第8話 Deep Maverick杯
「……今日も来なさそうだし、そろそろ配信終わるか」
『駄目です。終わったらギャン泣きます』
「泣くは止めろ、俺に効き過ぎる」
刄田いつきとの邂逅から数日ほど。
あれから彼女とは2、3回程度スタペをし、それなりに交流も深まりつつあったのだが、ここ最近は配信にいなければスタペにもログインしていなかった。
まあ特に約束した訳でもないし、何より刄田いつきとスタペをすると昼夜逆転をし仕事に支障が出る為、いないならそれに越したことはない。
故に俺は0人配信を終了したかったのだが、何故か水咲に止められていた。
仕方なく俺はマイクをミュートにする。
「……水咲、流石に2ヶ月半もやってほぼ0人は意味ないぞ」
『ですが、いつきさんは来てくれたじゃないですか』
「偶然と必然は違うだろう。前にも言ったがゲームで遊んでるだけで人気になるなら今頃皆やってる」
ストリーマーの配信や動画を少し見るようになってから一層自覚したが、漫然とゲームをするだけで人気が出る者などまず存在しない。
結局リスナーはゲームではなく、誰がゲームをしているかで観に来ているのだ。ゲームの上手さだけで観に来て貰えるのはプロゲーマーのみ。
しかもそのプロでさえ、決してリスナーが多い訳ではないのが現実。
Spaceなら多くて同接3000人、何なら3桁の視聴者もザラ。
無論それを少ないとは言わないが――プロを引退したらその視聴者はいついなくなってもおかしくない、それではあまりに心許ないだろう。
やはり安定して同接数千人超えを得るには、上手さ以上に高い話術が必要。
だが、ゲームで魅せながらも軽快に視聴者を楽しませる姿は、俺には到底真似出来るものには見えなかった。
「天賦の才か絶え間ない努力、どちらも無い俺には無理ってことだ」
『いえ、私はそうは思いません』
「水咲、いい加減現実を――」
『お兄様はゲームが上手いですし、人を楽しませることも出来ると思っています。でなければ、今私がここにいる理由になりませんから』
「――……」
それは全て身内だからの一言で片付けられるのだが、水咲と言い争うのは御免な俺はどう返答したものか迷ってしまう。
ゲームをすること自体は俺も大歓迎だが、しかし配信でする意味はない。
ダラダラ続けた所で先は見えてるしなぁ、と思っていると。
画面右端に【itsuki0222がログインしました】の文字が見えた。
『あ』
「ん――――は?」
するとそれに気づくや否や、突如水咲はパーティに誘い出したではないか。
『ここはいつきさんにも訊いてみましょう、お兄様が配信者に向いているか否か』
「!? おいバカタレ! 迷惑だから止め――」
『なに、どうかしたの』
水咲は一旦そうだと決めると見境がなくなるのを知っていただけに、刄田いつきを巻き込むのだけは避けたかったのだが……。
こうなったらしょうがない……後でガチ説教だ。
『あの、実はお兄様のことでいつきさんに――』
『え? 何だ丁度良かった。あたしもGissyさんに話があったんだよね』
「ん――? スタペをするんじゃなかったのか?」
『まあそれもあるにはあるんですが――』
と、刄田いつきは一つ咳払いをすると、こんなことを言うのだった。
『実は、週明けの月曜から配信に復帰することが決まりました』
『え! そ、それは本当ですか!?』
『うん。まあいきなりゲーム配信をする訳じゃないけど』
『は――ええと、おかえりなさいと言うべきでしょうか』
『何か変な感じだけど、misakuさんはファンガだしそうかもね』
「――……」
所詮はファンの間での適当な噂だと思っていたが――
そうか――やはり神保が言っていた通り復帰するのか。
「それは良かった。どうやらこんな俺達でも少しは役に立ったらしいな」
『自分で言うのはどうかと思うけど、実際それは大きいかと』
「いやいや、流石に冗談なんだが――」
『いえ、事実2人の配信を見ていなかったら多分今も復帰してないですよ。何なら引退していた可能性も全然あったと思ってます』
『あ……やはり、ゲームをするのはもう嫌だったんですか?』
『ゲームというか、スタペは炎上関係なく大分嫌だったかな。自分は何の為にこんなことをしてるんだろって思いながら毎日やってたし』
「やりたくないことやらされ続ければそりゃそうなる」
『――その言い方はあたしが真っ黒じゃないと思ってくれてそうだけど?』
「限りなく白に近い黒だとは思ってはいたさ」
エンペラー達成は確かに難しいが、ブレイバー帯をフルで揃え、常に同じ面子で周回し続ければ決して不可能な称号ではない。
だが裏を返すとそれ程徹底してしまうと配信は映えしない。だからこそソロエンペラー配信は人気企画とされているのだが――
(刄田いつきなら、イカサマをするぐらいならエンペラーなど目指さない)
本当の意味で誰かに寄り添える人間に、懸命さはあれど狡猾さは無いのだ。
嘘で欺けば仲間やファンがどう思うのか、ちゃんと理解しているから。
だから、最初から今まで俺達は彼女を疑うことはなかった。
『……いつの間にか随分と信用されたもんですね』
『私もお兄様と同意見ですよ、いつきさん』
『そっか――ありがと』
「何にせよ、復帰するならまずは自分のやりたいこと、楽しいことを優先して欲しいな。その方が自分にとっても、ファンにとっても良いだろう」
『当然そのつもり――だったんだけど、すぐにそうともいかなくなって』
「……――というと?」
『実は復帰した翌週末にあるDM杯に出るんです』
『え! 本当にDM杯に出るんですか!』
「……やっぱりか」
俺は神保からその可能性があると聞いていた為大して驚きは無かったが、対照的に水咲がやけに驚愕した反応を見せる。
「? 別に大会ぐらい普通だろう、何をそんなに」
『お兄様……『Deep Maverick杯』、通称DM杯はトップストリーマーや人気Vtuberが多数参加する超人気コンテンツなんですよ』
『プロゲーミングチームが主催する大会で、実はあたしも炎上前に一度参加したんですが、本当に有名人ばかりで緊張して何も出来なかったですね』
『? でもいつきさんのチームは3位だったじゃないですか』
『スタッツ見たら分かるけどチームにキャリーされての3位だよ。カジュアル大会といっても皆スタペ上手いから、何なら元プロもいるし』
「ふうん? もっと気軽なものかと思ったが違うのか」
『流石に険悪な雰囲気にはならないけど、皆優勝目指して本気になるんで、遊びでやる人はまずいないですね』
『いわば真剣勝負のオールスターゲーム。本配信も同接10万人を超えるので、DM杯に出ることが目標だって配信者もいる程なんですよ』
「そりゃ凄いな」
取り敢えず我が妹は受験勉強をサボって配信者にご執心なことだけは確からしい。
しかしそれ程の大会なら、結果次第で最高のスタートを切れそうだな。
「そういうことなら俺も画面越しに全力で応援させて貰うするか」
『はい、それは是非とも――と言いたい所なんですが』
「?」
結果的にだが、これで水咲の当初の目的を逸らす形となり。
加えて彼女の栄転を願うことで話は綺麗に終わるかと思ったのだが。
何やら声のトーンを少し落とした刄田いつきは、これこそが本題だったと言わんばかりに、俺の安堵を木端微塵にしたのだった。
『Gissyさん、第5回DM杯、StylishPeria部門にあたしと出てくれないですか』
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