同接０人配信者の俺、無自覚に有名Vtuberやトップストリーマーから好かれる

第1話 妹が配信者になれと言ってくる

「お兄様、ゲーム配信者になってみませんか？」

　それは、ある休日の昼下がりのことだった。

「は？　何言ってんだ水咲（みさき）」

「私はお兄様が配信業に向いていると思うのです」

「……何がどうなったらそんな発想に至るんだ」

　年の離れた妹、崎山水咲（さきやまみさき）は現在１７歳の高校３年生。

　少し目尻の上がった、黒のショートボブに丸眼鏡を掛けたその姿は、その外見の通り品行方正な自慢の妹なのだが――

「受験勉強で溜まったストレスをぶつけたい気持ちは分かるが、それならもう少し分かりやすい嫌がらせをだな――」

「？　何故お兄様にそんなことをしなければならないのですか、お兄様に愛をぶつけようともストレスをぶつけるなどあり得ません」

「……それはそうだ」

　今日び実兄をお兄様と呼ぶ妹など聞いたことがないからな。

　それだけ愛されている自覚はある。

「ということでお兄様、ゲーム配信を」

「やらねーよ。大体仕事で忙しいし、そもそも何年もゲームはやってないんだ、そんな奴が配信した所で誰も得などせん」

「だからこそして欲しいのです」

「？　どういう意味だ」

「最近のお兄様は元気がないように見えます。休日も寝てばかりで――ゲームをしていた頃はもっと活力があって、楽しそうでしたのに」

「…………」

　そりゃ好きでもない仕事を毎日こなすのと、好きなゲームを毎日プレイするのとでは、後者の方が楽しいと誰もが言うだろう。

　だが大多数の人間は社会の歯車となって、それなりの給料で飯を食いながら趣味でゲームをするくらいしか普通は出来ないのだ。

　しかも俺ともなれば、そんなことすら中々出来ない。

「元気も活力も、全部社会に吸われて空っぽだよ」

「……では、毎日１時間でいいので、ゲームをしませんか？」

「いやだから人の話を――」

「あの頃のように、また一緒にゲームをしたいのです。私もお兄様も元気を蓄えるつもりで、ここは一つどうか」

　そう口にし頭を下げた水咲に、俺は言葉を噤んでしまう。

（――そうか、もう５年も経ったのか）

　水咲は中学生の頃引きこもりだった。

　原因は語るに値しない陰湿ないじめだが、両親が共働きということもあり、当時暇な大学生だった俺が水咲の相手をしていたのである。

　その時に、一番していたのがゲーム。

（……あの頃は水咲を不安にさせまいと色んなことをした）

　まあそれでも水咲の復学は叶わなかったが、その後は地元から離れた私立を受験したお陰で優しい友人と巡り会え、今は充実した日々を送っている。

「お兄様とのあの時間は、今でも一番の思い出です」

「下手糞に出来ることなんてたかが知れてたけどな」

「何を、お兄様には伝説の５２キルがあるじゃないですか」

「あんなの運が良かっただけだ、再現しろと言われても絶対出来ん」

「そんなことはありません。あれは間違いなくお兄様の実力です」

「危うく垢ＢＡＮされかけたのにか？」

「ふふ、そういえばそうでしたね」

　そんな思い出話に花を咲かせていると、ふと懐かしい匂いが鼻孔を擽る。

　それが初期衝動を生んだのかは定かではないが、俺は寝転がっていた身体を起こし水咲に視線を向けるとこう口にした。

「――そうだな。寝る前の１時間だけなら出来なくもないだろう」

「お兄様……！　では早速配信の準備をしましょう」

「おい待て、ゲームはするが配信者になるとは言ってないぞ」

「はい、勿論これ以上我儘は言いません。ただ……配信をしているお兄様というのを一度だけでいいので見てみたくて……駄目でしょうか？」

「いや……はぁ」

　瞳を潤ませじっと見つめながらそう口にする水咲に、俺は小さく息をつく。

　こう言っては何だが、俺は水咲という存在に滅法弱いのである。

　要するにただのシスのコン。

　それでも妹以外にメリット皆無のお願いをどうにか断ろうと思っていたが――

「……ま、それで受験勉強に身が入るならいいとするか」

「はい！　これで間違いなく志望校に合格出来ます」

「現金な奴め」

　こうして。

　四畳半の小さな部屋から、たった１人に向けた配信が始まったのだった。

　　　　　　　◯

「よし……と、画面は映ってるか？」

『はい、声も問題なく聞こえています』

「あいよ。しっかし、随分と手軽に配信が出来る時代なんだな」

　生配信など一昔前は大枚叩いて機材を揃えるイメージだったが、どうやら今はマイク付きヘッドホン一つあれば出来てしまうらしい。

　無論音質はお察しだが、妹と遊ぶ程度なら特に問題はない。

　因みに利用しているのは『Space』という動画配信サイト。

　てっきりモコモコ動画や天下のBuetubeでも使うのかと思っていたが、水咲によれば最近は配信サイトも充実しており、ゲームならSpaceが一番とのこと。

　……にしても詳し過ぎんかこの妹、本当に勉強しているのか。

「さて、ゲームは何をするか、やっぱり散々プレイしたAOBか？」

『いえ、ここは今一番人気のStylishPeriaをしませんか？』

「スタイ？　知らんな、どういうゲームなんだ？」

『５対５で戦うタクティカルシューター系のFPS――所謂爆破ゲーですね』

「爆破ゲーか……、若干敷居が高そうだな」

『ではいきなりランクマッチではなくまずはデスマッチにしましょう。私も最初はひたすらデスマをプレイして慣らしていったので』

「お前やっぱり勉強してないだろ」

　このままでは浪人への道を俺がキャリーするのではないかと大分後悔し始めていたが――いざやって見ると成程これは面白い。

　当然ブランクもあるとはいえ、かつてプレイしたバトロワ系のAOBとはまるで仕様が違う為、撃ちに撃ち負けている内に段々熱くなってしまい、気づけばあっという間に１時間を過ぎてしまっていた。

「おいおいもう１時間か、やっぱりつい夢中になるな」

『ふふふ……』

「何だ、どうかしたか？」

『いえその、やはりゲームをしている時のお兄様は楽しそうだなと』

「そうか？　別に普通にやってただけだと思うが」

　確かに妹とゲームをするとつい舌が回る気がしなくもないが――

　まあ水咲が楽しんでくれるならそれに越したことはないか。

「さて、今日は終わりにするか」

『はい。ではまた明日』

「ちゃんと勉強するんだぞ」

『勿論です、おやすみなさいお兄様』

「あいよ、おやすみ」

　そんな風にして、とても配信をしていたとは思えない平凡な内容で初日を終えた俺は、配信を切りギシリと背凭れに腰を預ける。

　そして久しく忘れていたゲームを楽しむという感覚を噛み締めていた俺は、思わずこう呟くのだった。

「あー……仕事行きたくねえなぁ」

　プレイネーム【Gissy】こと崎山義臣（さきやまぎしん）。

　おじさん手前の２６歳にして、実家暮らしの冴えない社会人、あと独身。

　そんな男の本日の最高同接は、妹を抜くと無論０人。

　だが。

　この配信が少しずつ人生を変えていることに、今の俺はまだ気づいていない。