第11話 DMオーナーの彗眼
「……なんだこれは」
刄田いつきの復帰配信は、SNSのトレンドに載る程だったらしい。
実際後から確認すると彼女の誠実な対応は好感だったらしく、最終的には否定よりも賛同の声の方が多くなっていた程。
やはり彼女の人柄は、ちゃんと人の心に響くようだ。
「これが……影響力という奴なのか」
だが、そうなるとアンチは薪を焚べる先を失うことになる。
ああ困った、一体俺達は何処に行けばいいんだ――
そんな時、トレンドに『Gissy』という文言があればどうなるだろう。
【Gissyって誰？】
【無名出すとか他の配信者に失礼だろ】
【Spaceにアーカイブあったけど再生数１とか２なんだが】
【つまり忖度ってことか？】
【DM杯も終わったな、こんな奴を推薦枠で出すとか】
【ランクシルバーだしマジで下手糞、何でこんな奴入れたの？】
【だが妹は可愛かった。俺もお兄様って呼ばれて～ｗ】
流石に誹謗中傷とまではまだいかないものの、手初めにと言わんばかりに俺を起用した運営への批判がぽつぽつと出始めていた。
「出場者が発表されただけで、ここまで盛り上がるものなのか」
水咲や神保の言葉を信じていない訳ではなかったが、まさか日本のトレンドがDM杯関連で埋め尽くされる程とは――
無論出場予定の有名配信者の話題も多く出ているが、あまりに俺が無名過ぎるせいで完全に悪目立ちをしてしまっている。
「この様子だといずれ俺への批判も高まりそうだ――しかし、刄田いつきとのやり取りがあるアーカイブは消しておいて正解だったか」
折角彼女の順風満帆な船出を、俺が沈める訳にはいかないからな――と思っていると、ポケットに入れていたスマートフォンが震えだす。
画面を見ると、そこにはつい最近連絡先を交換したばかりの人の名前。
丁度喫煙室で１人だった俺は、通話ボタンをタップした。
「……もしもし」
『いやぁ！ 早速盛り上げてくれて感謝しかないよGissy君！』
「あれは盛り上がってるのではなく燃えかけているんですよ、つのださん」
『だからいいんじゃないか。この批判を捻じ伏せるだけの活躍があれば、過去一の大会になるのは間違いないからね！』
この豪快且つ豪胆な喋り方をするのは、プロゲーミングチーム【Deep Maverick】のオーナー、つのだまきである。
何とも男らしい雰囲気を醸し出しているが女性であり、確か年齢もまだ３０歳。しかも画像で見る限り金髪ロングの美人ときている。
おまけに遍歴は名門国立大中退→女性プロゲーマー→トレーダー→DMオーナーとかなり特殊で、自分とはあまりに住む世界が違う人間。
『それに批判ばかりという訳でもない。よく見給え、君の動画を知る者からは期待の声も上がっているだろう？』
まあ、確かに極一部から【GissyってAOB５２キルの？】【あの正体不明の人を見つけてきたのか】と期待かどうか怪しい反応もあるが……。
「とはいえ、期待に応えられる保証は無いとは言っておきますけどね」
『なあに。だからこそいつき君がいるんだ、君も彼女のIGL、コーチング力の高さは分かっているんだろう？』
「確かに彼女の実力に疑いはありませんが……」
『VG――いや一部の人間は全く愚かなことをしたが、いつき君は本来プロと比肩する程の実力を持っている』
「いくらキャリーされていても、自分が弱いとエンペラーは無理ですからね」
『そうだ。だからここで彼女が潰されるのはあまりに惜しい。故に復帰のタイミングで声を掛けさせて貰った、いつき君にはそれだけの価値があるんだよ』
「でしょうね。流石に一発屋の俺とは訳が違います」
『んん？ 何を言っているんだい』
一発どころか偶発屋である俺は客観的事実を述べたつもりだったのだが、つのださんは不思議そうな声を上げるとこんなこと言うのだった。
『いくら推薦枠と言えど、私は可能性のない人間など招待しない。君にはDM杯を盛り上げる素養があるから呼んだ、それだけのことさ』
「本気で言っているんですか？」
『良い方向か悪い方向に盛り上がるかは君次第だがね』
「……ご尤も」
しれっと恐ろしいことを言うつのださんだったが、彼女からすればどっちに転ぼうが盛り上がればそれでいい思考なのだろう。
エンタメを追求する者としては、完璧な立ち回りと言える。
「まあ――参加する以上は全てを出し切るつもりですよ」
『その心意気は素晴らしい。だが気負う必要もないよ。君のチームは人が出来た配信者が揃っている、少なくとも怒られる心配はないさ』
「それはまた――随分といつきさんに配慮して貰えたようで」
『ただし皆マシブレ（マーシナリー・ブレイバー）帯の実力者ばかりだ。このレベルに付いていくには相当の覚悟は必要ということは覚えておくといい』
「一応訊きますが、つのださんの見立てでは俺の実力は如何ほどで？」
『撃ち合いだけならブレイバー、それ以外はシルバー相当かな。君が彼らのレベルに付いて行くならダイヤの知識はマストだろう』
「……つまり四六時中スタペをやれと」
『だが君はそれなりに忙しい社会人なのだろう？ スクリム期間を考えればプラチナに行けるだけ奇跡だと思うがね』
スクリムとは出場チームと行う練習試合のことで、DM杯では全８チームで３日間かけて行われる予定になっている。
つまるところ、個人練習をする時間はほぼ皆無。
だが。
「やると決めたからには仕事を言い訳にするつもりはないです。それに、何処の馬の骨かも分からん無名が暴れ回る姿を、つのださんも見たいんでしょう？」
『ほう？ 意外だね、君は自己肯定感が低い人間だと思ったが』
「低過ぎるからこそ、身の丈が分からなくなってるのかもしれませんがね」
『それは確かに。でなければアジア１位になどなれない』
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
『ふふ。まあ何れにせよ、困ったことがあればいつでも連絡してき給え。不正以外なら力になってあげよう、それじゃあまた』
つのださんはそう言うと、若干唐突気味に通話を切るのだった。
「……全く、とんでもない人に目を付けられたもんだ」
とはいえ、別につのださんを、大会を盛り上げることは俺の意義ではない。
目指すべきは刄田いつきを優勝させること、それ以外はないのだ。
「だが問題はどうやって時間を確保するか――……？」
そんなことを思案しつつ、俺は喫煙所から出るようとすると――
ふと、自販機裏で誰かが電話していることに気づく。
「――のださん、お久しぶりです。――はい、いや～この度は本当に――ええ勿論！ 優勝目指して本気でやらせて頂きます！」
「……？」
姿は見えないものの、その声からして神保であることに違いはないが――
何だか、嫌な予感が頭を過る。
（このタイミングで、普通『優勝』なんて言葉が聞こえるか？）
あまりにも色々なことが重なり過ぎている事態に、俺は堪らずスマートフォンを開くとDM杯の公式サイトを開く。
そこにいるのは、俺とは別のチームで出場する菅沼まりんの画像。
「世間は狭いとよく言ったものだが――」
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