同接０人配信者の俺、無自覚に有名Vtuberやトップストリーマーから好かれる

第3話 焼かれたVtuber

「……あ、収益条件を満たしてないと送れないんだ」

▼Itsuki_hata：仕様で送れないみたいです、ごめんなさい。

『ああ、投げ銭みたいな機能があるのか。別にええよ、気持ちだけで』

　そっか――そんなことも知らずにやってきてたんだ、あたしは。

　考えてみればデビューして半月で登録者も１万人を超えていたし、事務所所属なのもあってあんまりお金事情を気にしてなかった。

「自分でも訳分かんないぐらい、ひたすらゲームをするだけの日々」

　いやゲームだけじゃない、イベントにも出たし、ゲームと関係ないようなことも沢山したっけ。

「でも細かいことは覚えてないな、暇が無かったことだけは確かだけど」

　そんなボヤキをしつつ、あたしは自分のBuetubeチャンネルの画面を開く。

〚刄田（はた）いつき　登録者数４３万人〛

　最後の配信から、もう２ヶ月が経っていた。

「ゲームもしないで寝てゴロゴロしてるだけで２ヶ月って早過ぎ」

　このままズルズル行ったら、ほんとに引退とかになりそう。

　まあそれもまた一興かもだけど、そんな簡単な話ではないのも事実。

「そろそろスタペくらい触った方がいいけど……」

　でも、その一歩を中々踏み出すことが出来ない。

　だから少しでも気分を上げる為に、言い方は悪いけど人気とは程遠そうな彼らの配信を見始めたけど――

『あー終わったわ、解除間に合わん。早く戻ってきてくれ我が妹よ』

「――久しく忘れてた気がするな、この感じ」

　自分が何の為にゲームを、配信をし始めたのか。

　彼らが楽しそうにスタペをする姿を見ていると、自分の根底にあった筈の大事なものを少しだけ思い出した気がしたのだった。

　　　　　　　◯

「お兄様、これは真ですか？」

「は？　何が？」

　明くる日。

　俺は小学生から使っている学習机で１人スタペの大会のアーカイブを見ていると、水咲が自室に飛び込むなりスマホを突き出しそんなことを言い出した。

「このItsuki_hataという方は本物かと訊いているのです」

「本物もクソも、最近の同接１人の内訳がそいつというだけの話だが」

「？　……まさかお兄様、刄田いつきさんをご存知ないのですか？」

「知らん。何だ、有名人なのか？」

「はぁ……」

　すると水咲は呆れ気味にスマホの画面を切り替え、今度はその刄田いつきとやらのBuetubeチャンネルを見せてくる。

　そこにいるのはボブっぽい白髪が特徴的の、クールな雰囲気漂うキャラ。

「Vtuber界隈でここ半年急速に人気になった方なんです。スタペの腕前はプロ級で、視聴者との交流も欠かさないので凄く評判が良かったんですよ」

「ふうん。言われてみればスタペ知識は凄かったな」

「お兄様……」

　俺の気のない返答に、呆れすら通り越し失望した表情を浮かべる水咲。

　だが俺は配信をしておきながらその界隈には非常に疎いから仕方がない。

　モコモコ動画やBuetubeなら昔から見ていたが、VtuberやSpaceストリーマーが注目されたのはここ４、５年の話。

　その期間の殆どが社会の歯車だった為、近年のエンタメに積極的に触れる機会を失っていたのである。

「しかし――人気にも関わらず配信が２ヶ月前で止まってるのは何でだ？」

「あ……実はその、いつきさんはスタペで炎上をしまいまして」

　俺、というよりは刄田いつきに遠慮するかのように、水咲は言い淀みながら話す。

「実は彼女、Vtuberの中で唯一のエンペラー保持者なんです」

「へえ、無茶苦茶凄いじゃないか」

「しかも視聴者参加型企画で達成したので、いつきさんは一気に注目され数ヶ月で３０万人も登録者が増えたのですが――」

　視聴者参加型というとソロよりは簡単では？　と思うかもしれないが、練度が無いのはソロも参加型も同じ、何なら悪質なトロールもいるかもしれない状況で目指すのは決して簡単とは言えないだろう。

　つまり達成したのであれば人気が出て当然と言えるが――

「ただこの言葉が正しいか分かりませんが、後にその企画でいつきさんがブースティングをしたという疑惑が出まして……」

「ブースティング……？」

「それに対し最初はいつきさんも反応していませんでした。ですが、暫くして『ある配信者』がブースティングだった証拠を暴露したんです、それで――」

　ブースティングとは、上級者が別のアカウントを使って特定の人間のレートやランクを上げる行為である。

　要するに強いプレイヤーが低ランク帯に潜り、弱いプレイヤーの神輿を担ぐ訳だが、対戦相手が損をする為咎められるのは必然。

　ただ、話から分かる通り刄田いつきはハイレートのプレイヤー。

　ならば『視聴者参加型に見せかけ、上手い人に別垢でキャリーさせていた』という方が正確な気もするが――

（彼女を燃やしたいなら、ブースティングの方が聞こえは良いか）

　強調したいのは『てめえの実力じゃねえだろタコ』だろうしな。

「……ま、視聴者の皮を被った猛者と裏で繋がってたなら仕方ない」

「で、ですが、いつきさんの実力は本物です！」

「だろうな。だから焦点は嘘をついたか否かじゃないのか？」

「それは……その通りです」

　水咲は才媛の誉れ高い妹だが、好きな物事には少々熱くなるきらいがある。

　故に俺は一旦窘めつつ咳払いをすると、こう言った。

「嘘がある以上炎上は避けられない、だから彼女は活動停止した」

「……はい。ただその期間も本来１ヶ月だったのですが、２ヶ月経った今も音沙汰がなかったので――だからお兄様の配信にいたことに驚いたんです」

「成程。まあ本物である保証はないけどな」

　有名Vtuberを騙って無名配信者をからかうなどあっても不思議ではない。下手に騒いだ結果偽物では情けないもいい所だ。

　とはいえ、本物を騙るには人選が悪いが――

「はぁ……いつきさん、もうゲームはしないのでしょうか……」

「どうだろう。プライベートではしてるかもしれんが」

「――私はゲームに救われました。だからこそ、ゲームには人を幸せにする力があると思っているんです。きっといつきさんもそれに魅せられて配信者になった筈ですから、嫌いにならないで欲しいのですが……」

「……水咲」

「あ、勿論一番はお兄様が傍にいてくれたことですけど」

　そう言いつつも、何処か上の空になる水咲を見て、俺はふむと考える。

（一見自業自得にしか見えない話だが、果たして本当にそうなのだろうか）

　水咲は人一倍優しい人間であるが、明らかに相手に非がある場合にまで擁護と取れる発言はまずしない。

　つまり、この炎上は刄田いつき主導ではないと考えている。

（それに……）

　もしItsuki_hataが本物の刄田いつきなら、恐らく彼女はまだゲームを、スタペをプレイする意欲は失っていない。

　一つキッカケがあれば、変わる気もするが――

　　　　　　　◯

「はい――分かりました。また断ることになるかもしれませんが、では」

　あたしはマネージャーとの通話を切ると、ＰＣを立ち上げSpaceを開いた。

「……皆凄いね」

　そこにはズラリと並ぶ、配信中の著名ストリーマーの数々。

　その中には同じ事務所の仲間も、当たり前のように配信をしていた。

「――……前は見る気もしなかったけど」

　しかし今日は不思議と有名配信者を見ようという気持ちがあったあたしは、カーソルを交流が浅い配信者に合わせクリックしようとした。

　のだけど。

【Gissyさんが配信を始めました】

「あ」

　寸前で右上にポップアップが流れたことに気づいたあたしは、自然と、吸い寄せられるようにマウスを動かし、その通知をクリックする。

　そしてGissyさんの配信画面に切る変わると、何処か安堵した気分になりながら開始されるのを待っているのだった。

「……今日は何処までいけるかな、正直ゴールドは踏める気がするけど」

『あ、あー、misaku聞こえてるか？』

『はいお兄様、問題ありません』

「お、今日は妹さんもいるんだ。なら流石に――」

『よしよし、じゃあ早速視聴者参加型スタペを始めようか』

「ゴー…………は？」