第33話 幕切れ
その時のことを思い返すと、正直あまり覚えていない。
兎に角このラウンドで終わらせるという、その一心だけで俺は洞窟から飛び出しボム前まで来ると、キーボードの4を押しそのまま解除まで持っていく。
菅沼まりんは、多分ピークしてこないと思った。
無論それは感覚的な話でしかないが――何故か俺にはプレッシャーで判断に迷う彼女の姿が見えたのだ。
【ここで撃ち負けたら優勝を逃してしまう、それだけは――】
彼女にとって、DM杯は人生を賭けた闘いでもある。
もしかしたら俺はその事情を知っていたからこそ、彼女が勝ちたいと負けたくないを天秤にかけ、後者を選択すると思ったのかもしれない。
何れにせよ、俺達の勝敗を分けたのは恐らくそこのみ。
『うおああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
『エグいエグいエグい!!!』
『ぎしーさんカッコ良すぎ……うっ……ううう……!』
『Gissyさん……ありがとうございます……』
そこからは。
歓喜に溢れるチームメイトの声でもみくちゃにされたような気もしたが、俺はその輪に混じって騒いでいた記憶はない。
まあ大号泣した水咲が乱入してきて、コメント欄が涙のスタンプで溢れかえったことだけは覚えているが――兎に角ずっと俺は浮ついていたのだ。
いや優勝したんだから喜べ、格好つけんなと、そんな声もあったかもしれないが、何故そうだったのか自分でも分からないから仕方がない。
「――そうですね、一重に支えてくれたチーム皆のお陰です」
何なら優勝だけでなくMVPも取ったというのに、俺はインタビューを淡々と、実にありきたりな内容で答えてしまう。
不味い……流石にここまで来るとただのクサい奴になってしまうぞと、俺はどうにか自分を律しようとしたのだったが――
『ぐ、ぐやしいです……ぜ、絶対皆で優勝しようっていっでだので――』
「あ……」
菅沼まりんの絞り出すような声で、俺はようやく我に帰った。
『……どれだけ熱戦を演じようと、負ければ準優勝やからな』
『ですがそれが大会であり、勝負事です』
「でも、本当に強かった【無敵ゲーミング】は」
『そうだね、もう一回やったら全然負けてもおかしくない』
正直【無敵ゲーミング】優勢の下馬評を覆す結果になろうとは、誰も想像しなかったんじゃないだろうか。
実際それを示すかのように同接は25万を超え、俺の配信に至っては2万人という、大台どころじゃない数字が出ている。
▼主人公がいる配信はここですか?
▼あのガチ解除はエグ過ぎでした
▼心臓に毛が生えているとはまさにこのこと
▼クッソ格好良かった、マジで痺れたわ
▼妹さんの泣く声で正直俺も泣いた
▼優勝おめでとう!!!
▼すげー試合見せてくれてありがとう
▼過去のDM杯の中で一番面白かった
▼伝説、お見せしました
そしてコメント欄には、延々に止むことのない賛辞の声。
そんな反応を見ている内に――自分の中でも優勝したのだという実感がふつふつと湧き始めていた。
『まあしかし、一時はホンマに負けるかもしれんと思ったが……最終的に優勝という形で終えられて安心しとるで』
『ええ全く。ヒデオンさんのお陰でチームがシナシナになったので、負けてたら今頃お通夜じゃ済みませんでしたよ』
『ぐうっ! いっちゃん……それは堪忍してえな』
『大御所のガチトロールは一切笑えないからもう勘弁してよね』
『トロおじですよトロおじ』
『ひいん……でもトロおじはかわええからまあええか』
すると、勝てたからこそ言える冗談を刄田いつきが口にしたことで、ヒデオンさんを弄る流れが始まり場の空気がふっと和む。
とはいえ、本当にその通りでしかない。
もし負けていたらいくらヒデオンさんでも視聴者に責められていたかもしれないし、何よりそんな恩人の姿は絶対に見たくなかった。
『まあ何にせよ、Gissyさん様々でしかないね』
『本当に決勝はぎしーさんのお陰でしかなかったです』
『そやな、こんなヘラりまくったトロおじに発破をかけくれたんやから。何度でも言わせて貰うがホンマに感謝してるで』
「いえいえそんな。俺は発破とかのつもりではなく、本当に思ったことを言わせて貰っただけなので――」
『いやいやGissyさん、そこは【そりゃGissyは俺が育てたんで】と言うべき所ですけどね、幾ら何でも謙虚が過ぎます』
「でもな――……って、それはただのナルシストやないかい」
そんな風にして。
毒にも薬にもならない会話が徐々に緊張した空気を弛緩させていくと、同時に長いようで短かったDM杯が終わるのだと自覚し始める。
すると公式配信でも《ではこれにて全行程を終了させて頂きます。長時間のご視聴ありがとうございました》と言うキャスターの声が聞こえてくる。
そして画面に流れたのは、今日の試合のハイライト映像。
《さあこれで1on1! 優勝か
「――――!」
そのハイライトの最後に映った、俺が解除する場面を実況するシーンが、湧き上がりかけていた感情を一気に爆発させた。
(――ああ俺……本当に優勝したのか)
無能と凡庸の間をひた歩くだけと、自分は何者にもなれないのだと、そう悟った人生の中で半ば強引に始めさせられた配信。
当然何も生み出せることはない。それでも水咲の為ならばと続けていたら、偶然1人のVtuberと出会うことになって――
その出会いが、気づけば冷めきった心を激しく突き動かした。
そこから先は、あまりにも、あまりにも濃い、人生を濃縮したような5日間。
その結果俺は、何者にも変えられないものばかり手に入れていた。
(あ、これはマズい)
そう思った瞬間、不覚にも涙腺が崩壊しそうになる俺――
だったのだが。
それを堰き止めるかのように、皆がこんなことを言い出すのだった。
『はぁ……終わっちゃいましたね……これからどうしますか?』
『まあ流石に優勝したからな、やらん訳にはいかんやろ』
『ですね、じゃあ早速始めるとしますか』
『よーし、祝勝会兼2次会をスタートだ!』
「? …………2次会?」
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