第20話 元プロの葛藤

『3勝2敗は悪かないが、勝ち越して本番には行きてえよな』

『チームは普通に強いと思うぜ、流石DM杯に出れるだけはある』

『チームAだぁ? おいおいその話はやめろって、可哀想だろ?』

『24時間配信? またコネ使ってんのか、面の皮だけはエンペラーだな』


「……ホンマ、どうしようもないやっちゃな」


 ヒデオンこと、峰秀夫みねひでおは主流煙を深く吸い込むと、口と鼻からゆっくり吐き出しながらそう呟く。


 Crudeという男は特殊な経緯でLIBERTAに加入したこともあり、彼が在籍していた間はよく気にかけたものだった。


 しかし当時から上は立てるも下は見下し、また己の怠惰を棚に上げる傾向もあり、そんな彼を咎めることもあったが結局改善されぬままクビに。


 だがその後CrudeはLIBERTAのプロチーム批判やスキャンダル、そして刄田いつきのブースティング事件を告発し、歪んだ成り上がり方をしていった。


「お前は何になりたかったんや、ゲーム配信者やなかったんか」


 二桁もいなかった視聴者を、ゲームの上手さや面白さではなく他者を糾弾することで増やして、ホンマにそれでええんかと峰は配信を見ながら思う。


「――いや、ええんやろな。それで金と承認欲求が満たされとるんやから」


 せやけど、そのやり方に未来はあらへんぞ――と思いながら彼はまた一口煙草を吸った所で、Waveに着信が入っていることに気づく。


 相手はつのだからだった。


「はいはいどうも。いつもお世話になっとります」

『ああ峰君、今時間は大丈夫かい?』

「配信しよかな思てたぐらいやからかまへんよ」

『そうか、それは助かるよ』


「せやけどつのだも忙しいやろ。ここ数年暇やった瞬間見てへんで?」

『忙しさが繁栄とお金になるなら、私はもっと忙しくあっていいけどね』


 そうつのだは機嫌よく、何なら楽しそうにも聞こえる声で返すが、彼女は決して冗談を言っている訳ではない。


「……そらそうか、ゲームなんかしても先が見えへん頃に比べればな」

『あの頃を知れば、今がどれだけ恵まれて幸運かがよく分かる』

「それもいつまで続くか分からんけどな、飽きられる時は一瞬や」


『だからこそ私は忙しいのだけどね。ゲームのプロを、そしてストリーマーを文化にすることが私に課せられた使命だと思っているから』


 彼女は傍から見れば笑われそうな夢物語を堂々と口にするが、それを実現する為に日々本気で取り組んでいることを峰は知っている。


 だからこそ「手ならいつでも貸すで」と小さく言った。


『そういえば、君達のチームの調子はどうだい?』

「なんや結果ぐらい知っとるやろ、嫌味なやっちゃな」

『そういう意味でないことぐらい分かるだろう、君も中々嫌味だね』


「まあ、士気は落ちとらへんよ。復帰したばかりやのにいっちゃんもようやってくれとるしな――あの子は中々神経が図太いわ」


『間違いない。だがね、実は最初DM杯の出場を断っていたんだよ』

「? そうやったんか?」


『まだ復帰もしていない段階で、しかもリーダー枠でお願いしたからね。無論断られるのは前提でオファーしたんだが』


「おいおい、お前も大概無茶苦茶しよんな」


『それだけ彼女に期待しているからね。復帰の後押しをしたかっただけだよ――だが結果的にはGissy君という存在が、彼女の中で何かを変えたらしい』


「ふうん? なんや恋でもしたんか」

『それは知らない、私は乙女心を持ち合わせていないのでね』

「俺も33のオッサンやから今時の子の思考はよう分からんわ」

『だがぶっちゃけた話、峰くんは彼をどう思う?』

「ん? そうやな――」


 そう言われ、峰は顔も知らない仲間のことを思い浮かべてみる。

 すると何故か、疲れているが目の奥は死んでいない男の顔が見えた。


「……現実主義ゆえに不器用さを感じるが、一つこうと決めたらそれが不可能でも貫き通そうとする信念は持っとる男やな」


『ほう、確かに地に足は付いているが、損得で物事を考えるタイプではないね』


「まあ失敗すると自己評価を下げる悪い癖もあるが――それでも腐らず自分に矢印を向けて研鑽する姿勢は印象がええわな」


『そうか、概ね私も同じ感想だよ』


「つうてもAOB出身なら苦戦して当然なんやけどなぁ。大体一般人がアジア1位のキル数を持っといてイキらんのは中々凄いで」


『おや? まるでCrudeに見習えと言わんばかりの台詞だね』

「何言うとんや、俺は手遅れな人間を叱咤する程優しくあらへんぞ」

『ほう、だがそうなると私は聖人ということになってしまうが』

「つのだが聖人やて? アホ言いなや」


 峰はそれが冗談であると理解していたが、妙に虫の居所が悪くなった彼はその言葉に対しこう反論する。


「ホンマに聖人なら素人の人生を狂わす真似はせん」

『…………』


「いっちゃんも、Gissy君も、Crudeも、賛否が大きい存在、そういうのは良くも悪くも大会を盛り上げる、招待したんはそれが一番の理由やろ」


『結果論だが、それが峰君に負担をかけたのは悪いと思ってる』


「お前――――いや、確かにそうやな、俺みたいながいっちゃんとGissy君を支えるのは負担にしか見えへんわ」


『そういう意味ではない――それに、DM杯は言ってしまえばただのお祭りだ、あまり難しく思わず、もっと気楽に考えて欲しいが』


「そうは言うてもな、配信者としても、視聴者としても、DM杯は他のカジュアル大会と比べて力を入れるべき大会という認識に変容してきとる。それ程のモンやからあの二人も24時間配信を始めたんとちゃうんか?」


『…………』

「せやから、彼らを見てると思ってまうんや」


 と、峰は一旦煙草挟み間を置くと、こう口を開いた。


「限界から目を背け、練習もせず煙草を吸うとる自分が哀れやと――」


 峰は決して弱い訳ではない、何なら実力は相当上位である。


 だが彼はここ数年、大会で結果を残せていなかった。


 決して悪い訳ではないのに中々上位に食い込めない、何なら最下位も経験する。

 それではいけないと練習も積んだが、やはり本番では上手くいかない。


 つまるところ峰はイップスだったのだが、彼は中々それを脱することが出来ず、徐々に自分の限界であると思い始めていく。


 しかもそれは不振でプロを引退した時の自分とも重なり、拍車をかける。

 気づけば眩く成長していく者達を、直視すら出来なくなっていた。


 ただ――


『感覚が違い過ぎてエイムもフリックも上手くいかん……』


『はい50キル~♪ おやおや~? もしかしてエイムが赤ちゃんなのかな~? あ~よしよし悔しいでちゅね~? バブバブあざすサンキューで~す!』


『Gissyさん手首エイムに頼っては駄目です、まず癖を完全に抜いて下さい』

『分かってるが――その前にあいつをどうにかしてくれ! お前の後輩だろ!』

『え? こういうのってご褒美じゃないんですか?』

『マゾじゃねえしマゾだとしてもあの煽りは支障が出るだろ!』


「…………」


 自分よりも遥かに苦境に立たされている者達が必死に足掻く姿を見ていると、自分の中で何かが熱く滾る感覚はあるのだった。


「――懐かしいな、こういう頃が」


『ゲームに本気になれ最初は皆こうなる。知識を得てトライアンドエラーを繰り返して――成長してると実感出来る時が一番楽しいものだ』


「でも色んな理由で頭打ちするんや。そうなったらゆっくり落ちていくだけ――天才や若モンにはどう足掻いても勝てへんくなる」


 そうなれば後は無難に、面白くやるだけやと、峰はボヤいた。


『そうかな? 私は成長に才能も年齢も関係ないと思っているがね。いつだって成長したいと思った日から人は上手くなれる、それが例え牛歩であっても』


「……つのだ、お前――――」

『大事なのは初期衝動だよ、峰くん』


 ……まさかつのだは、こうなることを全て計算していたのか?

 勝てない自分を叱咤する為に、刄田いつきやGissyと同じチームに俺を。


 いや、そんな人の心を操らなければ不可能な真似が出来る訳――と思ったが、彼女であれば決して出来ないとも言えない。


 この女は、一体何処まで――と思っていると、つのだはこう続けた。


『何れにせよ、私が彼らを利用したのは否定しない。だが使い捨てにするような真似だけはしないよ、それだけは分かって貰えると助かる』

「言うてCrudeはちゃうやろ」

『違うかどうかは彼次第だよ、そこは平等であるつもりさ』

「――さよか。そういうことなら、意地悪言うて悪かったな」


『なに、私と君との仲だ――……ああそれと、まだチーム名を決めていないのは君達だけだから、今日のスクリムまでに提出だけ頼むよ』


「ん? ああ、そういえば忘れとったな――つうか元の用件ってそれか?」

『ああ、それだけだよ。長々と話して悪かったね、じゃあまた』


 つのだはそう言うと、にべもなく通話を切りアバターを消滅させる。

 耳には、Gissy達の配信の声だけが流れていた。


 思わず、小さく息をつく。


「……嘘こけ、そんな長い前置きがあるか」


 そしてひとりごつと、峰は根本まで燃えていた煙草をぐっと灰皿に押し潰した。

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