第10話 変心
「……凄い待機人数だな」
週明けの月曜日。
俺は残りの仕事を全て明日の自分に任せ、上司に白い目で見られながら家に帰ると、パソコンを立ち上げBuetubeを開いていた。
目的は、勿論刄田いつきの配信を見るため。
「待機だけで7000人、始まったら3万人は越えそうだ」
コメント欄もまだ始まる前だというのにファンとアンチとの書き込み合戦が勃発しており、何なら小競り合いすら見受けられる。
●いっちゃんおかえりなさい!
●マジで待ってた
●この日の為に仕事サボりました
●一生応援してる、何も気にせず頑張ってくれええ
●お前にスタペを語る資格はない、さっさと解説動画消せ
●そのまま引退した方が良かったのでは?w
●俺も元プロに囲われながらエンペラー取ってイキりてえ~w
●――このコメントは削除されました――
●わざわざ叩きに来る奴なんなの? 暇人だろ
●ブースティングでエンペラー目指した嘘つきなのは事実だろ
そんなコメントの応酬に、隣りにいた水咲が不安そうな声を上げた。
「……いつきさん、大丈夫でしょうか」
「まあ今日は謝罪と今後の活動について話すだけだろう。あまり酷いようなら運営が対処する筈だし、心配するな」
「はい――そうですね」
それにこういうのは所詮今だけの話。
アンチってのはその殆どが燃えている所に薪を焚べたいだけであり、鎮火さえしてしまえば別の燃える対象を探す生き物なのだ。
燃やすことで日々のストレスを発散したいというのに、燃えない場所に薪を持って行くなど愚かな真似でしかない。
「好きでも嫌いでもないのにアンチと言うのも滑稽な話だがな――」
「あ、始まりましたよ!」
そんなことをボヤいていると
それを合図に、加速度的に同接とコメント欄が動き始めた。
『あ、あ、あー、聞こえてますか?』
そして彼女の声が発せられると●聞こえてるよー!●おかえりなさい!、といった声から●まずはごめんなさいだろ●引退会見まだ?、といった声まで飛び交う。
それに対して運営が度が過ぎるコメントをブロック対応していくが、アンチの数も中々多いのか苦戦しているように見える。
……1人の配信者の人生を潰した所で、自分の人生は何も変わらないというのに、よくもまあ。
『あー……大丈夫っぽいね。うん、皆さんお久しぶりですホントに、もう2ヶ月ぐらいかな、活動停止してたんですけど』
しかし刄田いつきは特に動揺や緊張した様子も見せず淡々と、口調をはっきりとさせながら話を進め始める。
『体調は特に問題ないです。……そう。本当は1ヶ月だったから変に憶測を生ませてしまったんですが――』
と言いつつ彼女は一つ咳払いをすると、少し間をおいてこう切り出した。
『――まずは今回の一件で関係者並びファンの皆様に多大なるご迷惑とご心配をおかけし、誠に申し訳ありませんでした』
そして刄田いつきは頭を下げ暫し無言になる。
5秒……いや10秒だろうか、その間もコメントは滝の如く流れ続けていたが、それだけたっぷり時間を取ってからようやく彼女は頭を上げた。
「――しっかりしてるな」
悪いが社会人でもやれと言われて中々出来るもんじゃない。
自分を守る為に何処かヘラヘラしたりオドオドしたり、まともな謝罪も出来ずに終わってもおかしくないのだが――
1人矢面に立ち、誠実に頭を下げるその姿は、尊敬の一言でしかなかった。
「……いつきさん、凄いですね」
「これを出来る子が、自発的にキャリーを求めたと思うか?」
「する筈がないと思います」
「そうだ。刄田いつきもまた、被害者なんだよ」
『様々なご意見があると思いますが、全て真摯に受け止め、今後の配信に活かしていく所存です。重ね重ね、本当に申し訳ありませんでした』
そんな彼女の謝罪に対し、相変わらず激励と批判が同じぐらいの量押し寄せてくるが、それでも刄田いつきは続けていく。
『それと、責任関しては全て自分にあります。どんな理由があろうと行ったのはあたしですので、他の配信者を中傷する行為だけは絶対に止めて下さい』
「……そこまで言うか」
恐らく自分が復帰することで既に復帰している、刄田いつきをキャリーした配信者が再炎上すことを懸念したのだろう。
相手の立場になって物事を考えられる彼女らしいといえばらしいが……。
そんな彼女を黙って見守るしかないのは、妙な歯痒さがあった。
『――はい、では今から全て対応するのは難しいと思いますが、時間が許す限りコメントの返答をしたいと思います』
「え? いつきさんそれは……」
「流石に止めた方がいい気がするけどな」
単なる誹謗中傷であればブロックで済むが、ブロックで出来ないギリギリの厳しい批判であれば読まざるを得なくなる。
運営は今すぐ止める指示をした方が――と思ったが、刄田いつきはそのまま目に付いたコメントを読み上げ始めてしまう。
だが。
『その意見は尤もだと思います。その点は結果で応えるしかないかと。なので失敗した時は幾らでも批判して貰って構いません』
『難しいですが……初心に帰ってやるしかないです。いつか【最近刄田いつき頑張ってるな】って言って頂けるまで精進します』
『後悔しても過去は変えられないので。それでも応援してくれるファン、そしてこれから応援してくれる人達の為に出来ることをするつもりです』
厳しい言葉に真摯に向き合う姿に、俺達は言葉を失っていた。
実際同じ考えの人も多かったのだろう。最初は●エンペラーの価値を落とすな●一生クソゲーでもしてろ、と言っていた批難も徐々に小さくなり始め、ファンに至っては啜り泣く声が聞こえてきそうなコメントが出てくる。
それは良い意味で異様な光景とでも言うべきか。
「馬鹿誠実過ぎるが故に流れを変えたのか、凄過ぎるな」
「――……お兄様! 今こそ私達もいつきさんを応援しましょう! 投げ銭を――って、あれ? おかしいです……投げ銭が出来ません」
「そりゃ謝罪配信で投げ銭なんて普通許可しないだろ」
というかこの慣れた感じ……さてはお前常習犯かと言いそうになったが、そういう雰囲気でもないので今は黙っておく。
「だがさっきから投げ銭をすると出来る強調コメントがあるな、何でだ?」
「それで私も出来ると思ったのですが、どうして……――あ、そうです! チャンネルメンバーになれば強調が出来る筈です!」
「成る程、会員特典で強調コメントが出来るのか……よし、ならここは汚い大人パワーを解禁しよう。最大の1年コースで会員になるのだ!」
「分かりましたお兄様!」
水咲はそう言って敬礼をすると、俺のカードを使って即座に会員となる。
そして強調コメント機能を使うと、こう打ち込んだのだった。
●misaku:ゲームを楽しんでいるいつきさんが私は大好きです! 頑張ることも大事ですが、それより今まで通りの姿をまた見せて下さい!
それはゲームに救われた水咲だからこその、純粋な気持ちだろう。
何よりまずは刄田いつき自身が楽しんで欲しいと、そしてその姿を自分達に見せてくれれば、それが一番幸せなのだと。
まあDM杯がある以上中々そうもいかない部分はあるが、それでも。
そう思っていると、ファンもまた批判コメントを塗りつぶすかのように。
●マジでそう
●いいこと言った
●無理しなくていい
●前みたいに楽しくゲームしてくれ
といった言葉でコメント欄が溢れかえっていく。
『え? あ――……』
それに気づいた刄田いつきは一瞬呆気に取られたようだったが――ややあってふっと笑顔を見せると、こう言うのだった。
『応援のコメントもちゃんと読ませて貰ってます――……そうですね、初心を忘れないのであれば、まずは楽しまないと駄目ですね。ありがとうございます』
「! お兄様……」
「ああ、ナイスアシストだ水咲」
そう言って俺は水咲の頭をぽんぽんとしたが――
同時に頭の中では、別のことを考え始めていた。
(正直、俺は神保の話からもDM杯は辞退すべきと思っていた)
理由を、意義を捨ててしまった者が参加をしても迷惑を掛けるだけだと、それなら光り輝きたい者に席を譲った方がいいのではないかと。
だが。
今の刄田いつきを見て、一つだけ沸いた感情がある。
こんなにも真面目で誠実で、人の気持ちを考えられる彼女に、ケチがつくようなことがあっては正直あってはならないと思う。
だったら、こんな俺でも役に立つかもしれないなら。
DM杯に出て、彼女の優勝への後押しをしてあげたいと。
そして彼女の人生を、微力ながらでも変えてあげたいと。
そう、思ったのだった。
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