第2話 たった1人の視聴者
『トロールお兄様、ボム解除の時はモクを』
「おいふざけんな、お前も勉強トロールしてるやろ」
『お兄様が配信して下さったお陰で国立A判定でしたが何か』
「地頭ハイレート……」
『ふふ、因みにお兄様、現在のランクは』
「……シルバー2だが」
『お兄様……申し訳ありませんがFPSにおいてはランクが全てです。プラチナ1の私にシルバー2が二度とトロールなどと口にしないように』
「エグいってこの妹」
水咲の発案により始まった配信は、気づけば2ヶ月が経っていた。
俺は自室で、水咲もまた自分の部屋で、仕事から帰宅し飯と風呂を済ませたら、23時頃から1時間だけゲームをする。
休日であれば数時間プレイする日もあったが、帰宅が遅い日や水咲が勉強に集中する日は配信しないこともままあるような感じ。
正直配信者というより、惰性に近い趣味でしかなかった。
「あっぶな……何とかフィジカル差で勝てたな」
『それこそがお兄様の凄い所なのですけどね』
「アホ、プラチナに言われても皮肉にしか聞こえねえよ」
『それは事実なのですが――あ、もうこんな時間ですか』
「おっと。じゃあそろそろ寝るか、夜更かしコソ練はするなよ」
『はい。おやすみなさい、お兄様』
そう言うと、トークチャットアプリ『Wave』にいた水咲のアバターがお辞儀をしてドロンと姿を消す。
それを確認してから、俺はぽつりとこう呟いた。
「……ま、実際文ゲ両道の妹に、トロールなんて一番似合わん言葉ではある」
水咲は不登校でも同級生の中でトップティアで成績が良かったし、どんなジャンルのゲームをしても上達速度は俺よりも圧倒的に速かった。
「片や俺は中小で残業に喘ぐ平社員、どうしてこうなった」
それでも水咲は未だに俺のFPS力、もっと言えばでAOBで叩き出した52キルを崇め奉るが――悪いがそんな運で取れたものを誇る気にはなれない。
偶然は積み重ねてこそ実力となる、一回だけなら過去の栄光。
前者を出来るのが水咲であり、出来ないのが俺なのだ。
「ま、それで妹が満足なら俺はいいんだが――――おっと」
そうボヤいていると、配信を切り忘れていたことに気づいた俺は慌てて腰を浮かせる。
つっても、約2ヶ月配信しても同接ほぼ0人の俺に火の手の上がりようなど皆無だが……と自嘲気味に切ろうとしたのだが。
はたと手が止まる。
「? 同接1人?」
いつからか分からないが、どうやら1人だけ視聴者がいたらしい。
とはいえ、実は特段珍しいものではない。
何故なら今までも視聴者が1人増えることは偶にあったからだ。
だがそれはごく短時間なもので、数十秒もすれば0に戻る。
要するに怖いもの見たさで視聴するも案の定つまらないのでブラウザバックされただけの話。
ただ、最後まで見られているのは初めてのことだった。
「……随分な暇人がいたもんだ。早く寝ろよ」
だからと言って1人いた所で何か変わる訳でもないことを理解している俺は、それだけ告げると配信を閉じたのだった。
◯
それからまた2週間程経った頃。
俺は相変わらず水咲とWaveで会話をしながら配信を続けていた。
プレイするゲームは相変わらずStylishPeriaことスタペで、偶に気分転換に別のゲームをするのが主な配信内容。
ただし視聴者は0、もしくは1のまま。
正直ここまで来ると配信など無意味でしかなかったが、それを水咲に言った所で断固拒否される為、最早趣味ではなく義務になり始めていた。
〚水咲:お兄様、明日は模試なので申し訳ないのですが……〛
〚義臣:了解。気にせずいつも通りで頑張れよ〛
そんな暑さも本格化し始めていたある日。
チャットアプリにそう連絡が入った俺は、1人でスタペをしようか考えていた。
「明日は休みだし、配信せずに無限ソロランクも悪くない」
実際、俺は1人でプレイする時は全く配信をしていなかった。
理由は簡単で、俺1人では喋ることがないから。
「ただあんまり配信しないと、水咲が不満を言いそうだしな……」
結局、水咲の影に妙に怯えてしまった俺は初めてソロ配信をすることに。
「さて、まずは練習場で――――と」
すると、まだ開始1分も経っていない内に同接が1人になった。
(また――ここ1週間ぐらいほぼ毎日だな)
実は、最近俺の配信はほぼ0人から1人になっていた。
恐らく毎回同じ人、ただコメントが無いので名前は知らない。
もしや水咲にファンが……? とも思ったが、しかし確証はない為仕方なく俺はそのままBOT撃ちを始める。
「――――……」
とはいえ、先にも述べた通り話すことは何もない。
別に誰に向けた配信でもないのだから無言でもいいのだが、何故かたった1人いるだけで喋った方がいいのではという焦燥に駆られてしまう。
(あー……やばいな、全く集中出来ん)
するといざランクマッチを始めても明らかにエイムも立ち回りも悪く、気づけば画面には【DEFEAT】の文字が浮かんでいた。
「…………最悪や」
思わず両手で顔を覆い、ガックリと項垂れる俺。
しかもランクもシルバー3に落ちたし……こんなことなら配信なぞするんじゃなかったと後悔していると、あれだけ無風だったSpaceのコメント欄に反応があった。
▼Itsuki_hata:GG
GGとはグッドゲームと言い、勝ち負けに関わらず相手を労う言葉。
もしやあまりに無様な結果に同情心でも出たのだろうか。
水咲がいればこうはならなかっただろうに、少し申し訳なくなる。
「すまん。負けるにしてももう少し面白く出来れば良かったが」
▼Itsuki_hata:いえ。misakuさんは今日お休みですか?
misakuとは水咲のプレイヤーネームのことである。
ふむ――そのコメントから察するにやはり目当ては妹か?
まあ俺より水咲の方がよっぽど配信映えするので、当然でしかないが。
「妹は学生が生業なもんでな、明日テストだから不在」
▼Itsuki_hata:なるほど、ではGissyさんも学生?
「いや、俺はしがないサラリーマン祝3周年」
▼Itsuki_hata:それはまた……年が離れているのに仲が良いですね。
「離れてるからこそじゃないか、近いと喧嘩するっていうしな」
妹はいないと言えばすぐブラウザを閉じるかと思っていたが、このItsuki_hataって人は普通に雑談を始めてくる。
別に鬱陶しくはないが……珍しい人もいるんだな。
▼Itsuki_hata:でも単に離れてるからだけじゃない、分かり合っているからこその関係性はあると思います。
「煽って煽られて叫んでるだけだけどな、別に誰でも出来る」
▼Itsuki_hata:いえ、半端な関係性では普通出来ません。
「そりゃそうかもしれないが……」
別にそこまでの言葉を使う程でもないと思った俺は妙な気分になる。
確かにそれなりに仲が良くないと喧嘩になる会話ではあるけども――と思っていると、Itsuki_hataはふいにこんなコメントを打った。
▼Itsuki_hata:通路奥の箱裏、多分います。
「え? うおっ! あ、あぶな……よく分かったな」
▼Itsuki_hata:そこは頭一個で覗ける強ポジなので定番なんです。ただプリエイムを意識出来れば
「成程……詳しいんだな」
▼Itsuki_hata:Gissyさんは初心者ですから。慣れてくれば分かってきますよ。
日に数時間程度とはいえ、一応約2ヶ月半はプレイしていたのだが、やはり分かる人から見れば俺はまだまだヒヨッ子らしい。
これは流石に座学を増やす必要がありそうだなぁと思っていると。
▼Itsuki_hata:あ、すいません……今のはウザかったですね。
Itsuki_hataから実に申し訳なさそうな書き込みが入るのだった。
「いや? わざわざ教えてくれて有り難いよ。妹は感覚派だからアドバイスを訊いてもよく分からなくてな」
▼Itsuki_hata:ただGissyさんのフィジカルは凄いですよ。このランク帯だと頭2つは抜けてます、知識を付けばエンペラーも目指せるかと。
「…………」
エンペラーとは、シーズンランク上位50名だけに送られる称号のこと。
アクティブユーザーが1日100万人を超えるスタペにおいて、誰もが一度は憧れるもあまりの難易度の高さにマウスをぶん投げる人続出の称号。
かつてエンペラー獲得配信をシーズン中にほぼ毎日十数時間、時にはハイレート帯のプレイヤーを揃えて目指したものの到達出来ず救急搬送になった人もいた程――
つまるところ、これは詫びを含めたお世辞という奴。
「――ま、ガチ過ぎると楽しくないし、俺は程々にダイヤを目指すとするよ」
▼Itsuki_hata:そうですね。あたしも楽しむのが一番だと思ってます。
故に俺は軽くいなす返事をすると、Itsuki_hataもそれ以上お世辞を言うような真似はしてこなかった。
(……ふうむ)
しかしまさかこんな辺境の、兄妹が騒ぐだけの配信を好む者がいようとは。
とんだ物好きもいたものだ、嬉しくないと言えば嘘になるが。
「……ま、何にせよこんな配信でいいなら今後も楽しんでいってくれ」
▼Itsuki_hata:はい。存分に楽しませて貰います。
そんな訳で、これにて雑談は終了。
丁度試合も【VICTORY】で終わった為、そろそろ頃合いかと思ったのだが。
Itsuki_hataはまた妙なことを言い出すのだった。
▼Itsuki_hata:あのすいません、
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