお前が求めるものだと?」
「その言い方は語弊があるが――だが限界を超えた先の景色は彼らの方が見せてくれるとは思っているよ、でなければ招待する理由がない」
無論その可能性がある者を選んではいるし、選んだからと言ってその姿が見れる保証は一つもないがね――とつのだは言い終えた所でカップの底に残った珈琲をさっと飲み干すと、最後にこう告げるのだった。
「だからこそ――私は様々な種を撒く、そしてそれがどのような形で芽吹き成長するかは私にも分からない、それが堪らなく楽しいのさ」
◯
『うぇーいGissyおつかれーい、どうかしたん?』
「おうお疲れ……急に悪いな……」
『……? 何かえらい疲れとるな、もしかして寝てないんか?』
DLQ EDGE、2日目が始まる少し前の時間。
俺はWaveを介してKFKに連絡を入れていた。
「ああ、実はちょっと色々と調べものをしていたら時間が経ってしまって……正直あんまり寝てないってのはある……」
『おいおい……確かに初日はあんまり上手くいかんかったけど、ガチの大会じゃないねんから無理して座学とかせんでええねんで?』
「いやまあそれもあるにはあるんだが……それよりも――」
『? じゃあ何を――』
と、KFKが疑問を口にしようとした所で、俺は改まったかのように小さく咳払いをすると、こう言ったのだった。
「KFK、俺達は一旦優勝を諦めよう」
同接0人配信者の俺、無自覚に有名Vtuberやトップストリーマーから好かれる 本田セカイ @nebusox
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