第9話 アジア1位が出る理由

「……どうしたもんか」


 その日、俺は珍しく喫煙所にいた。


 煙草は入社して1年ぐらいストレスを誤魔化すのに吸っていたのだが、水咲に『ヤ兄様』と苦言を呈されて以来止めていたのである。


 しかしこの事を考える上で、どうしてもヤニ無しではいられない。


『非公表ですが、本来DM杯は合計チャンネル登録者数が20万人以上、SNSフォロワーは10万人以上という出場条件があります』


『しかも招待制なので、基本有名配信者しか出られない――んですけど、それだと代わり映えしないので、チームリーダーには匿名で推薦枠の指名権が貰えます』


 要するに条件を満たしていない人でも『この配信者を入れたい』とリーダーが言えば精査の上大会に出られるということ。


 ただしチーム決めはドラフト制なので、希望の配信者が参加出来ても同じチームになれる保証はないらしいが。


 とはいえ実際は権利を行使しないリーダーが殆ど、その場合は今後の活躍が期待される配信者を運営側で選ぶらしいのだが――


『何にせよ推薦に足るだけの理由は必要です。ただ普通に考えれば、同接ほぼ0人のGissyさんでは許可が降りないのは当然――』


 全くその通り。だから俺は『さあこの話は終わりだ、今日も仲良くスタペをしようではないか』と言おうとしたのだが。


『まさか――お兄様のAOBで出した52キルですか?』

『そ。実はあたし、その52キルを見た記憶があったんですよ』


 は? 馬鹿な、そんな筈はない。


 何故なら俺は52キル優勝した試合を映像に残していないのである。

 ただ大量キルに水咲と歓喜しただけの淡い思い出、当然人に話したこともゼロ。


 しかし。


 刄田いつきが俺に見せたのは、紛れもなく『Gissy』というプレイヤーが52キル優勝を達成している動画だった。


『最初に全滅したパーティが、チートを疑ってデスカメラの録画していたらしいです。ですがあまりの強さに動画を公開、当時SNSで大バズリしました』


 ……まさかそんなことが起きていたとはつゆも知らぬ俺はその時点で唖然としていたのだが、彼女は更にこう続けた。


『これの何が凄いって、ソロじゃなくてソロクワッズ1対4なんですよね。しかもレートは最高ランク。アジアサーバーで、このランク帯で1試合50キル超えの映像はこれが初めてと言われてます』


『お、お兄様はそんなに凄かったのですか……?』

『当時のAOBシーズン10、アジア1位キル数だよ――つまり』


 つまり推薦理由としては十分、実際運営側にその話を伝えたら、是非とも参加をと頂けました、と刄田いつきは言った。


 ――――成程、そりゃ随分と寛容な運営なことだ。


 だがしかし、それが俺を誘う理由になるかと言えば、少し違うのではと思っていると、それを察したのか彼女はこう付け加えた。


『――あたしは最初からGissyさんのFPSセンスはかなり高いと思っていました。それこそ大袈裟でなく人に見せる価値があるレベルで。だからこそこの52キルの動画を見た時、こう思ったんです』


 DM杯の舞台でGissyさんの素質が爆発したらどうなるか、いちFPSプレイヤーとして見てみたい、と。


『とはいえ――あたしに強制するまでの権限はありません。なので非常に勝手な話ですが、参加するか辞退か、週明けまでに返答を貰えませんか』


 無論もし参加して頂けた際には、必ずGissyさんを指名します――


「……そりゃ一本釣り出来るだろ。指名が競合する訳ねえ」 


 まあ何にせよ、それが昨日あった出来事である。


「しかし――……何度見返してもこの動画は俺やな」


 416もシーズン9の報酬スキンを使っているし、衣装も当時使っていたものと酷似している。何ならこんなキルしたなという場面もチラホラ。


 因みに動画にはグッド数が8万も付いており、【上手すぎる】【反応はっや】【ヘッショ入り過ぎ】【プロのサブ垢?】といった反応が羅列しまくっている。


 何なら当時の掲示板でも【チーターきっしょ】と騒ぎになっていたとか。

 そりゃ道理でアカウントがBANされかける訳である。


「つってもこれは、全部昔のことだ……」


 俺は画面をDM杯の公式サイトに切り替えると、思わずそう呟く。


 そもそも、俺はほんの数ヶ月前まで禄にゲームをしていなかった。

 加えて以前も言ったが、同じFPSでもバトロワと爆破ゲーはまるで違う。

 第一、この52キル優勝は運の要素がかなり大きいのだ。


 刄田いつきはああ言ったが、正直買い被りが過ぎるとしか思えなかった。


「……ただ、こんな機会は二度と無いのも分かる」


 自分は何者にもなれないのだと自覚したその日から、凡庸か無能かの境界をひた歩く社会人となった自分に垂れた可能性の糸。


 だがそれを掴むことは、そんな俺には罪深い行為な気もしてくる。

 まだ掴んで登るだけの理由があれば、そうも思わないだろうが――


「…………」

「崎山さんって煙草吸うんですねー」


 そうやってひたすらうんうん頭を悩ませていると、いつの間にか喫煙室に神保がいることに気づく。


「……それは俺の台詞じゃないか、神保さんが喫煙室にいることの方が俺には違和感でしかないのだが」


「あ、私は吸わないですよ。ただ崎山さんが喫煙所にいるの初めてみたので――あとそろそろまりんちゃんのご感想を頂こうかと」


「ああ成程」


 布教だけでなくしっかり感想まで求める辺り、相当なファンガなんだな。

 まあ、一応切り抜きで確認はしたので最低限は話せるが。


「――そうだな、まず良い点としては性格だな。単に明るいだけでなく気の許せる友人感があって、尚且つ新人とは思えない頼れるキャラなのがいい」


「ほほう?」


「加えてリスナーとはよくプロレスをしているが、その分信頼関係の構築も忘れないから荒れることも少ない、つまりラインをコントロールする賢さもある」


「なるほどなるほど」


「そしてゲーム実況になれば持ち前のトーク術でリスナーを楽しませるが――一方でVGの一員らしく勝ちに貪欲である所もギャップがあって好みだった」


 負けたら悔しがるし、勝ったら喜ぶ。


 こういうのは慣れてくると普段の配信では希薄になってしまいがちだが、ちゃんと感情を示してくれる所はファンとして応援したくなるだろう。


「特に『ぬまりん』の件からの努力は俺も熱くなった、正直人気なるのも――」

「崎山さん、エクセレンツッッッッッ!!」

「は?」


 別に観たままの感想を言っただけなのだが、何故か神保は満足そうな笑みを見せるとグッとサムズアップしてくる。


「目の付け所が実に素晴らしいです! いや~まりんちゃんって『うるさいオバサン』みたいに言われることもあるんですけど――あ、勿論悪い意味じゃないですよ? それがまた彼女の良さであり面白さであり長所ではあります。でも、仰る通り煩いだけのように見えて意外と強かで~、直向きに努力出来る真面目さも持ってるんですよね~! プロ根性とでも言いましょうか、しかもちゃんと『ぬまりん』の動画を見てるのも最高です! あーもう崎山さんに布教にして正解でしたよ!」


「あ……はい」


 嬉々とした表情で早口で捲し立てる神保に、俺は思わず圧倒される。

 何か神保って、思っていた印象と全然違うな……。


 無論普段の振る舞いから陽キャ側の人間とは思うのだが、陽キャがオタクになったみたいな感じがひしひしと伝わってくる。


(……というか、今ので若干抱いていた疑問が深まったのだが)


 神保陽毬と菅沼まりんって若干声が似てる気が――


 まさかそういう……? いや、まさかな。


「いやいや、本当最高です。あのもう少しまりんちゃんについてお話を――って、崎山さん、やっぱりDM杯もご覧になる予定だったんですね」


「え? ああ、これは――」


 すると急に冷静なった神保が、俺のスマホを覗き見てそんなこと言ってくる。

 そうだった。すっかり彼女のペースに持っていかれたが今は――


「――……崎山さん、同じ推しとして特別に教えますけど、実はここだけの話、今回のDM杯にまりんちゃんが推薦枠で出るって噂なんですよね」


「勝手に推しにするな――って、そうなのか?」


「はい。ほぼ確実じゃないかとその筋では言われてます。最近はVG以外にもコラボ相手が増えて、小さい大会で優勝もしたりと実績はありますしね」


 因みに推薦枠は刄田いつきが言った通り非公表であるが、どういう仕組みで決めているのかが非公表なだけで推薦枠自体は暗に認めてはいるらしい。


「そうか、なら努力が実を結んだんだな」


「ええ。いや~楽しみですよ。何せこれで爪痕を残せば人生が変わりますし!」


「人生が変わる?」


「そりゃそうですよ、カジュアルでこんな大舞台ないですから。苦労を積み重ねた先でようやく見えた一筋の光を、何としても掴み取って欲しいものです!」


 ……確かにそれはその通りだ。


 今日び配信者もVtuberも際限なく増え続けているが、一体その内の何%が頂に立てているだろうか。


 きっとその殆どが、何のチャンスも得られず消えているに違いない。


 故に彼らはこう思っている筈『チャンスさえ与えられれば、死んでも引き寄せてやるのに』と――




(それ程までの権利を、俺が掴み取っていい理由はあるのか?)

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