#1 StylishPeria(Re)
第0話 プロローグ ある日のこと
「……何だ?」
その日は、かなり精神的に疲れていた。
原因は朝から報告書のミスで上司に詰められ、出先では利用者に理不尽な怒られ方をされ頭を下げ続け、夜にはそのことで仕事が遅れまた上司に詰められたから。
結果、諸々の処理を何とか1人で終わらせた頃には夜中の22時。
まあこの時間に終業すること自体は然程珍しい話でもないのだが。
そのお陰でサービス残業など、もう嫌でも慣れてしまった。
ただ無能と凡庸の間をひた歩く者にとって、出来事そのもの関しては中々ダメージが大きく、俺はいつもより足取り重く駅に向かう。
(少し離れた所にアリーナ会場があるし、イベントでもあったのか)
そんな時視界に現れたのが、何やらグッズと思しきTシャツを身に纏い和気藹々と飲み屋街を歩く多くの若者らしき姿。
音楽は割りと聞いている方ではあった為、一体誰のライブだろうと思いながら俺は着ているシャツに視線を送ってみるが――そこには【LIBERTA】とか【Deep Maverick】とか全く知らない単語やロゴが並んでいる。
(……? 聞いたことないアーティスト名だな――)
『いやー! こんなイベントを関西でやってくれるなんてなぁ!』
『やるとしたら大体関東だしね、生Keyが見れてマジ嬉しい!』
『やっぱKeyさんストリーマーの中じゃ別格だわ、スタペ上手過ぎ!』
『あのクラッチは痺れたよな、エイムビッタビタ!』
すると一つのグループが、とてもアーティストのライブだったとは思えないワードを次々と羅列し始める。
何だ、アーティストのライブじゃないのか? じゃあ一体――と一瞬思ったが、俺はその中にある一つのワードだけ聞き覚えがあった。
(エイム――もしかしてゲームの話なのか?)
何故ならその単語は俺が昔プレイしたFPSゲームでよく使っていたから。
しかし、そうなるとゲームのイベントがあったということに――
(FPSのイベントを、あんな大きな会場で……?)
決して馬鹿にするつもりはないが、俺がFPSをしていた頃にはそんなイベントなんて話は殆ど聞いたことがなかったのである。
無い訳じゃないが大規模なものではなく、アリーナを貸し切るレベルとなればゲームショー的なイベントでようやく耳にする程度。
それこそ海外であれば、珍しい話でもないが――
『Keyさんイケメン過ぎ――』
『ヒデオンマジでデカかった――』
『ストリーマー大会――』
しかも話を聞く限り、内容はゲーム配信者の大会とかプロのエキシビションマッチだったらしく、おまけにスタペという1タイトルで行われた様子。
聞けば聞くほど、俄に信じ難い。それ程までにゲームも、ゲーム配信者という文化も、まだまだ浸透していない印象だったが――
知らない間に、こんなにも大きく発展していたのか。
『あー俺も配信者になりてえ~、ゲームで飯食えるなんて最高だわ』
『噂によればトップは年収億行くらしいな、実際夢はあるよ』
『馬鹿じゃないの? それならまずはプロになったら?』
『そんな無茶言うなよ――』
『べ、別にプロじゃなくても有名な人はいるし――』
(…………とはいえ、俺には全く関係のない話だ)
確かに小中とジャンル問わずコンシューマーメインでゲームを沢山したし、大学に入ってFPSに出会ってからはかなり入れ込んだ時期もあった。
無論実力はあまりにもお察しではあるが――その一方で奇跡が重なって身内に言うぐらいなら自慢出来そうな記録も、出したことはある。
だがゲームで飯が食えたらなど、淡く思っても一瞬で掻き消える。
何せ自分は何者にもなれないのだと理解させられると、自然と身の丈に合った選択をするようになってしまうのだ。
最後にゲームを触ったのは、もう何年前だったか。
「だから俺は身の丈に合った場所で、休日返上で働き詰め……」
正直自分の中で何か大事なモノが失われている気はしたが――それを取り返す為にリスクを負って何かを、と考える気にはならない。
まあ流石に転職は考えたが、俺のスキルじゃ栄転も難しいだろう。
「大多数の人間は、そうやって生きるしかないんだ――――あ」
『…………』
『なんだあの人……』
『しっ、行こ行こ』
そう俺は無意識に呟いてしまっていると、気づくとイベント帰りの子達に白い目で見られていることに気づく。
だがそんな状況に対し特に羞恥を感じなかった俺は、視線を正面に戻すとそのまま駅に向かって歩き出す。
(そんなことより明日も仕事だ、早く帰って飯を食って――……寝て起きたらシャワーを浴びることにしよう)
そう思いながら俺は電車に乗り込むと、端の席に座って目を瞑る。
そして目が覚めると、そんな出来事があったことすら思い出すことはなかった。
◯
「あー……うん、今日は何するかまだ決めてないんだけど……」
●マンブーさんこんちゃ^^
●企画で
●事実ならアレだしはっきり言った方がいいと思うけど
●嘘ついて企画達成するとかダサ過ぎ、引退しろ
●そんなんで登録者数と再生数増えて満足ですか?
●今配信してるんだから満足してんだろwwwww
●――このコメントは削除されました――
●噂だけで何言ってんだこいつら、ヤバ過ぎだろ
●荒らしたいだけの奴は来るな、迷惑でしかない
●変な奴ら沸いてるけどいっちゃん気にしないでね
●コメ欄見なくていいし、ゲームもスタペじゃなくていいよ
●というか変な噂が収まるまで無理せず休んで欲しい
●俺は何があってもいっちゃんを応援する、それだけ
●モデレーターさん対応ありがとう
あたしは見て見ぬ振りをしながら何とかその言葉を絞り出したけど、コメント欄で絶えることのない喧嘩の応酬に、苦しさばかりが増していた。
(いや、本当に苦しいのはそれだけ? もっと他にもあるんじゃないの?)
自分の弱さが招いたことでスタペを裏切る真似をしたのもそうだし、結果的にスタペが好きじゃなくなくなりそうなのもそう。
なのにそんな自分の姿を懸命に応援して貰って、今も尚擁護してくれていることも、ファンへの裏切りを加速させてしまって余計に苦しくなる。
あたしが目指してたのは、そんなことじゃなかったのに。
自分だけじゃなく、見てくれている皆がゲームを、スタペを楽しんで貰う為に自分が出来ることをする。それが一番だった筈なのに。
いや――そっか。
そんな自分すら、あたしは裏切っていたんだ。
(――あ、やばい、え、えっと)
そんなことを延々と考えてしまってたあたしは、ふと時間を見ると1分以上も喋っていなかった事実に気づく。
流石にこのままじゃ放送事故になると、あたしは何か喋ろうとしたけど、言葉を出そうとすればする程、どんどん頭が真っ白になっていく。
●無言ってことは図星か?
●いっちゃん大丈夫?
●――――! ――
●――――――――――
●――――
(どうしよう、どうしよう、何か、何か言わないと――)
けど、焦りが悪循環となって気づけば呼吸まで荒くなり、果ては視界までボヤけ始めていることに気づいたあたしは、苦渋で配信を終わることを決断する。
その為にも、何とかゆっくりと深呼吸をすることを成功させると。
自分でも驚くぐらいか細い声で、こう言ったのだった。
「……ごめん、やっぱり体調悪いから今日は配信終わるね。ほんとにごめん」
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